02 なれそめ、というか因縁
今回は、婚約破棄宣告までたどってきた経緯です。
みんなは私のことを「悪役令嬢」と陰で呼んでいる。
巷で流行っている恋愛小説の影響だ。私が誰彼構わずにキーキーと突っかかるからだとは自覚している。議論なら負けやしない。生まれついての性分だ。相手が居丈高だと、もうだめ。堪えが効かない。よくいるよね。女を小馬鹿にする男が……。大っ嫌い。そんなのを目の当たりにすると暴走する。その実態は、正しいことを正しいと言い張る、正義令嬢なんだけどなあ。
「婚約破棄」のほうも小説に頻出する。二つの言葉は私にとっては迷惑この上ない。いや、今回はボケナスと縁が切れるのだからラッキーかも……。
この上に、小説のような魔法とか聖女とかが登場してきたら、やってられないが、幸いにも我々の世界に、そんな非合理的なものは存在しない。
王太子のアルフレッドとは少々、因縁がある。
初等部の頃は、単なる同級生だった。私、お転婆だったから、男の子たちを従えて駆けずり回っていた。そう、あのボンクラは子分の一人だった。ワンノブゼムね。
中等部に上がって2年の頃に1年間ほど、トンチキが私の祖父の下に通った。祖父のコーネリアスは宰相の地位を辞して隠居生活を満喫していた。そこで国王に彼の相手を頼まれた。月に1度だった。世間は帝王学を授かっていると噂した。
しばらくして、その席に私やアンドレが呼ばれるようになった。執事の息子のライアンも加わった。そう、あの告発者の一人だ。
定番のやり取りは、こんな具合。
まず祖父が4人に課題を出す。最初のそれは「王都の地理的位置は今のままで良いか」だったと思う。我々は1か月後に夫々の考えを披露する。それまで、図書館で調べたり、識者の意見を聞いたりして回る。私は現地を見に行った。
アンドレは現在の場所、そのままがいいという意見だった。昔の人間が熟慮の上で選んだ土地だし、ここから移すには天文学的な費用が掛かると言った。
ライアンは、港湾都市がいい。商業活動が盛んで、そこに王宮を移せば、ますます経済的発展が期待できる。教会と距離を取る良い機会になるという見解だったかな。
私は軍事的な面を主張した。小高い山の頂上に王城を構えて、その周囲に街区を築く。または、三方を山に囲まれた盆地に王都を展開する。戦時ならば前者だが、今のように平和なときなら後者だと述べた。婚約破棄の場でウォルターの口から、王国軍壊滅の文言が飛び出した遠因は、多分これ。アイツら、徹底的に戦術を練り上げて臨みやがった。
この議論は面白かったなあ。祖父の前でワイワイガヤガヤと盛り上がった。でも、こういう論戦に王太子は加わらなかった。聞いているだけで意見は決して述べない。勉強の意味が無いよね。このときに「考えは無いの? 貴方が住むのよ」と投げかけたら、
「ボクは、海の近くがいいな。おサカナが美味しい」
だとさ。3人は顔を見合わせた。祖父は無言だった。
いつもこんな感じ。3人は御前会議って呼んでいた。王太子の前で繰り広げる茶番ね。
そうそう、最後の課題は「王様は必要か」だった。祖父が言葉に出した時は、さすがにギョっとして、王太子の様子をうかがった。けれど、我関せずという風情だった。
そして、結論は3人が一致して「必要」というので驚いた。もちろん、王太子に義理立てしたからではない。
アンドレが言う。国のトップは必ず必要で、もし貴族の中からその都度、適任者を選ぶとなると、争いになる。現在のように初めから世襲と決まっていて、それも第一子の男子が継ぐと定められていれば、すんなり決まる。この制度が連綿と続いてきているから誰も疑問に思わない。なお、今までだって歴代の国王が皆が皆、優れていたわけではない。重要な決定を貴族連中が相談して下すことも多かった。その経緯で貴族議会ができた。
ライアンはいつになく興奮して力説したな。国王や貴族、それに教会は必要悪だ。それらを永続させる目的で民衆がいるのではない。逆だ。国全体を豊かで平和に維持するための仕組みが、貴族であり教会だ。国王はその役割を常に心に刻んでいなければならない。熱かったなあ。
私の意見は、戦争などの緊急事態では、間髪を入れずに決断して行動する必要が出てくる。国民に犠牲を強いる決定を下さなければならない場面だってある。そのときに超越的で絶対の存在が必要になる。本人でなくてもいい。その名を使って宣言するのだ。それに女性がトップに立てないのはおかしいとも主張した。
このとき、ヘッポコに「どう思う?」と声を掛けた。そしたら、
「隣国と戦争して負けたら、国王だけ処刑されるのかなあ。それでもいいや」
と言ったんだよ。うううう。こういうのをなんて表現するのかな。達観? アンニュイ?
そう、トウヘンボクは滅多に喋らなかった。残りの3人で激論を戦わすばかり。そして祖父が亡くなり御前会議は終わった。アルフレッドとは疎遠になった。
それから2年が経過し、高等部へ進級したとき、突如、彼との婚約の話が持ち上がった。
私は幼い頃からアンドレと遊んでいたから、漠然と彼のところへ嫁ぐのだろうと思っていた。カッコいいし、優秀なんだから……。
それが突然、王家から申し入れがあって決まった。私は蚊帳の外だった。具体的には聞いていないけど、たぶん、私に王太子をカバーさせるという思惑だと想像した。父が祖父に続いて宰相を拝命していて、その関係もあったはずだ。それに、王妃と我が母は同級生だった。あの聡明な両親の子どもだよ。なんで、ノータリンが生まれたのだろう。
私が婚約者としてウツケ野郎と顔を合わせる月イチのお茶会は、義務のようなものだ。若い男女のワクワク感なんて何もない。お互いに目を合わせるでもなく、ボーっと座っている。アイツが喋らないから、こっちも沈黙を通す。苦痛かというと、正直なところ、そうでもない。奇妙なのだが、ただ単に、夫婦となることを約束した人物と一刻ほどの時間を過ごす。空気みたいなもの。不思議な時間なのだ。
それなのに、2年ほどしか経っていないのに、なんで婚約破棄を言い出したのか。両親である国王王后の面目丸つぶれだよ。小説のごとく「真実の愛」に目覚めたとしか考えられないが……。確かにボケチンの横に侍っていた男爵令嬢のナターシャさんは愛くるしい少女だ。しかし、あの無口でボンクラな取り柄のないニワトリ頭に、どうしてこんな大きな決心が出来たのだろう。それほどまでに私が嫌いなのかあ。こっちだってビタ一文、慕ってなんかいない。それならそれでいいのだが、自尊心がわずかに削がれた。そういえば、ある小説の登場人物が断言していたな。「男が勃つか萎えるかは、女の顔だ」と。そうなの?
侮蔑語の「ボケナス」は、惚け茄子と書き、色つやの褪せたナスという意味、もちろんナスは紫色の野菜ですね。そのココロは、日光や肥料、水をふんだんに施すと、見栄えが悪く、しかも種無しの実しかならないとのこと。環境が良好過ぎると、自立できない子どもになってしまうと、揶揄しているのだそうです。ピッタリだと思って使いました(笑)