通行禁止
一般に林道と呼ばれている道にはいくつか種類があり、本当は林野庁の管轄で一定の規格を満たしたものだけをそう呼ぶのだけど、慣習的には大型の観光バスが走れる高規格道から非常に簡単な造りの狭い作業道まで、いろいろなものが「林道」とされている。地図に載ってないのはだいたい作業道や補助道に区分されていて、放置されて年数が経つと本職でもなければ辿れない痕跡的なものになって行く。
ある市の公有林はヤマエンゴサクという春の花の名所として知られており、シーズンには散策や写真撮影を楽しみに来る人がそこそこいた。ところが、そのエンゴサク自生地への「林道」、作業道の中でも地図に点線で載るくらいという区分だが、ここに通行禁止の札が立っているという。市の農林課では問い合わせの電話が10件近くになったことで座視もできないと判断し、職員を向かわせた。
当該作業道の入口には特にチェーンを張ったり看板を立てたりということはしておらず、職員が到達した時には通行禁止の札というものも見当たらなかった。誰がそんなものを立てたのかも見当がつかず、まずはエンゴサク自生地へ行ってみようと車を進めると、しばらく行ったところでそこそこの規模の崩落が起きていた。雪のある間ではなく、春の花が咲き始めてから崩れたものらしい。車で訪れる人があれば帰れなくなっていた可能性もある。
報告書の末尾には「通行禁止の警告札が出ていたとの目撃情報が寄せられた、おそらく散策客が親切心で作成したものと思われるが、現物の確認はできなかった」との一文が添えられたが、問い合わせ電話をかけてきた人たちへの聞き取りでは、近年あまり見ない崩し字というところまでが共通していて、札は白いA3くらいの紙であったとか一尺幅の板材であったとか、ひどくまちまちな話になっていた。
カメラを持参していた人がほとんどで、中にはその札を撮影した人もいたが、真っ黒で感光していなかったりファイルが破損していたり。札の様子が確認できるものは一枚もなかった。