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Vivid・Memory〜彼らの巡礼譚〜  作者: 末広 オリン
一章「聖母と紺碧な空の下」
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第10話「一つの手順と原始の過程」


 なぜ使えたのか、僕自身でもわからなかった。

化け物が放った火炎は魔素の流れも無い単純な推進力であったのにも関わらず、蒸発した。

 即ち、お婆さんが言っていた魔素の逆変換が出来たということになる、のか?


 ただ事実として、火炎はどこにもない。

それは、絶望的な状況からトドメを刺す絶好の好機へと変わったというわけだ。


「これで終わりだ!!」


 化け物も最大火力で火炎を放ったのか、反動で仰け反っている。それを視認し、今出せる最速で詰めて行く。

黒のアオザイが風に揺れ、足は熱でドロドロになっている土を蹴る。そうして至近距離、言わば巨躯のど正面まで近づき、左手へと持ち替えた杖先を向けたまま目を瞑る。



 最初に想像したのは火の球体だった。

周囲にあった魔素を消化しつつ、赤い発光と共に無色透明な石から徐々に熱い球体が姿を現す。

 そのまま場に留めながら、威力を上げるための増幅と、操作をしやすいように収縮、相反する二つの動作を素早く行う。

その操作に対して、嵌め込まれた無色透明な石も呼応しているからか、更に熱を帯びて行く。

 最後に想像したのは球体状に留めているように操作していた魔素の流れを変え、前に進みながらも更に熱く、そして速くなるように変えて。



 放つ前に思い返していたのは、一番最初の僕が回避した時に見せた弱点。

思考は出来ても、それはあくまで短絡的な物で、人間のような上質な物ではなく、お粗末の一言で片付けれるそんな弱点を見逃さない。


 撤退する事はないと読み切っていた。

どんな状況であろうと一度見下した相手に背を向けないと確信している。

 実際、段取りを終えて瞼を上げると、化け物は身体を支えるとは別で残された両腕を振り上げ、こちらを攻撃しようとしていた。

 ただそんな攻撃よりも僕の方が早い。



 化け物の胸部中央に放った魔法は、剣で五回も斬らなくては傷を付けれなかった硬い皮膚を貫通する。化け物は声も上げれずに絶命し、攻撃によって身体に出来た穴の周囲は焦げ、そして高熱を帯びていた。



「やるじゃないか、エバ。もう百手ぐらいかかると思っていたが、まさかその省略として『1の手順』を使えるようになるとはね」


 最後の急接近と、魔法を放った疲れで息が上がっていたけど、聞き慣れない言葉が出てきてそれどころではない。


「はぁ、はぁ、ギリギリ勝っただけですよ…ところでその手順ってなんですか?…」


「んー?お前さんにはまだ早いが、教えておかないのはそれはそれで遠回り。まぁいいか、1の手順ってのはな?」


 そう言ってお婆さんは、またどこからとも無く現れたねじ曲がった杖で僕に向け魔法を放つ。

 既に動く余裕もなく、躱すことも上書きすることも出来ない僕は、死を覚悟した。

だが、予想していた出来事は起きず、見たことがあった現象が起きる。


「そいつは、この前話した()()()()のことさ。まだお前さんには出来ないと思っていたが、出来ちまったら教えない理由がない」


 ニヤニヤ顔で杖を弄っているお婆さんは続ける。


「これは『ナナシ』へ辿り着くために、設けられた大道や小道とは全く違う過程の手順だ。まだ若いのにすごいねぇ、まぁ面倒事に突っ込んだことには変わりないだがね?あと、殺すと決めた敵にしか使わない方がいい。さらに面倒なことになる」


 こっちとしては情報が飲み込めず、もうそこら辺で寝たいという気持ちが強くあるけど、チラリと横目で見るとお婆さんは上機嫌だった。

 それもこの平原で見たどの時よりも。


ーーー


「今回は『シスパント』が長だったか。まぁまぁ長生きしてて美味そうじゃないか」


 恒例になったご飯の時間だ。

お婆さんの口調から察するに、グレガリオの長は探知能力が長けている魔獣の中で一番強い個体がなるのが魔獣の風習なんだと思う。


「ちなみに前回は『ガルダープ』で、肉がそこまで付いてなかったからな。今回は大量だよ」


「それはよかったですけど、やっぱりお肉中心なんですね」


「まぁ気候条件は緩く草原であっても、川も遠いから魔獣を狩って食べるしかないんだよ」


 …農園は遠いけど、毎日野菜が山のようにあるのはすごいと思うし、中央地と同等に豪華かそれ以上。

それも、産地を辿れば南地の方からよく輸送されてるって聞いてたけど、これが普通なら食べ物に困らないのでは?


「マジマジと食材見てるとこ悪いが、そりゃ無理だ」


 ビクっと身体を跳ね、お婆さんの方を向く。


「そりゃそうだろう。ここらで取れたのは水分摂取には向いているが、栄養摂取には向いていないのばっかだ。しかも収穫はアタシがいないと安定しない。そういう意味では条件が厳しすぎるよ」


「あ、雨を降らしたように土壌を変えることは出来ないんですか?」


「残念ながら、環境変化関連に興味なくてね。多分覚えていても雨を降らせるのが関の山だよ」


 …どんな人にも欠点があると昔から思っていた。だけどこのお婆さんは、この人は自分自身が興味を持っていたら使えたかも知れないと、間接ながらも豪語している。

 底なしの好奇心は、最大の原動力となると最後に付け足すようにお婆さんは言っていた。


 …だけど、人は原動力のみじゃ成立しないと思う。

成すための手段と、取り巻く環境が支え、瞬間の発想や自前の知識を育てて、事前に設定した結果などがあって制限と条件の中で本人が求めていた『何か』を成し遂げる。

 そうして成し遂げた事ですら、本当に望んでいた物なのか、全く違う物なのか、全ての過程が終わらないとわからない。


 すなわち僕の現状だ。原動力や手段、発想、知識を貰い、良質な環境で育ててくれている。

お婆さんやアルマが居なければ、路頭に迷う僕を救ってくれた。

 ただ、この人はその路頭に迷う事すらも喜んで進む。どちらに転ぼうとも、必ず求めている結果へ辿り着けると経験から確信している。


 実際、ここに来てからお婆さんから負の表情を一度も見たことがない。


ーーー


「今日は素晴らしい日だ。まさか1の手順がもう出来るとは本当に思っても見なかったよ」


 老婆は夕食を終え、自分のテントに戻り独り言を呟く。


「予測の域を抜けないが、恐らく入り口には立っている」


 再確認するように、今日の出来事を目を瞑り思い返す。


「アタシが習得した時と同じように本質には気づいていない…まぁ、勝手にミスリードするよう教えたからそれもそうか」


 今日の出来事をしっかりと理解して瞼を開く。


「さて、これでアタシの出番は終了だ。あとは弟子達とこの惑星にでも期待しておこうかね」


 自分自身以外に、ましてや自分の利益のためではなくこの先を見てみたいと思った人物は二人目だ。   

 忘れてしまっていたその好奇心を、今はただただとても楽しく感じた。


ーーー


「さて、一夜明けたし次の話をしようか」


 そう言って杖を棒として扱い、草原に歪な円を描く。


「端的に言えば旅をして来てもらう。お前さん自身の夢を形付けるのも良いし、多くの都市を見て考えを改めても良い。ただ、この大陸を一周して来てもらう」


 よくよく見ると歪な円ではなく、所々出っ張りがあり、それが地形を元に描かれていることを言葉と同時に理解した。


「最初は今いる南地、ファクルだが…まぁこの十二日間で巡礼出来たことにしよう」


 そう言って南の土地にバツを付ける。


「次に西地、またはアルヘム。ここには三つのデカい都市がある。その中でもここから一番近く捕まりやすい都市『テラ・アルカヌム』になるだろう。同じように滞在すれば大丈夫だろうね」


 道を擦るようにガリガリと地面を削り、目的地がそこにあるのか削るのをやめると、また同じように西の土地へバツを付ける。


「北地に関しては…地方名も忘れたし情報がそもそもそこまでない。中央からお前さんを逃した際に、何年か前に滅んだとも聞いているが…まぁ見学がてらに見てきな」


 次は道が険しいのか前に引いた直線的な線ではなく、ジグザグしながら削り、そのまま北の土地もバツが付けられる。


「東地も同じだが、事情がもっと特殊だ。108の大小の島々が点在していてそれぞれが生活圏を独自に作っている。その数は5つあるが、中央に1番近いここでいいだろう」


 こちらは整備されているのか直線的に削り、五箇所へ大きな円を作り、その中でも近い場所へとバツを付けられた。


「最後に中央地、ここは王城まで行きな。そうすればお前さんが知りたかったことも推測できるレベルにはなるだろうよ」


 そんなことを言い、最後の中央にあった土地へバツを付けた。お婆さんは、満足気にこちらを覗き込む。


「まぁ何となく出来るだろ?アタシが説明したのも過去の情報だ。その都市が現状どうなっているのか、生活や産業なんかも見てくるのもいい」


 いつもの気怠気な説明口調がなく、心底楽しそうに語る。ただ次の言葉には真剣に伝えたかったのだろう。急に声色が変わった。


「あとこの巡礼も絶対じゃない。無理だと判断したら、即逃げる。命に勝る価値なんてこの世には存在しないからね」


 …そもそも、そんな危険な旅に出させようとしているのはお婆さんだし、危険だと判断したら逃げるは当たり前なことだと思うよ。


「まぁ、一通り説明も終わったし、アルマ連れてさっさと行ってきな」


 このお婆さん特有の急展開がまたやってきた。


 目の前に広げられた風呂敷の中に道具が入っていた。水を入れる容器や食料をまとめる布、少量の金貨にざっくり描かれた地図。

 全体的に持ってく物としては少ない。

現地調達を基本と考えているのか、ここから持っていくのは最低限の食料ぐらいだった。


「持ち物は重けりゃいいってわけでもないし、前に使った馬も使いな。道中も大切だがその先にある景色の方が重要だ。さっさと見てきな」


「ちょ、ちょっと待ってください。今からですか!?」


「旅ってのは思い立った日に動かなきゃ意味がないんだよ」


「それにしては急だし、アルマも…」


「アルマならさっきからウズウズしてお前さんの後ろに待機してるよ」


 後ろを振り向くと、アルマは本当にウズウズして、手には最低限の準備をしたのか何かを包んだ布を持っていた。


「…だ、だとしてもですよ!大まかな前情報が無さすぎます!」


「前情報がある旅なんざ、何が面白いんだい?」


 何故ここまでしてさっさと出て行かせようとするのか。初対面の時よりも明らかに急かしている。それこそ、何かに追われている時のような焦燥感さら感じた。


「世界巡礼と名付けられてるこの旅は世界を知るために作られた。お前さん向けだよ、さっさと行きな」


 そう語りかけてくるお婆さんの後ろからいつの間にかアルマが馬の手綱を引きながらやってくる。

 とは言え、もう口車に乗せられるだけの子供じゃないところを見せるしかない。


「…何日に着くかわからない場所へ向かうのに食料なしは厳しいと思いますが?」


「…実際アタシも明確な日付が分からないからそれはそうだな」


「馬が使えない険しい道で、飲み水の消耗が予想より早いかもしれない!」


「…最近夏季になったんだっけか?」


 一歩ずつだけどお婆さんを説得していく。

今すぐ行くのではなく、準備して行くへと思考を変えようと…願わくばここに留まるへと思考してくれれば…


「チッ、明日に日を変えるか」


 大きな舌打ちをしてアルマへ指示を出している。道具や馬の撤収、必要な物の準備へと移っていく。


「…それでも明日なんだ」


 旅を今すぐ行うという急展開を言葉でなんとか止めれたけど、それでも旅はすることは決定事項となり、そのまま昼食を終えた。

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