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Vivid・Memory〜彼らの巡礼譚〜  作者: 末広 オリン
一章「聖母と紺碧な空の下」
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第6話「導き出した一つの答え」


 一夜が明けても、頭の中はぐちゃぐちゃだった。見てしまった事実が嘘で、目が覚めたらいつもの光景が当たり前のように広がっていることを願っている。


 そんなことは起きないと理解していても。


 重たい瞼を開けると、既に慣れた天井が顔を出した。骨組みとなる木材へと布材が被され、テントとして成立させている。

移動も視野に入れてるのか、それぞれの材料が可動出来る様に球体に加工されていて、蛇腹式に折り畳めそうだと思った。


 そんな無意味な考察をするぐらいに、現実を見たくなかった。


 お婆さんが夢を見つけなと助言をしてたけど、そんな漠然とした物よりも、やはり目の前にただ存在する現実を見てしまう。

 いや、夢へ目を逸らそうにも僕の意識が許さない。


 憂鬱な気持ちを隠しながら、外へ向かう。切り替えることも、忘れることも出来ない。なら、そのままを維持するしかない。

 これ以上、悪くなることはないと思い続ける。そうした先に見れるものがあると信じて。


ーーー


 入り口から身体を出し、何度目かになるこの綺麗な光景を見る。

ただ、今日は晴天というわけではなく、青空へ雲が広がっていて、草原は水滴が光を反射させ輝いていた。


 雲を注意深く見ると風に流され、遠くへと運ばれていく。ということは、僕が寝ていた間に雨が降ったのだろうけど、そんな音は聞こえなかった。


「お、起きたか。飯はまだ出来てないぞ?」


 お婆さんがなにやら嬉しいことでもあったのか、笑顔でこちらに語りかけてくる。


「そうでしょうね。いい匂いもしなかったですもん」


 適当に受け答えを行い、再び空を見上げる。

空を少し見ていた時、雲に違和感を覚えたからだ。


「なんだい?私が作った人工雲が気になるんかい?」


 あちらも、適当な調子で言葉を発した。

その意味を適当に片付ける物ではなかったけど、それでもお婆さんは当たり前のようにあっけらかんとしている。


「雲を作った?どういうことですか?」


 一度でも疑問を放置すれば、置いていかれる。

いくつかの経験則が僕をそう攻め立てきた。


「お前さん、いやエバは見たことがないのか」


 そう言うと空を見るお婆さんは、いつの間にか歪曲している杖を構えていた。そのまま、どこにもなかったはずの杖を大きく上へ振り上げる。

 しかし、何も起こらずいたずらに時間が経過している。


「…何してるんですか?」


「やっぱり見えないか。ならあと30秒待ちな」


 既に終えたと言わんばかりに、こちらへ振り返りニヤニヤ顔で後ろへ通り過ぎていく。

つられてお婆さんの方へ振り返ると、僕の真後ろで止まり、そのまま杖を地面に突き刺し、体重を預け時間を待っていた。


 見ていれば何か変化が起きると言わんばかりに。


「あと十秒」


 お婆さんは僕の顔を見て、そう告げてきた。

信じられないけど、再度杖を振り上げた場所へ振り返る。

 パッと見て気づいた、空が歪んで見えた。 

いや正確に言うのであれば、何かが上に持ち上げられている。


「あと五秒」


 徐々に、何かの正体がわかる。

未だ明確な輪郭を持っていないけど、それは白くなっていく。


「さぁ、出来上がりだよ」


 そこには、今なお上方に広がっていく雲が一つ出来上がっていた。そのまま、少しずつ上昇するにつれ、色も黒へと変えていく。


「魔法を極めれば、こんなことが出来る。環境に条件があろうと、理不尽なことがあろうと、こっちも理不尽で対応する方法さ」


 真っ黒に変わった雲は、そのままポツリポツリと雨を降らす。濡れている場所は雲の影、その円の外を出ない。


「世界にはこんなことが出来る奴のが何十万といる。どうだワクワクしないか?」


「いいえ、そこは微塵も」


 率直に思ったことを雨に打たれながら、その場で振り返り即答する。

お婆さんは少なからずショックを受けたのか、雨に打たれながら笑顔で固まっていた。


「…少し語弊が。僕が使いたい用途と合っていないから、ワクワクしなかったんです」


「ん?お前さんみたいなのは、こういうのでワクワクしそうだったんだが?」


「確かに、良いと思います。善人が持つには適している」


 一つの躊躇もなく、そう答える。

今の立ち位置は他者から見てまだ善でも、悪でもない。しかしこの後はもう決めた。


「…一夜でそこまで考えたのかい?」


「いいえ、まだ頭の中の思考はぐちゃぐちゃです。だけど一つだけ決めました」


 悲しいことがあった。理不尽なことがあった。多くの謎があった。自分は無力だと知った。


「あの日に何かあったか、それを知りたいんです」


 それは本心だ。

既に取り戻せなくても、あの光景が無くなってしまった理由を未だ知らない。

そんなの、あの人達に申し訳ないじゃないか。


「知ってどうするんだい?」


「それは、その時に考えます」


 こちらの目を、思考を覗くように問いかけてくる目の前の人物へ、一瞬の躊躇いもなく答える。

お婆さんは少しの間、こちらを見つめるその目を逸らした。


「わかった、ならお前さんが何を得意とするのか知った方が良さそうだ。それが『ナナシ』の入り口よ」


「…何をすれば?」


「いや昼飯の後にしよう。お前さんの覚悟は硬そうだからね。その場で形成するよりも、ちゃんと適性も見た方が良さそうだ」


 そう言って、何処かへと歩いてしまうお婆さんの背を少しだけ目で追いかける。

 アルマが何かをしているテントへ入っていくのを見終えて、作られた雲を探すために空を見上げたけど、もうどこにも見当たらなかった。


ーーー


 昼ご飯は、やっぱり肉が主だった。

多くの野菜があるが、それでも顔を張っているのは肉である。しかし、こんなに肉を食べても飽きもしない。

 それはそうだ、だって…


「獣によって、肉って違うんですね。硬かったり柔らかったり」


「なんだい?良いところの出が、そんな悲しい感想を言うのかいこの世界は。質素なもんだね。それとも皮肉かい?」


 ゲラゲラ笑いながら、そう返答してくるお婆さんはとても楽しそうだった。まぁ、それに加えてこちらを馬鹿にしているのはいつものこととして。


「中央なら、色んな所の名産が届きそうなもんだがね」


「だいぶ前に、大規模規制が入ったんです。基本的に輸出をしないと各統治者が話し合って決めたそうで、今も商人は泣いてますよ」


 記憶に残っていたそんな出来事を、簡単に説明する。決定直後は大混乱に陥ったけど、今は輸出無しでも正常になっているし、中央地は地産地消へ変化して問題を独自に解決した。


「ふーん、政なんて面倒ごとは嫌いだから何も情報入れてないが、そんなことがあったかい。大変だね」


 …そこら辺の魔獣を倒せる人なんて防衛隊以外だと少数だし、農作物だって常に一定量が取れる訳でもないから村落とかは大変だとは耳にしてたけどね。

 それにしても、この人は適当だなと常々思う。

それが長所とか開き直られたらどうしようもないけど。


「んじゃ一人で生きていく練習もしとくか」


「…え?」


 そんな軽いノリで、もう一つ講義が生まれた。


ーーー


「ほう、代償がデカい方法を選んだな」


 僕が実演した水の探し方は、そう評価された。

確かに、振り返れば危険が多すぎる。


「エバ、お前さんは魔法が使えない。かと言って戦える力も無ければ、そもそもサバイバルの知識すらない」


 何も、そこまで言う必要はないんじゃ…


「まず、その方法は日が出ていて十時間歩き回る気力がある時だけにしな。水の音を探す、口では簡単に言うがどうやって?開けてる草原ならまだいいが、一歩森林に入れば前後左右は当てにならず、何も対策を講じなければ方位という概念はあっという間に消えるんだよ?」


 お婆さんは、淡々と答え合わせを行なっていく。


「他には水を作る。容器がない可能性があるのに?水を濾過(ろか)して飲む。濾過装置なんか作れるのか?そう、最低限の水を得るためには多くの制限と条件がある。まずはそこを認識することだね」


 指を一つずつ立てながら、それぞれのダメな理由を話し、簡潔に答えを告げる。

だけど、そうなると水を得ることはほとんど不可能になるのでは?と思ってしまう。


「だからこそ準備をする。いつでも水を用意できる術を所持しておくこと。食べ物なんかはお前さん、宮廷剣技でも出来るんだろ?ならその点は考慮しない」


「確かに、指南されましたけど…」


「少なからず、アルマが倒した魔獣とも数と場所が違えば倒したか、逃げ切れたんだろ?ならそれで良い」


 あれ…アルマがあの状況を説明したかな?

けどアルマに直接剣技を見せていないし、木の上から見下ろされた時に持っていたのは木の枝。なんなら剣を持っていることを教えたっけ?


「後でやるのは、その最低限の攻撃力の確保と別口の攻撃手段を得ることだ」


 そんな疑問は、矢継ぎ早に流れていく話題によって、放棄されていった。

とりあえず聞いて知識になれば良いやと言う、少し適当な考えを持ちながら話を聞く。


「話を戻して、水の取得は基本的に知識でどうにかする。道具を持つ、水分を保持する植物を覚える、川辺の付近の湿り具合とかな。そこら辺は慣れになるから、継続的にやるしかない、今は放置」


 適当に聞き流そうとした矢先、適当に話を流されてしまった。なんなら聞き手よりも話し手の方が、めんどくさくなったようにも見える。

 いや話すのをめんどくさがったな。


「さて、昼食前の話に戻そう。まずは、お前さんの道を調べなければならない」


「道…ですか?」


「そう、誰もが極地に辿り着けるその道。正しく歩けば一年で辿り着くとされる過程だよ」


「…その極地とはなんですか?」


「そりゃ『ナナシ』だよ」


 何言ってんだろう、このお婆さん。

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