第18話 豪雨の中で
「澪?」
「あ、お兄ちゃん! 今日はお疲れ。別れ際話せなかったのはちょっと寂しかったけど」
「それはごめん。母さん心配するかな? って」
「うん。別に気にしてないよ、大丈夫。実はぼくも今心配な人がいてね……」
澪は暗い顔をしていた。それは寂しさよりも不安の部分が大きい。やっぱりか……。今日の丘周辺の天気は曇り。今回も嵐が巻き起こりそうな雰囲気だった。
俺は澪に頑丈な家を建てるように伝える。しかし、澪は行動に起こそうとしない。多分問題ないと感じているのだろう。
今回は彼に従うことにした。2人で大木の真下に移動すると、いつものように雑談を開始する。
「澪。今日どうだった?」
「楽しかったよ。初めて包丁持ったりとか、畑仕事したりとか。したことがないことたくさんできた。それに、カイトやミクとバトルできたことが楽しかったかな?」
「相手がカイトになった時本気出してただろ?」
「ふふ。やっぱりお兄ちゃん気づいちゃったみたいだね。うん。本気出してた」
本気の澪は足の使い方も違っていた。俺が知っている澪とは違うのも、ひと目ででわかるくらいに。
「でも、開始のフォームは変わってなかったな。中段からの横一閃」
「ぼくとしては納得できてないけどね。結人お兄さんに止められたから」
「そういえばそうだったな。もう少し見たかったな。澪とカイトのバトル」
「うん。ぼくももう少しやりたかった」
だけどやはりその表情は暗い。俺は余計に弟のことが心配になった。ふと空を見る。広く茂った木の葉はゆさゆさと揺れて音色を奏でている。
それにしても風が強い。早く家を建てないとまた嵐に襲われてしまう。けれども、澪はやっぱり行動に移ろうとしなかった。
「澪。浮かない顔してどうしたんだ?」
「うん……。やっぱりタクのことが気になって……」
「なるほどな……」
「多重人格とか二重人格は、幼少期の過剰なストレスやショックとか原因は様々。カイトやミクがどうして生まれたのかわかるんだけど。タクとレミスが誕生した理由がわからないんだ」
俺より年下なのに、澪はかなり意味深な悩みを抱えているようだった。多重人格という言葉すらわからなかった俺には専門外だ。
「ミクは多分女の子に憧れてたからだと思う。だから趣味は女の子っぽい可能性がある。だから主人格は男性かな? カイトはきっと強くなりたいからって理由が強い。自分が一番っていう感じが凄かった」
「ふむふむ」
「で、タクは男性ね。声もカイトほどではなかったけど少し低かったし。多分主人格を一番よく知ってる。レミスは不明な点が多すぎて推察は不可能。ただ魔法の存在をレミスだけが把握してたのは謎だったね」
レミスが魔法をということはどういうことなのだろうか? 理解に苦しみながら俺は上手くまとめてみる。しかし穴あけのパズルは嵌らない。
そうしているうちにも、風は強くなっていった。俺は隣で凍える澪を抱きしめる。唇が震えている。俺よりも小さく華奢なのに、なんでこんなことをしてまでタクの方を優先するのだろうか?
「澪。そろそろ家を建ててくれ。それかどこか避難できる場所を探そう」
「う、うん……」
俺たちは立ち上がり、澪がいつも生活している家に向けて歩き出した。突然降り始める雨。それはやがて豪雨に変化する。
夢なのに寒い。もうすでに澪の唇は真っ青になっていた。俺は魔法で毛布を用意する。ダウンコートも用意して、それを澪に被せる。
夢だから現実世界ではできないことができる。だけど、彼の震えは止まらなかった。雨で濡れたコートや毛布はもう意味を成してない。
冷たさと重みで崩れそうな弟になにもしてあげられない俺。また、助けられない。こんな時に仲間がいればいいのに。
「澪大丈夫か?」
「さ、寒い……」
「そうか、もっと暖かくできるもの……」
思いつかない。ストーブを出したって火と水は相性が悪い。俺は余計に悩んだ。澪によると彼の家まであと少し。
よく目を凝らして見ると小さく一軒家がポツンとあった。きっとそこが澪の家なのだろう。俺は澪を抱き上げて走り出す。
あと少し。あと少し。強風よ吹かないでくれ。そう考えながらひたすら走る。家が大きくなっていく。もう少し、あともう少し。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「お兄ちゃん息きれてるよ」
「わ、わかってる……。なんか身体が鉛のように重いんだ……」
「無理しないで……。ぼくは大丈夫だから」「そんなことない。澪。今ものすごく冷えてるんだぞ? 弟を優先にするのが俺の役目でできなかったことだ。一度はかっこつけさせてくれ」
俺はいったい何を言ってるのだろうか? 自分でも言った言葉の意味を理解できてない。ほとんど無意識に言ったことだ。
ほんと、いざという時や澪がフォローしてくれた時しかかっこつかないな。そんな自分がどうしても納得できない。
運動が苦手なのに体育会系の部活に入って四苦八苦しているし。進級できるかもわからないし。
それに、タクのことも助けたい。そう考えて無心に走っていると、ようやく家の前に到着した。
「着いた……」
「おつかれ……ごめんこんなことになって」「大丈夫」
「あと、そろそろ起きる時間じゃない?」
「え?」
俺は空を見る。するともう夜明けのファンファーレが鳴り響きそうな光が射し込んでいた。
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