07 三度目の正直
舞踏会の会場前では父が先に降り、母と私をリードしてくれる。直ぐに侍従が近づいてきた。私だけ別室に連れていかれる。重々しい扉……ということは、ここ王族の控室……。ああ、やはりそうだ。中に国王夫妻と、王太子殿下が立っている。すかさず、両陛下の御前でカーテシーをきめる。
「息災であったか。心労をかけておるな」
「勿体ない御言葉、幸甚に存じます。国王陛下、王后陛下におかれましては御健勝であらせられること、心よりお慶び申し上げます」
「そんな堅苦しい挨拶なんて無しよ。さあ、あなたの晴れ姿を見せてちょうだい」
王后様に促されて、立ち位となる。
「こっちへ来て並びなさい」
殿下を呼びつける。御召し物はマリンブルーの上下だ。縁取る銀糸が深みを与えている。私とはモノトーンで統一、すなわち、誰から見ても“お揃い”ということだ。殿下が右腕を曲げて差し出したので、腕を絡める。あっ、あのときの香り……。股上にジワリときた。
「そこで、ぐるっと回ってみろ」
国王が命じる。殿下のリードで、ユックリ回る。やはり、私の方が背が高い。ティアラの高さがどう見えているか心配だ。殿下が声を掛けてきた。
「おい、顔を上げろ。俯くんじゃない。今日はベアトリスが主役だ」
「はい」と応える。久しぶりに耳にする優しい声だ。文字面は乱暴だけれど……。ちゃんと名前を呼んでもらえた。
「おおっ、見事だ。そういうことだ。男はアクセサリーだ。お前の言うとおり、マダムに任せて大正解だったな。ノボセて、ベタベタするんじゃないぞ」
侍従が入ってきた。時刻だ。ファンファーレが鳴り響く。そして高らかに宣言される。
「アルフレッド王太子殿下、並びに御婚約者、グレーグ侯爵家ベアトリス様、御入場」
ああっ、とうとう始まった。どういう結末となるのだろう。さりげなく歩を進めるが、会場中から送られる視線が痛い。このスッポンポン・ドレスは目立つ。殿下の言いつけをひたすら守る。王族位置まで進む。続いて国王夫妻が入ってきて、祝辞を述べる。
「卒業生の皆さん、おめでとう。皆さんの三年に及ぶ研鑽に敬意を表する。また、ご父兄や教職員の皆さんの御尽力に謝意を申し上げる。国の発展のために今後の活躍を期待している。ところで私事になるが、愚息が共に学ばせていただいたことに深く感謝する。4か月後に婚姻を結ぶ。祝ってやってくれ」
おおっと歓声が上がる。
ああっ、一歩一歩、ステップを進んでいく。最後のどんでん返しは無いよね。不安が高まる。
ダンスの前奏曲が奏でられて、殿下が私の手を取り誘う作法を執る。もちろん、承ける。静かに流れる音楽が心地よい。殿下に身を委ねる。二人で踊るのは一年ぶりだ。二曲目も手を固く握られたまま。三曲目は身体を密着させるワルツ。そっと引き寄せられる。腰に回る殿下の手の温もりが嬉しい。
男爵令嬢のナターシャさんはダンス教師と踊っていた。アンドレとライアンは、曲が変わるごとに相手を代えている。モテるのだな。今日の衣装代は王宮から補助が出るから平民でも負担は少ない。
いつの間にか国王夫妻は退出している。我々二人も、三曲目が終わると控室へ戻る。扉が閉められた途端、緊張の解けた私はその場にへたり込んでしまった。殿下に縋るような姿勢だ。
「すまなかった。これからは二人で慈しみ合いながら生きていこう」
涙が止めどもなく流れ出る。ハンカチーフで拭いてもらった。子どもみたいだ。化粧が少し着いた。これでは、もう悪役令嬢を名乗れない。殿下が腕を私の背中と膝裏に添えて持ち上げた。あっ、下履きを履いていない……。二学期末の体重云々の場面が過る。でも、たくましくて、不安感は全く無い。私は両腕を殿下の首に回して甘える勇気が出た。ははっ、微笑まれた。馬車に乗っても膝の上である。王太子専用の馬車は滑らかに出発した。舞踏会はまだまだ続く。
侯爵邸に到着すると、“お姫様抱っこ”のまま、自室に運ばれる。えっ、私の部屋を知っているの? 長椅子に下ろされ、額にキスされた。「おやすみ」という言葉を残して殿下は退出していった。入れ替わりにメイドさんが入ってきて着替えを手伝ってくれる。ベッドにもぐり込むと強烈な疲労感に襲われて、すぐに意識が遠のいた。
添付イラストは、SeaArtによりAI自動生成したものです。




