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Vivid・Memory〜彼らの巡礼譚〜  作者: 末広 オリン
一章「聖母と紺碧な空の下」
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第4話「見届けるは1つの結末」


 日の出を確認して走り出したのに、辺りは暗くなってきた。目的地に近づけば近づくほど雲が増え、その色は徐々に黒く染まり始める。

そして遂に、雨が心の中の不安や焦りを表現するようにシトシトと降り始めた。


 最初に目に入ったのは、見たことある植栽が並ぶ道だった。

右には、素人が剪定したのか1箇所だけ切り忘れ、伸びきっている。

左には、誰かが転けたのかそこだけ綺麗に凹み、跡となっている。

 それらの植栽達が、身に覚えのある過去を思い出させようと並んでいた。


 辿り着いたこの道は思い出の頃と変わりなく、あの日常の延長線上へと帰ってきたように思えた。少女と共に乗っていた馬を、1人で飛び降りる。先日にも雨が降っていたのか、泥濘んでいた道に足を滑らして転倒しまった。

 ただそれでも、意識は常に前だけ…


 この先にあるはずの光景だけに集中する。

あの暖かい場所へ戻ろうと、バシャバシャと泥を蹴り飛ばしながら、その場所へ向かう。



 今、走っているのは裏道。側近しか知らないはずの道だ。だからこそ、側近達がワザと残したあの植栽に心が、身体が動いてしまった。

 走っていくと、小さい頃は雲さえ届くと本当に信じていた石材で出来た城門が、目の前に顔を表す。1部の外壁は既に崩壊し、侵攻防止に設けた防衛設備が、最も容易く侵入が出来る形に変形している。


 扉は施錠されていたため、崩壊した壁から城内へと侵入する。

城壁を越えて城下町へ出た時、視界の端に、正確に言えば扉に何かが映った。

 振り返ると、閉ざされている城門の扉へと叩きつけられた『赤い液体』で出来た無数の手形が目に入る。

 呆気に取られ、その扉から目を離せなかったが、少し経ってから気を取り戻した後、再度城下町の方へ視線を移して、走り出す。



ーーー


 少し走ると、馬車がいつも通っていた中央大路へとそのまま出た。見たことがない店も並んでいたが、左右に立ち並んでいる1部の商店や鍛冶屋、宿屋などはパッと見ただけで過ごしたあの景色が1気に頭へ流れてくる。

 そして同時に、直感でここにある全てがもぬけの殻だとも理解した。


 人もいなければ、商品もなく、誰かが押し入ったのか扉は外れている。中を少し覗けば、木板で出来た店の床が固まりつつある泥と『赤い液体』によって汚されていた。



 歩いて行くと、あらゆるところへ目が移っていく。

 買ったことがあるパン屋の窓は叩き割れ、家具や装飾品が乱雑に床に散らばっていた。

 見学したことある鍛冶屋は、扉を蹴破られて中が見える。その先には武器を鍛えるための小槌がその使用用途に反して使われたのか『赤い液体』がこびりつき、『何か』が付近の床に転がっていた。

 1度試しに泊まったことがある宿屋は、2階から物体を投げ落としたのか窓は粉々に割れ、路上の煉瓦には『赤い液体』が1面にこびり付き、落としたのであろう『何か』が横たわっていた。



 足はもう止まりかけていた。

目を動かせば動かす程に、気づけば気づく程に、この城下町に起きたことを想像して、心が死んでいく。

だけど、進まないと見たかった光景はいつまで経っても見れない。あれだけ願った光景を前に、心が折れて帰ってきましたでは意味が無い。


 もし見ないで帰ってしまえば、いつの日かここで見た光景を誰かが作った虚構で、『赤い液体』はそこらで収穫した赤い果実の液で、『何か』は人形だと信じて疑わなくなってしまう。


 例え、この城の周囲に赤い果実が取れなくても、あそこまで緻密で1目見て会ったことがある本人に見えてしまう人形なんか作れる訳なくとも、その仮説を信じる。

 いや信じるしかない。その仮説に縋り付くしかない。


 だからこそ、今ここで結論を出す。


ーーー


 城下町を重たい足で抜けると、広場が広がっている。いつもならここで集会を行っていたが、当時は予定通り臨時の避難所になっていただろうか。

 あちらこちらにテントが乱立し、外には扱いが簡易な物しかなかったが、医療器具がわんさか並んでいる。懸命な処置を施していたんだと思う。


 思い返すに医療関係者はこの城下町には少数ではあったが、実在していた。

テントの数から見て、関係者が総動員すればなんとか全部稼働する量だ。つまり、全てを使い切る勢いで治療を行なったんだと思う。

 しかし、機材が乱雑に放棄されているのを見ると大分早い段階で使い潰したようだ。



 ということは、だ。

ざっと見ただけではあるが、ここは城と城下町にいる人口の10分の1しか助けれられない『ただ1つの避難所』ということになる。



 嫌な想像が頭の中でチラついたが、振り払うように頭を振る。あの人達の笑顔がどんな変貌を遂げたのか、そんな物を想像であっても見たくもなかった。


 だから、テントの中を自発的に覗くことなんて出来なかった。

偶然にも微風が吹いて、靡いた仕切りの布が捲れ、そこら中に『赤い液体』が大量にこびりつき、寝台へ身を預ける様に『何か』がグッタリと倒れ込んでいたのが見えたとしても。


ーーー



 広場を越え、城へ続く唯一の坂に辿り着く。

ここは、緊急時の際に城下町から城へ閉じ籠るための道で、異変があったら城内へ避難するようになっている。

 城下町は避難訓練を定期的に行っていて、何か起きようとも慌てず、焦らずに移動が出来るはずだった。



 今思えば、逆も訓練すべきだったのかも知れない。



 坂の勾配を馬でも移動できるようにしたことで、何箇所か切り返しを設けていた。

 ゆったりと転がってきたのか『赤い液体』は坂の1面に付着し、切り返しの場所に『何か』が積まれていた。積まれていた『何か』はどれもこれも見たことがある顔だった。

 何人か知らない者がいるが、ほとんど名前が頭の中に浮かぶ。


 そんな『何か』が積まれた状態で城で飼育されていた馬達は駆け降りたんだと思う。でなければ『何か』に、こんな足跡も傷も付かないはずだ。

 ただ、馬たちも気が動転していたのか、そのまま切り返しから勢い余って転落し、植えられている木へと刺さっていた。



 この坂の上に、あの光景はある。



 来なければよかったと告げてくる後悔が、正常な思考を止めようとする。

 身体のそこら中から冷や汗が止まらず、肩と腰も笑っているように震え、とてもじゃないが歩ける状態ではない。

 それでも、少年には1歩1歩前へ歩くしかなかった。


 感情は既に城下町で死んだ。

泣くべきなのか、怒るべきなのか、それすら判断出来ずに、ただただ表情は固まった。そんな少年を横目に、時間は残酷にも止まることはなかった。

 過去で起きてしまったことも、()()で行かないと判断出来たことも、この坂を登り終えることも、もう既に何も止まらない。


ーーー


 坂を登り切り、頂上へと辿り着く。

城下町と坂道を経て、思考も感性も死んだまま辿り着いたその場所。


 そこにある城壁には、何1つ傷がなかった。

確かに城の横へ増設された馬小屋に続く扉は、乱暴に開けられているが、投石機による壁への傷も、正門への何かしらの傷も、自分が想定していた状況が何もない。

 いつも見ていた光景と変わらずに、そこへ存在していた。


 ということは、今までの光景の方へ違和感を覚える。本当に虚構なのではないのかと。

外観が綺麗なのだから、次は城内も確認したくなる。そうして動いた行動は、またも止まらない。


 それが、少年が取った選択だった。



ーーー



 両開きの扉を、同世代よりも少しあるくらいの筋肉で無理矢理押し開ける。

ギィッと、木製ならではの音を鳴らしながら、開くその扉はその先の光景を教えてくれた。


「は?」


 この場所に辿り着いて、最初の言葉だった。

直後に、元々悲鳴を上げていた身体が限界を迎え、地面に座り込んでしまう。

 目を逸らそうとも、意識がそれを記憶に残そうとする。


 肝心な城その物は、建てられていた大地と共に円形の竪穴を残して跡形もなく吹き飛んでいた。

残っていたのは今開けた門とハリボテのような外郭のみ。


「あなたは、あそこにいたの」


 後ろから声をかけられ、開けた扉のようにゆっくり振り向くと、ここまで送ってくれた少女が指差していた。

 その指先は今いる門の真上、見張り櫓を差している。


 そんな証言を貰い、あの瞬間を思い出す。

城下町を展望しようと部屋を出て、この見張り櫓へと移動し、青空とその光景を見ていたあの時を明確に思い出す。


 これまで通ってきた道を思い返して、遂に何かが決壊した。

 直後、何を言ったか覚えてはいないが、いつの間にか土砂降りになっていたこの場所で、少女が無言で後ろから抱きしめてくれたことは覚えていた。

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