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第一世界 リスタート⑥ 託す

 ……ああ、そっか。


 

 四季さんの瞳に、僕は心の底から安堵をもらえた。

 この訳の分からない非現実的な状況にも関わらず。四季さんはその瞳で、その笑顔で、無条件に絶対の安心を与えてしまえる。


 蓮は理解してしまった。目の前にいるその存在を────


 

 これが主人公(本物)か……



 案外よくある話だ。……例えば自身が長年やってきたサッカー、その最後の高校の試合。

 

 目標は全国。小さい頃からやっていたという自負とこれまでの経験や順調に勝ち上がるチームは自身に才能を感じさせるほどに。皆口々に「全国に行って俺はプロになる!」と意気込む。

 そういう選手達は皆、突然出会ってしまう主人公(本物)を前に口を揃えてこう残す。



「俺はあの天才と一緒にプレーしたんだぜ!」


 

 圧倒的な才能、圧倒的な強さ、付け入る隙のない主人公(本物)を前に──自身の思いや経験など簡単にかなぐり捨てる。

 

 そして彼らは『託す』という名で茶を濁す。



 目の前の圧倒的な主人公(本物)を前に蓮は、自身の主人公(理想)を簡単に放棄した。



 さっきまでの暗い景色が晴れて見える。目の前のヘドロの化け物でさえ可愛く見えるほどに……


 ……ああ、楽だ。


 深い海の底に沈められるような息苦しさが取り払われる。軽やかな深呼吸の後、蓮が最後の仕事をこなす。


「ん、どうかしたの?」


 絶望から解放されたような顔。しかし、まだ微かに残る後悔からか少し、表情が引き攣っている。

 不思議な顔の蓮を安心させるため、声を掛けた。


「……いえ、ただ……その……姫野さんを助けてくれませんか?」


 

 引き攣る顔は物悲しさを残して、不恰好な笑顔は何かを考えているようで……


 こんな時、何て答えればいいかいつも迷う。でもいくら考えても、いつもこれくらいしか思いつかない。

 だからいつもこれを、私の全力の笑顔で答える。


「うん、任せて。絶対助ける」


 この瞬間、蓮は四季に自分の役割を放棄(たく)した



 変身ヒーローの変身タイムを邪魔しない紳士的な敵が現実ではいないように、人の会話を待ってくれる化け物もいない。


 赤黒いヘドロの化け物は、無数にある泥の触手を何本も束ね、ある一点に圧縮している。

 大砲の銃口がこちらに向いているような状態。


 普通なら焦り、死をも覚悟するような状況だが、今の蓮は違う。……多分この人ならなんとかしてくれるだろう。


 思いを託した相手に、期待の眼差しで四季に目を向ける。


 ……ん?


 頼みの綱の四季は、太ももに固定されている本を取り出し、徐に読み出した。


「……四季さん?なんかやばそうですよ?」

「ん?あぁそうだね」


 気づいていない可能性に賭け、確認をとるがどうやらそうではないらしい。


 ティータイムでもするかの様に優雅にペラペラとページをめくる。

 

 ……思い出した。確かにこの人は凄い人だ。多分、何かの物語の主人公みたいな人なのだろう。

 しかし、同時に後ろにいた教師に喧嘩を売るような頭のおかしい人でもあった。

 

 唐突に我に帰る。なんで僕はあれに頼ろうとしたんだ!

 なんとかしないといけない。そう思うが実際、僕に出来ることは限られている。

 

 考えに考えた無力な僕の解決策は……


 あれの射程圏外まで逃げよう。即座に本を読み耽る四季に声を掛ける。


「なんで本取り出したんですか!?逃げますよ!?」

「まぁまぁ、安心して。えーとどこだったっけな?」


 ……この後に及んでまだ本読んでやがる。


 こちらに向いている大砲が沸々と轟音を鳴らし、今にも発射しそうになっている。

 身に余る焦燥が万力の力を与え、四季さんを射程圏外まで引っ張ろうとするもびくともしない。


「四季さん!?今にも発射しそうな音なってますけど!?」


 案の定、泥の砲弾はこちらに向かって発射された。


(あ、死んだなこれ)


 刹那に走馬灯が耳を横切りそうになったが、四季の声でかき消された。


「あ、やっと見つけた」


 瞬間、四季の手元の本のあるページが開かれ、そのまま宙に浮いた。同時に四季は足元に手を置き唱えた。


「『夜空の繭』」


 足元から真っ黒の半円が僕と四季さんを覆うように這い上がってきた。

 その漆黒は周囲に小さな光を無数に纏い、点々とした光を灯す漆黒はまるで夜空に包まれているような景色だった。


 

 強烈な衝撃音とともに夜空の繭に泥の砲弾が直撃。爆風が土煙となって舞い上がり周囲を覆う。

 

 確信を持つヘドロの化け物はその場を去ろうとしたが、次の瞬間驚愕した。


「今のが君の全力?」


 傷ひとつない黒い繭から、女が悠々と歩いて出てくる。

 その女の手の付近には宙に浮く小さな本。その本は一人でにペラペラとめくられあるページで止まった。


「じゃ次は私の番ね。『カテナ』」


 その女がそう唱えた瞬間。近くに白い円のようなものが無数に現れ、その中から銀の鎖が飛び出し、無数にある触手と体全てに絡みつき拘束した。


「ヴァアアア!!」


 拘束された泥の化け物は、咆哮とともに即座に自身の泥の触手の形を崩し、ただの泥となり鎖の拘束から逃れる。


「そう、うまくはいかないか」


 泥の化け物は、崩した泥を即座に五本の触手に形成、四季にめがけて射出。

 

 対する四季は自身の背後にチラリと視線を落とし、真正面の三本の触手を『ラージュバン』で散らす。

 右手に滞留する風は三本の触手と接触する瞬間に爆ぜ、その風圧は四季の左に逸れた二本の触手の軌道を崩す。

 流れるように地を蹴り、崩れた軌道の触手の間を抜け、化け物の側面に回り込む。

 

 激しい攻防。この時、四季は目の前の化け物だけでなく、守るべき人間にも注意を向けなければならない。

 

 当然、蓮には『夜空の繭』を停滞させているがそれも完全じゃない。

 四季は先程の短い攻防で泥の化け物が一筋縄じゃいかないことを理解し、蓮に流れ弾が行かないような方向に場所を変えたのだ。

 

 泥の化け物は四季の動きを予測し、復活した無数の触手を移動予測地点に射出。

 だが四季の表情は待ってましたと言わんばかりに口角を上げる。

 

 瞬間、突然の方向転換。回り込もうとする体制からつま先を泥の化け物に向ける。

 迫り来る無数の触手を前に四季は地面を蹴り上げる。

 移動予想地点に射出していた無数の触手は不自然に湾曲しており、手前には小さな空間が存在していた。

 

 そこに見逃さず体を入れ急接近。泥の化け物は目と鼻の先にいる。間髪入れずに『ラージュバン』を唱えようとするがその時。

 

 罠だった。泥の化け物は先ほどよりは小さい、体に隠せる程の大きさの四本の触手を束ね、ある一点に凝縮していた。

 

 ニタニタとてっぺんに生えている触手の先の三角の様な形をした泥の化け物の顔が勝利を確信する。

 

 先ほど回避した無数の触手は今や自身を拘束する檻となり逃走を許さない。

 受けるしかない。


「ウアアアア!!」

「『夜空の繭』」


 超至近距離からの直撃。果てしない衝撃音が蓮の耳まで運ばれてくる。

 

 土煙が宙を舞い、泥の檻も散り散りに、だが当然のように『夜空の繭』は形を残している。

 泥の化け物は無数の泥の触手を構え、土煙の中に姿を隠す『夜空の繭』を凝視。

 だが、次の瞬間には周囲に視点を左右振る。


 いないのだ。『夜空の繭』中に奴が。


「ふふっ、上だよ」


 振り返る間もなく、四季の右手が泥の化け物な顔を鷲掴みにする。

 

 『夜空の繭』──周囲に球体の結界を作る防御技。

 しかし、この技にはある特性が存在する。この技は内側から外側に人を通り抜けさせる事ができる。さらに使用者が技の外に出たとしても、一個のみならその場に留まらせることができる。


「『ラージュバン』!!」


 暴風は四季の右腕を伝い、頭ごと化け物の上半身を吹き飛ばし、中に姫野の入った真紅の繭を露出させた。

 即座に左手で腰辺りにある一本の変わったナイフを抜き、化け物に刃を向ける。


 灰簾石(タンザナイト)楔石(スフェーン)の混ざり合ったような刀身。刃渡りは二十センチほど、装飾のない漆黒の柄は煌びやかな刀身を強調させる。


(うまくいってくれ……) 


 両手を胸に当て天に願いをこう。

 

 蓮のこの行動の訳を説明するためには、最初の泥の砲弾直撃時まで時間を遡らせなければいけない。

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