06 ドレスへの憂い
ブクマをありがとうございます。
三学期が始まり、何事も無く日々が繰り返されていく。ときたま顔を合わせる殿下は無表情を通される。私は正視ができずに俯向くばかり。正直に言って、苦しい。
卒業式が近づいてきた。
もちろん気がかりは式の翌日に開かれる舞踏会だ。この回だけは王宮で開催され、王族以下の名だたる諸侯が列席する。もちろん、私の両親も出る。特に今年は、この国の王太子が卒業するのだ。尋常ではない。
三度目の正直という言葉がある。こんどこそ、婚約が破棄されてしまうのだろうか。それとも、二度あることは三度あるともいうから……。また無かったことになるという筋書きもありえる。そうであっても、国王夫妻以下の衆人環視の下だからなぁ。
問題は私の気持ち。これまでの2回は、「破棄でもいいや」と呑気に構えていた。けれど、今回は違う。悶々としている。なんか、もう、気持ちが乙女チックなのだ。自分でいうのも変だけど……。
一週間前となった日の午後、舞踏会用のドレスが届けられた。うれしさが半分で、残り半分は心配。
オートクチュールのマダム自らが持参して、確認の着付けをしてくれる。私は王太子の婚約者なのだ。マダムとしても晴れ舞台といえる。寸法などの最終調整のほかにイヤリングやネックレスとの調和も確認する。私の体形は店が把握しているから、「ベアトリス嬢へ、これこれのデザインで贈りたい」と注文すれば、ピッタリのものが縫製されて我が家に届けられるという仕組み。
だから私は気になるのだ。どうしても問うてしまう。
「注文してくださった方はアルフレッド殿下でしょうか?」
残念ながら無慈悲な答えが返ってくる。
「まことに申し訳ありません。王宮とだけ聞き及んでおります」
あー、ウソでもいいから、「そのようです」と言ってくれれば、この場だけでもホッとするのに、現実は冷たい。あの夜以来、私はどうかしちゃったのだ。
「ぎょえっ!」
不意にマダムが素っ頓狂な声を上げた。母が怪訝そうに訊ねる。
「どうされたのですか?」
「お嬢様の体形が……。ちょっとの間に、お胸とお尻がフクヨカに……。いえいえ、悪い意味ではないのですよ。今までの、どちらかというと凛々しさから、今は艶めかしさというか、なんというか、女らしくなられたというか……コルセット無しで、この体形は……」
入り口脇で控えていた女性騎士のマチルダさんが得意顔で解説する。
「乗馬で鍛えた筋肉に、恋の魔法を掛けたらこうなりました」
何を言っているのか分からない。脇腹のあたりを撫でられる。首の背後から背骨を伝って尾てい骨まで、マダムの指が辿る。尻の丸みを揉まれ、両の胸をムンズと掴まれた。「ギャー」と声にならない声を上げる。私、百合の気は無いのよ。
「おおっ! これはもう、新しくシツラえちゃいましょう。うんうん、腕が鳴ります」
「お願いですから、注文主様の御意向を汲んでいただきますよう……。それに肌の露出は控えめに……」
「大丈夫ですよ。先方からは御嬢様の魅力を余すところなく引き出してくれと厳命いただいております。金に糸目をつけないとまで仰せです。ただ、出来上がりは当日になります。では」
あはははっ、心配のタネが増えてしまった。
卒業式が恙無く済んで、とうとう舞踏会当日の朝を迎えた。
緊張で押しつぶされそうになる。悪役令嬢ともあろう自分がこのテイタラク、許されない。あー、怖い。いったい、今日が終わったら、どの面下げて家へ帰ってくるのだろうか。寝床から出られない。メイドさんに布団を引っ剥がされた。
夜のパーティーが終わるまで何も口にできないので、少しお腹を満たしておかなければならないが、到底その気になれない。朝食はサンドイッチ一切れだけを口にした。メイドさんが髪をアップに結い上げてくれる。形はマダムの指示だという。昼は、無理をしてアップル・ジュースを流し込んだ。直後に、マダムがドレスを持参してきた。喜色満面の笑みに自信のほどがうかがえる。こちらは憂いしかない。
支度室で身ぐるみ剥がされた。げっ! 下履きも無しだ。ドレスのラインが台無しになるからだという。そんなドレスは着たくない。布地は最上級のシルクで、透き通るようなホリゾンタルブルーだ。これは見方によっては、と、と、透明……。と、思う間もなく、着付けられていく。いいっ、上から下までピチピチ……。股下もスースーするし、未知の感覚だ。
髪にパールのティアラを載せて、足にはドレスと同色のハイヒール! ううっ、殿下との釣り合いが……。マダムが、すかさず応える。
「これで脚の長さが理想的です。大丈夫ですよ。パートナーとはベストマッチに仕上げています。これ、ハイヒールではなくて、ちょっと高めのパンプスですね。ダンスも楽ですよ」
まあ、それについては安心しておこう。ただ、それよりも……。
鏡の前に立つと、ぐえー。これ、マーメイドラインというのだろうか。人魚だよ、人魚。トルソーに布切れをピッタリと張り付けただけというか……、身体のラインがモロに出ている。刺繡などの飾りが皆無だから、まるでスッポンポン……。ぐるっと回って背中を映すと……、ない、無い、布切れが無いのだ。パックリと背中が出ている……。えええー、肩甲骨と背骨、背筋を鑑賞するドレスだ。冷や汗がタラーっと流れる。
「これ、御嬢様しかお召しになれませんよ。筋肉のお陰です。このシームラインに苦心したんです。大丈夫。ダンスでいくら回っていただいても脱げません。みなさん、大満足されること、承け合います」
おいおい、着るほうの気持ちは、どうでもいいのか。この期に及んでは、もう、どうもこうも出来ない。ああっ、ドナドナである。父母と同じ馬車に乗って、王宮へと向かったのだった。




