第1話「過去の結末から」
初めまして、末広の当て字で巣惠秘路と言います。
章分けでまとめて書いているため、ドカッと投稿して次回が長期的無投稿になることが多いと思いますので、ご了承頂ければと思います。
それでは早速、本編はどうぞ。
手綱を握り、馬を走らせている家臣。
僕はそんな彼の背中にしがみ付き、流れる景色を呆けて見ていた。首を上げて見た紺碧の空、そこに漂う雲は形がとても印象的だった。この後食べる予定の昼食のように見えて。
そんな調子でいたら、馬が鳴らす足音の間隔が縮まり、見上げていた首が後ろへ置いてかれそうになる。何事かと思ってひょこっと顔を出して前を見ると、左右に広がる植栽達が遠目に見えた。
その先には、高台に建っている白銀の城が雲の間から陽が光差し、反射した光でより輝いて見える。つまり、そこにはいつもと変わらない景色が広がっていた。
「やっと着いた…」
その言葉を家臣へ聞こえるようにわざとらしく、やっと城に戻れる喜びとも、旅はもううんざりとも取れる声色で呟いた。
ーーー
城に着くと、すぐさま旅の途中に汚れた服を着替えるため自室へ移動する。装飾されている木製のドアを押し開けて自室へ戻り、タンスの中から城内でいつも着ている白いシャツと黒のズボンを引っ張り出し、着替え終えた服を侍女にお願いしてそのまま適当に城内を歩く。
僕の部屋から一番近い書庫には、多くの本が入っていてお気に入りだ。ここには古い言葉や、知らない景色が記されている本が多くあり、好奇心の塊だった僕は、そんな本達に釘付けで多くの時間を費やした。
もちろん、他の勉学にも力を入れていたけど、ここで本を読む以上の楽しみにはならない。
他の好きな物だと、宮廷で教わるような魔術の実演指導や、剣術の実践練習で身体を動かすことが好きで、勉学で溜まった鬱憤も一緒に発散していた。
疲れた時はまた違うお気に入りの場所で休憩している。
その日も、息抜きとして賑やかな城下町を見下ろそうと、階段を駆けて行く。少し広い踊り場に着き、そこにある窓から城下町を上から眺めていると、ふと空が気になって見上げる。
視界の端を何かが横切ったように感じたからだ。
そんな違和感を目で追いかけて行くと、実際に何かが浮遊していて、さらに高度を上げていく。
そのまま彼方へ行ってしまうのではないかと、ワクワクしながら見ていたら、ピタリとその動きは止まる。
直度、ここから離れた場所へと反射的な瞼を閉じるよりも速く大空を閃光が走った。続く轟音は大気を歪ませ、衝撃は大地を揺らし、この身体にまで伝う。
天上から輝く何かが飛来した。
ーーー
焦げる匂いがする。
何かを燃やした際に発生する悪臭が、鼻を通して僕の意識を無理やり叩き起こす。うつ伏せで眠っていたからなのか、身体は自由に動かせれず、瞼を開けるのがやっとだった。
そんなボヤけた視界で広がる光景へと取り戻しつつある意識を集中させる。
壁が崩れているのか周囲には瓦礫しかなく、離れた位置に見える建物からは真っ黒な煙が立ち昇っていた。ぼんやり眺めて確認したその光景は、僕が知っている今までの光景と全く異なるものだったと断言できる。
…ただ、心の何処かで名残が見えた気がした。
ボヤけた視界が徐々に合っていき、少しずつ輪郭を捉え、目の前の光景を正しく理解していく。
さっきまで僕がいた城の大半は消失し、残された壁は、自重に耐えきれなかったのかそのまま倒壊し、瓦礫の山となっている。
他にも目で見える範囲には、城下町は軒並み壊れ、石畳の道は地下水が吹き出して泥池へ変わり、以前までの綺麗な光景は跡形もなく消え失せていた。
そんな目の前に広がる景色に対して、思考が追いつかなかった。なぜこうなってしまったのか、その原因すら思い当たらない。
他の人はどうなったのかと気になるが、身体を動かそうにも未だにビクともしなく…
理由は、寝ぼけていたからではない。
頭を動かし、目線を移し、しっかりと認識する。
崩れてきた瓦礫によって右足を擦り潰れているようだ。
潰されてから長時間経ってしまったのか、既に感覚はない。もう少し視線を逸らすとその瓦礫の下に、血が溜池のようにあることも目に入ってしまった。
あれだけの量の血が身体から出てしまったら、死ぬのも時間の問題。そうやって最悪の状況がチラつき始めて、また少しずつ周囲の輪郭が合わなくなってきた。
眠気ではないけど、目を開けていることが徐々に困難になっていく。瞼が重い。
そんな僕の前に何者かが真ん前に立っていた。
見上げることは叶わず、その足元くらいしか見ることしかできなかったけど、それは声を掛けてくる。
「…行こう」
「き、君は?…」
声は女の子だったけど、聞き覚えのない声だった。反射的に僕がそう呟くと限界が来たのか、瞼が閉じ切ってしまう。呼吸が浅くなり…
少年、エバ・アルバートの息が途絶えた。
ーーー
アタシは、辿り着きたかった。
どこまでも好奇心の塊でこの世の全てを理解しようとしたあなたの足元へ。
当時の世は彼女を天才だと、化物だと、言葉で表現できる最高と最悪の表現、その二つで呼んでいた。
それは同時に、一種の無理解でもある。
『天才』と呼んだ者は、一生を賭けても辿り着けない極地にいると勝手に諦めた。
『化物』と呼んだ者は、一生を賭けるべき道を変え、自分が得意な道へ逃げた。
ただ、その中でも『賢者』と呼んだ変わり者達は、師事を受け彼女へ至ろうとした。
「アタシもその1人だった…だが、この世界を見れば見るほど、あなたには辿り着けないよ」
もうあなたを『賢者』と呼ばないところまで来れた。たった一人で世界の命運なんか背負わされた若干二十歳の少女『ナナシ』の横に立って、その負担を少しでも取り除きたかっただけ。
遠目から眺めていた街並みが、狂乱に包まれるのを『聖母』はしっかりと記憶に刻み、その場を立ち去った。