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Vivid・Memory〜彼らの巡礼譚〜  作者: 末広 オリン
一章「聖母と紺碧な空の下」
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第2話「見知らぬ光景」


 ハッと目を覚まし、初めに入ってきた光景に対して、少年は知らない天井だと率直に思う。

特段、身の危険があるとか異臭を嗅いだとかではなく…いつもの朝のように目が覚めた。


 城内で読んだことがある『遊牧民に関する本』に出てくるテントのような物だとは推測できた。

…そもそもの話、足で移動した記憶はないし、こんな場所を知らない。

 また目元に掛かりそうだった黒い髪の毛は減っていて、いつの間にか短髪になっていた。髪を切った記憶も。なのに、城内では着ていたこのベストとズボンを見るからに、あの日常は確実に存在する。


 知らない場所にいる、だけど知っている服を身に付けたまま。そのズレを正しく認知できない。

それは1日寝過ごしたとか、そんな次元の話ではなく、全く知らない世界に突如放り出されたような…


「なら、あの景色はなんだ?…」


 しかし、脳裏へこびりついているあれと地続きとは思えない。

他にも、服装云々よりも痛みを持って明確に覚えている記憶も否定される。それは()()()()()()()()が正常に戻っているこの状況が思考を掻き回す。


「あ、起きてたんだ」


 色々と思考していたら、視界の外から声をかけられた。ベットに座りながら、左足を見ていたのを中断し、視線を声がした方へ移す。

そこには、木枠から垂れている1枚布をめくり、ひょっこり顔を覗かせ、こちらの様子を見ている同い年ぐらいの少女がいた。


 誰だろうと思索する。

だけど、城にいた侍女の誰とも顔が1致しない。

翠色の両目、身長はそこまで高くないけど姿形が整っていて綺麗だった。

 そして何より特徴的なのが、セミロングに純白なその髪色だ。城下町も含めてあの色が目に入れば、忘れないと思う。


 なのに覚えていない。

ということは正真正銘、出会い頭で初めて顔を合わせたぐらい初対面だ。


「ちょっと待ってて、ご飯用意するから」


 こっちが考えている最中、少女はどこかへ行ってしまった。こんな訳の分からない場所で1人にされるより、さっさと感謝の一言でも言って、情報の1つや2つ貰えばよかったという焦燥感に駆り立てられる。


「ちょ、ちょっと待て!1緒に…」


 少女がこちらを覗き込んでいた布をめくり、その先に広がる光景を見て言葉が詰まる。


 そこは、木々すらも白銀に染められた雪原が広がっていた。上を見上げれば空はどこまでも蒼く、お日様はすでに高い。

 1つの絵のように完成された景色。


 そんな美しい景色の中、少女は走る。

楽しんでいるんじゃなくて、今日の昼食を捉えようと、着ていた純白のワンピースを雪と土で汚しながら必死に走っている。

 しかし、その目先にいる小動物を見たこともない。


「ここは、本当にどこなんだ」


 少年は、ほっぽり出されたその場に立ち尽くし、不安という感情に駆り出される。

その反面、彼の鼓動は早まって行く。


 そんな矛盾を、少年は楽しんでいるようだった。


ーーー


 爽快な碧が生い茂る草原で捕らえた獲物は、白い体毛に守られていて、身体は丸みを帯びた小型の獣だった。

白い民族衣装を着ている白く透ける様に綺麗な長髪で翠色の目な少女は、獣を片手で持ち上げ、移動する。

頭から二本の曲がった角が生え、その姿は東地で言う『トナカイ』のようだけど…


「…これって食べれるの?」


 僕がそう質問している最中も少女は血抜きなどの下処理を終えて、木で作られた手作り感が溢れ出ている焼肉道具へと、獲物は紐で吊るしながら返答する。


「多分」


「多分!??」


 思わず声が上擦った。

この子は食べたことの無いものを、調理した実績がない方法で、提供しようとしている。

そんな状況に驚愕し、一歩、また一歩と、後ろに後退りしようと足を動かすが、何かにぶつかってしまう。


「アルマ、そんな言い方したら勘違いしちまうじゃないかい。そこは『とりあえず焼いてみた』だろ」


 後ろから声が聞こえた。既に火を付けた少女…アルマ?が一度頷き、すぐさま火で炙るだけの調理とは呼べない物事を始めた。

 その動作に少し見入っていたけど、ハッと重要な事を思い出す。後ろにいる人は誰なのだろうか、という当然の質問を。

そのまま身体を反転させ、恐る恐る後ろを向く。


「なんだい?ありゃお前さんを焼くための火じゃないんだ。そんな怯えた顔でこっちを見上げんじゃないよ」


 そこには金色の長髪に蒼い眼なお婆さんが腕を組んで見下ろしていた。その姿を、というより間近で服装を見て思い出したことがある。

アルマと呼ばれた少女もそうだけど、南地の書物に記載があった民族衣装、緑を基調とした長上着とも呼ばれる『アオザイ』の存在を。


 しかし、明らかにさっきの陽気な声色と容姿が一致しなかった。なんならこの場にもう一人隠れて腹話術的な感じで喋ってるのかも知れない。

 そう思い、キョロキョロと周囲に意識を散らした。直後、脳天をかち割るような打撃を頭へとモロに貰った。


「その動作をやめな!ちゃんと一人だ!失礼なことを考えてると解釈されちまうよ!」


 視界が歪みながらも声は耳へ届いた。空の蒼と、陸の碧が揉みくしゃになって混ざり、そのまま何処かへ倒れ込んだ。


ーーー


「あんtはさっsとご飯食bて作業に戻rな」


「でも…」


「でもm、へったくrもないよ。さっさと戻ってシセrのガキに武kを渡してやrな」


「…わかった」


 未だ意識は混濁しているけど、声は少し聞こえる。二人が何を話したのか、またその意図までは読み取れなかったけど、何かしらの作業をしていた?

 考え事をしていたら突如頭に痛みが走り、思考はそこで停止する。代わりに、草原へ伏せていたからか、風に乗る草の匂いと、香ばしい良い匂いへと集中した。


「食ったかい?ならさっさと行きな」


「…はい」


 草を踏む音が聞こえる。

しかし、その足音から元気を感じることはなく、重い足を一歩一歩引き摺るように遠のいて行った。


「んでお前さんはいつ起きんだい」


「…起きたくても起きれないんですけど」


「ほう、そいつは不運なこった」


 うつ伏せになっていた僕は、顔を出来るだけ上に向けた。目の前には焚き火があり、その周りには肉を突き刺した枝、それを突っ立て炙っている。

 その先に、焼き色を確認している腕を組みながらお婆さんが肉と合わせて僕を見下ろす。


「幾ら焼いた肉といえど、そこから熱を奪っちまったら調理し終えた冷めた肉だ。さっさと立ち上がって食べなきゃ不味くなっちまうよ」


 そのままどこかへ歩いて行くお婆さんを目だけで追う。そうは言っても、草原なんだから立ち上がれば見えるかと思い直し、立ち上がる行動へと意識を移す。


「元を正せば、あの人が殴らなければ大丈夫だったんだけど…」


 未だ痛むその頭を手で押さえながら、徐ろに起き上がる。


「…アルマって子に感謝しなきゃ」


 目の前に作られた焚き火を眺めながら、僕は呟き、枝を持ち上げ、焼かれた肉を少しだけ火で炙る。

 よくよく見たら何かを振りかけられていた。

香辛料の類なのかな?そこら辺は城にいた時に学んでいなかったからよくわからない。


 …知らない天井で目を覚ます前を思い出そうとするけど、その直前だけが思い出せない。

城で育って、様々な本を読んで、色んな騎士と仲良くなって、侍女達にお世話になって…


「母さん…ここはどこなの…」


「戻ってきたらなんだい、いい歳の男子が涙なんか流して」


 少し昔に耽っていたら、いつの間にか帰ってきたのかぶん殴ってきたお婆さんが声を掛けてきた。

あんまり見て欲しくなかったけど、来てしまったのだから仕方ない。


「えぇ、少しだけ昔を思い出してて」


 見られた羞恥心を押さえつけながら、涙を軽く手で拭き取る。


「昔ってほどでもないだろ。あそこから逃げたのは七日前なんだから」


 視界が歪んだ。意識がブレる。

そう表現出来てしまう程にその言葉には衝撃を保有していた。

 この人があの場から僕を逃した??


「まぁ、お前さんが無事でよかった。最悪の結末の中でも、少なくともひっくり返せる唯一の可能性だったわけだしな」


 …言ってる意味がわからなかった。

僕が大切にしていたあの光景から引き剥がしても、それでも最悪ではないって、そう言った??


「流石にアルマ単騎だけじゃ何も出来なくてね」


「…ちなみにここはどこですか?」


 いつ着替えたのか記憶にないこの旅人みたいな動きやすそうな服装や()()()()()が治っていたりと、何が現実なのか妄想なのかもうわからない。

ただそれでも、僕が求めている物を元に、動くことを決心した。このお婆さんの言葉は、もう聞きたくない。


「ん?あんたがいた『中央地』のその更に南下した、俗に『南地』もしくは『ファクル』とまとめて呼ばれてる場所の一地方さ」


「…あの場所に戻るにはどのくらいかかりますか?」


 端的に答えてもらった場所を自分の頭の中に作った地図に書き記す。

 とりあえず再度、僕の目で見なければ納得出来ない。


「んー、お前さんの足じゃ十四日程だろうね」


「わかりました。ご飯、ありがとうございました」


 十四日掛かることを聞き出し、率直に遠いと思ったしそんな距離歩いたことがないと思う。

だけど、そんなことでここから離れないという思考には戻らない。


 戻ろう、あの場所へ。


ーーー


 急に会話を切り上げ、今いる自分の場所と向かおうとする場所を聞き、感謝の一言だけ言って中央地の方へ歩いて行ったその少年の背を見ながら、手持ち無沙汰から腕を組み直す。


「まぁ、七日も経ってりゃ何かに巻き込まれることはないだろう」


 ふと視線を変え、代わりに作業してくれているアルマがいるテントを見ながらボソっと呟く。


「お前さんが求めていたもんは、そこにあるっていうのに出て行っちまうんだ。人間ていうのは分からないもんだよ。あんたもそう思うだろ?エルマ」

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