長持ちしない物件
行きつけのベーカリーに閉店のお知らせが出ていた。ライ麦パンが本格的な酸っぱさで、知人にも勧めるほど気に入っていたのだが、開店から半年も経っていない。近くに新装開店するなら教えてほしいと店主に伝えると、実家のお店の跡継ぎをしに帰るのだという。他県では通うわけにも行かない。
このベーカリーの物件は交通の便も良く、入る店は割と繁盛したりしているのだが、不思議に長続きしない。古くからの住民には結構有名で、職場の上司他によれば昭和時代からそんなだという。ゲーセンが入っていて自分は全国一位に迫るスコアを出していたが抜く直前に閉店とか、入っていたスポーツ用品店で息子に野球グローブを買い、公式戦に出られる頃には閉店とか。
面白かったのは古着屋が入っていた時の話で、しばらく閉店していて、新装開店したかなと思って入ってみたら別の人が店主だったという。同じ古着屋で、店主も雰囲気が似ていたそうだ。
「かなり背が高くてすごく細くて、でも陽気でいつも笑顔だったんですよ」
「あ、そういえばゲーセンの店長もむちゃくちゃ背が高くて細かった」
「スポーツ店の社長も長身でしたね」
ベーカリーの店主も僕よりでかい、190cm近くある。
話を合わせてみると、そこへ入った店のボスで小柄な人は誰の記憶にも無い。もちろん地主が入居するお店の店長に条件をつけているわけでもない。更地になったり売物件の看板が立ったりしたこともある。つまり地主自体も代わっているので、そんな変な条件が何十年も受け継がれるはずがない。
「そういう土地っていうことですかねえ」
「巡り合わせってあるもんな」
世の中が不景気なせいか、そこ以外にもテナントが長続きしないところが増えているような気がする。最近評判の良い唐揚げ専門店で晩ごはんと明日の朝用に2セットを買い、背の高い店長が「これ来月からレギュラーメニューにするんすよ、今日はお試しで!」と入れてくれた熱々の柚子胡椒味を齧りながらバスを待つ。
そういえばあそこも去年は高級食パン専門店だったな。背の高い陽気な店長がいた。