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Vivid・Memory〜彼らの巡礼譚〜  作者: 末広 オリン
一章「聖母と紺碧な空の下」
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第3話「無力さとの対面」


 この道は正しいのだろうか。

僕が決めたこの行動に、ちゃんと意味があるのだろうか。


 そんな不安な気持ちを抱え込みながら、僕は今も一人で歩いている。

踏み締めているのは、獣道のように草が分かれた土の道。高い位置にあった陽の光は既に降り、蒼かった空は遠くへ居なくなり、代わりに碧の草葉を紅く染め上げていた。


 夕暮れ時は、いつもの日常であれば城の中で本を読んだり、庭に出て城下町を見ていた時間帯だった。そんな昔を思い出しながら、まだまだ先が見えない道を歩いてく。


ーーー


「それにしても、誰ともすれ違わない…」


 既に獣道は終わり、馬車の通り道なのか分からないけど、土が踏み固められた道へと出て、そこから更に歩いた。なのに誰とも出会わない。遠くで人影を見えたこともない。

 ここら周辺がまだ辺境地なのか、それとも通行人が少ないのか、もしくはそのどちらも該当するのかも分からずただひたすらに歩く。

こんだけ長時間歩くのであれば、城で着てた白いシャツと黒のズボンより、今着てる軽装の方が適してる。


 そんなことを考えている時に、不運が顔を表すことになる。歩いていた道の前方から、両脇に生えている草木を掻き分け、獲物を探しているのかキョロキョロしながら、三匹の化け物が出てきた。


「…どうしよう」


 目の前に現れたのは、東地で言う『イノシシ』に該当する化け物だと思う。

四本の脚で歩行し、黒色や褐色が混じった体毛が生え、何より特徴的なのは口に鋭い牙が二本生えていることだろう。


 ボソッと呟いた僕の問いかけに答えるなら、どうしようも無い。その一言だと思う。

剣や魔術という類は少し齧った程度だから戦えることは出来るけど、あそこまで成長した化け物と戦った経験がない。


 体躯はニメートルを超えるのが一匹、その他は一メートル未満だと推測する。

 相対するは一.四メートル強の子供。


 普段であれば木や草を壁にしたり、泥や土で目潰しを行い、何ふり構わず逃げることは可能だけどその後の結果が怖い。正規の道なのか、それすら分からない地点から更に脱線するのはとてつもなく怖い。


「グルゥゥゥゥ…」


 敵対する三匹の内、親分と思われる巨躯の個体が唸る。続く二匹も長の向いている方向へ、こちらへ身体を向けた。


 第一に、イノシシの速さに人間では太刀打ちできない。直線で逃げれば、速さで確実に詰められそのまま口にあるニ本の牙が足へと突き刺さり、移動出来なくなって、その後に絶命するだろう。

 だからこそ、目潰しだったんだけど…


 どうしようもない。

化け物たちが脚を動かし、突撃準備を整え行く。言葉は通じずとも、その意思は通じる。


『お前を喰い殺す』という強い意思を。


 化け物達と、僕では雲泥の差だ。

片方は、いつでも出来るよう準備している。

片方は、いつまでも決心出来ずにいる。

 だからこそ決めた。


『一匹でも道連れにしてやる』と。


 覚悟を決めて、所持していた物を正面に構えて立つ。自分のダガーナイフがなぜ腰にぶら下げていたのかわからないけど、この場面だと使い慣れた得物は頼りになる。

 …ただ剣術なんて豪壮な代物を日々教わったけど、それは準備して安全が保障されてた場所だからあまり期待できない。


 ただこちらがウジウジ考えていても、敵は攻撃を待ってくれない。

 なら、僕も止まらない。

瞬く間に起きるその結果を脳裏に刻み、そしてそれを実行する。



 双方が決意し、睨み合っていた際に両者の間を突風が吹く。舞い上げられた一枚の木の葉が左右へと揺れながら落ちていき、そして地面へ完全に落ちた時、互いに駆け出す。


「グゥガァァァァア!!!」


「うぉぉぉぉぉぉお!!!」


 僕が最初に狙ったのは一メートルの個体、その一匹だった。理由としては三匹で足並みを揃えば勝てるところを、何故か先走り突っ込んできたからだ。


 左からやってくるその化け物をそのまま受け流すべく、加速した身体をその場で急停止。

止まろうとする身体の力を利用して、左脚を前へ出し、半身の状態にする。

 直後、体当たりしようと走って来た化け物は、思惑が外れてそのまま僕を通り過ぎてしまう。


 その際に、どうやら牙が掠めたのか、皮膚を擦り剥いた時のような熱さを左足から感じる。

ただ怯まず、完全に停止した身体を再度、通り過ぎていった化け物を追いかけるように動かし、右手に持ったナイフを首根っこへと突き刺し、トドメを刺した。


 足に擦り傷は負ったものの、一匹目はサクッといけた。ただ、次の方が問題だ。

まだ敵を正面から見ていないけど、こうして一匹対処している時点で、二匹は背後まで迫ってきていると思う。

 なら、そのままこいつを盾に一撃目を躱す?

もしくは左手に隠し持ってる小枝でもう一回倒す?


 どうする?


 敵は待ったなしで詰めてくるはずなのに無意味な自問で思考が乱れていた。

だから意を決して正面を見た時に認識が遅れる。

相対していた二匹とも死んでいる、そのことを素早く理解できなかった。


「え…」


 僕の手前で倒れている一メートルの方は、槍で脳天を突かれたのか、頭部に綺麗な穴が空いている。

 後方に倒れているニメートルの方は刃物?で身体を斬り刻まれて、剣筋が身体に残り、絶命していた。


 穴を開ける槍も、身体を切り刻む剣も、扱えるのはどちらも人のみ。

ということは、これからあの化物らを倒した人間と戦わなければならないかも知れない。

武器が違うことも加味すれば二人の可能性もある。

 話せばどうにかなる、かな…


「ねぇ…」


 追いつかない現実を前に、止まりかけている思考を加速させている時、声を掛けられた。

その声は何処かで聞いたことがあるようで、しかし明確な怒りを含んでおり…


「なんで一人で行くの?…」


 高い位置から聞こえるその声の持ち主を探す。そして見上げる。


「私も連れて行って…」


 幹へ近くそれでいて太い枝にはアルマと呼ばれていた少女が、着ている白い服を紅い血に染めつつ、片手には何かを保護するようにボロ布で巻かれた長い棒切れを握って、そこに立っていた。


ーーー


「一人で辿り着けると思ったの?」


「はい…」


 歩きながら少女に短く、そして、僕自身だったら聞き取れないぐらい小声で答える。

少女も小声だから責められているのか、それすら判断しずらい。明確なのは少女の方が個人能力が高い、なら従うしか選択肢がない。


「…わかった。取り敢えず、一旦帰るよ?明日また行こ?」


「いや!そこは距離で決めよう!!」


 前言撤回、それだけは拒否をする。

今は別れを告げたお婆さんに会いたくないし、この子にご飯の恩すら言わずに出て行ってしまった場所へ戻りたくなかった。


「夕暮れに近いけど半分ぐらいなr」


 なら、妥協案を提示して少女にご納得する方向に話を持っていこうとするが…


「まだ半分の半分の半分の半分、一回帰るよ」


 言葉を遮るように短く、そして覆らない事実を述べられ、こちらの意見は切り捨てられた。

そして、少女はまた黙って逃げないようにしているのか、僕の手を引かれてあの知らない場所へ連れ戻す。

 その日は、倒した化け物の肉を持ち帰りそれを調理し、止めときゃ良かったのにと笑っているお婆さんを横目に、肉が主役な夕食を食べてそのまま眠った。


 そして、意識が途絶える前に今日の出来事をふと思い返した。

アルマは棒切れしか持ってなかったのに、なんで槍のような刺突やナイフのような極め細かい切り傷が出来たんだろう…と。


ーーー


「行ってくる…」


「おぉ、行って来な〜。ところでお前さんはいつまでも黙りだな」


「…」


 ただでさえ、前日に帰りたくなかった場所へとのこのこ帰ったきた。その上、『馬』に乗せられ少女の腰へとしがみついているこの現状をどうにかしたい…

 しかし僕自身は何も出来ないため、黙りこくった。


 実際問題、徒歩での移動では正確な日数がわからない道を、完走する術を持たずに挑むのは愚者だと考えを改めた。

 自分自身の無力さを見間違えてはいけない。

その間違え一つで何かが変わってしまう可能性があると、そう考え直して。


 出発して少し経った場所で、化け物と遭遇した道まで出た。前日に運び出せたのはまだ小柄だった二体のため、デカい親分は放置したのにどこを見ても姿がない。

 あの時見た出血の量などを考えても、助かってるとは考えられず、違う結論が出てくる。



 この周囲には、まだ見たことがない獣が多数存在することを僕は再度認識した。もし、そんな獣と出会っていたらどうなっていたのか。

 そんなことを考えていたら道は抜け、木々や農場、牧場を横目に進む。



 休憩とご飯などを時折取りながら、三日ほど走り続けたその日の夜。

中央地と呼ばれる地域を守るように点在している城郭都市。その検問所らしい物が遠方から見えた。


 近づいてみると、それは僕が居た城のように高い外壁で、正面にある門には高台が存在し、方々を監視中の十名程いる弓兵の内、数名が松明の光を頼りに、こちらを見下ろしている。

 アルマ曰く、平原に囲まれて孤独に建つこの都市は中央地の防衛設備の一つだったという。同じような機能を持った都市や城が二十五程あり、円形状に建てられたらしい。

ただ、現状稼働しつつ人も住んでいる城となると、ここを含めて両手の指で収まってしまう程しか無いことも知った。



 多くの都市や城が稼働を止められてしまったその主な理由として人口の低下、防衛設備の更新不備、内部での内乱等の理由があるらしいけど、その根本的な問題は守るべき中央王政が破綻しかけたことが大きいらしい。



 そんな豆知識を聞きながら、門前で実施していた持ち物調査などの検問が終わり、城壁の奥へ入る。城内はレンガで建てられた民家が立ち並び、高さなども景観を壊さないように統一されて、石畳の道の上で馬車を引っ張る馬も軽快な音を鳴らしながら闊歩していた。

 街灯は道に一定間隔で配置されていて、既に点灯している。僕の知ってる城下町と同じなら夕暮れになると担当者が手元に火を灯したランプを持ってそれを移して点灯させたんだと思う。


 何より、住んでいる人たちの笑顔が溢れている。商店では物品とコインを交換し、武具を売っていたり、宿屋へ多くの旅人が駆け寄っていた。

 そんな目の前に広がる輝いている光景を、昔見たことある光景と一見違う物であっても、重ねてしまう。


 その後、城内を少し眺めたけど、滞在することはなく、そのまま中央地方面の門から出る。

手綱を握っているアルマの腰を再びしがみつき、長時間真っ暗闇を走り続けると、蹄鉄によって固められた土の道からまた草原へと移り、木々や点在する農場、牧場を眺めながらさらに中央へ進む。



 あの城塞都市を出てから三日ほど走った。

そして辿り着く。あの日見た惨劇の現場へ

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