01 婚約破棄も二度目なら
ムーンライトノベルズの『【短編集】それぞれの愛欲の果て』からのシングルカットです。R18要素を書き直しています。https://novel18.syosetu.com/n6723if/
「グレーグ侯爵令嬢、ベアトリス、殿。
王太子アルフレッド殿下が、婚約を破棄するとの仰せだ」
えっ! 本人が宣言しないの? 側近のアンドレに押し付けたの……。敬称の前で詰まったよね。事前には呼び捨てのつもりだったんだ。きっと……。
目の前の中央に、ポンコツ王太子が立っている。右に取り巻き、そして左に男爵令嬢を従えて、ボケーっと、何を考えているのだか……。
ここは王立高等学園の講堂、二学期末のダンスパーティーが散会となるタイミング。王太子のアルフレッドは男爵令嬢ナターシャさんと1曲、踊った。小柄で庇護欲をそそる可愛らしい少女なのよねえ。一方私は、女性としては背が高く、容貌も精悍という言葉の方が似合う。あっ、ちょっと盛ったかな! ゴメン。というわけで、私は終始、壁の花。疎まれているといっても、天下の王太子の婚約者だ。好き好んで誘う者はいない。火中の栗というわけ。
側近のアンドレが大声で呼んだので渋々出てきて、カーテシーを決めたら、これだ。
婚約破棄の言葉に、参加者は「またか!」と鬱陶しそうな表情を隠さない。そう、一学期末にも同じやり取りがあった。結果は、うやむやになったのだけれど……。このパーティーは生徒と一部の教師だけだから、オママゴト。王太子の悪ふざけと見なされている。タブン。
ただ前回は、キャツ自らが宣言した。ところが、「伯爵令嬢ベアリトス」などと爵位も名前もトチった。父は侯爵で、私の名はベアトリスだ。それで今度は側近のアンドレに言わせたのね。彼は私の幼馴染で遠縁の公爵家御曹司。王太子に較べて容姿でも学業でも遥かに勝っている……というのが世間一般の常識だ。
前回は私も慌ててしまって声が上ずった。「どうして? 父に言うわ」としか返せなかった。今度は違う。二度目は違うのだ。
「殿下の御意向は確かに承りました。わたくし、ベアトリスといたしましても異存はございません。ただし、この婚約は王家と我がグレーグ侯爵家とが取り決めたもの。帰邸して父に報告いたします。そのうえで、改めて父から陛下に言上申し上げることになると存じます」
私はアンポンタンの婚約者に、なりたくてなったわけではない。話はそっちから持ち掛けてきたのだ。
言葉を繋げる。
「ご参考までに、理由をお聞かせいただけると幸いに存じます」
タワケが偉そうにアゴをシャクる。側近のアンドレが「ライアン、申せ」と命じる。
えっ! ライアンに言わせるの。我が侯爵家の縁者なのよ。平民だし……。前回、告発に立った3人は皆、貴族だった。
「ご下命によりライアンが申し上げます。ベアトリス嬢の6代前までの血筋126名を調べました。その結果、隣国の者4名と、平民1名の存在を確認しました」
そんなこと、婚約前に分かっていたことよね。
「王太子殿下はゆくゆく、国王に即位されます。殿下のお妃様になられるということは、未来の国母です。そこで歴代陛下の王妃陛下たちについて調べました。調査可能だった20名のうち、8名が隣国からのお輿入れでした。この方々については残念ながらそれ以上の調査は不能です。残り12名のうち、4名が平民を先祖にお持ちでした」
うーん、ライアンよ。何を言いたいのかな?
前回の糾弾では貴族のお坊ちゃま方が、男爵令嬢ナターシャさんの教科書を破いたとか、机に落書きした。下駄箱にカエルを入れた。足を引っ掛けた。噴水池へ突き落とした等々、どれも他愛もないものだった。そんなチンケなことを侯爵令嬢ともあろう者がするわけがない。そこで私は、日時を示せ。その時刻は王宮で王太子妃教育の真っ最中だった。仲間の令嬢にやらせたというなら、氏名を特定せよ。「嫉妬で」というのは、神通力で私の心のなかを読んだのか……などと切り返してやった。
それに比べれば、今回は指摘が具体的ではある。しかし、これが婚約破棄の理由になるのか?
「次、グスタフ」と、アンドレが声を上げる。彼も平民だ。我が国は貴族が少なく、この王立学園の生徒の半分に満たない。残りは平民で、優秀な生徒が多い。いや、平民の方が平均点は上だろう。貴族連中は身分に甘んじている風でもある。
グスタフが発言する。
「御令嬢の身体について報告申し上げます。身長は165センチです。ハイヒールを履かれると、殿下の168センチを超えるのは必定です。なお、体重は54キロで、殿下が抱きかかえられるギリギリと推察できます」
こらーあ! 乙女の秘密をバラすな。エチケット違反だ。スリーサイズを言わないだけマシか。
「運動は、殿下が苦手とされる乗馬を嗜まれます。陸上走は殿下よりも速かったという記録がありました」
微妙な報告だよね。何を言いたいの? 王太子に私が似付かわしくないという意味なのかな。
「次、ウォルター」。おおっ、今回は平民で揃えてきたか。
「学業成績ですが、期末成績は常に10位以内をキープされています。対して殿下は、発表される30名の中に含まれたことがおありでは無いので、比較は不可能です」
おいおい、それ、クズヤロウをデスっていないか? 不敬罪だぞ。ちなみに1位は常に側近のアンドレだ。私は10位以内といってもトップ3に入ったことは無い。王太子は授業中に挙手しないし、教師も決して指名をしない。
「また御令嬢は殊の外、地理を得意とされます。もし把握済の軍事情報を隣国へ流されますと、我が王国軍は壊滅すると考えられます」
ぎゃー。その仮定は無茶だ。確かに私は軍事オタクで、古今東西の戦争についてウルサい。盤上模擬戦では強い方だ。女だてらに……。
クサレチンポは満足げにうなずいている。
3人は前回よりもマシだ。でも頭が痛い。いつもの私なら倍返しで反論するのだけれど、気力が湧いてこない。もう限界だ。
「それでは御前、下がらせていただきます。早急に父に申し伝えます」
もう、やけっぱちだ。
タイトルは、もちろん「少年の大志を抱け」へのオマージュですね。人生枯れかけて思うに、これ、老境に差し掛かったクラークさんの悔恨の言葉だったのでは、と夢想するのです。極東辺境の教師なんかではなく、もっと野心もって大きなことにチャレンジすればよかった。君らはオレにようになるな、という心情……てな妄想ですね。
本作からは外れますが、甥っ子の中学生に送った手紙の要旨が次です。
「大志を抱けといっても、今から総理大臣を目指せというわけではないよ。目の前にぶら下がっている目標、テストで学年十位以内に向かって突き進めっていうこと。そうすれば有名進学校に入学できる。そこには尊敬できる教師が揃っていて、一流大学への道が開けるだろう。大学では最先端の学問を学べるうえに様々な経歴を持つ友人ができる。その結果、国家公務員を志望したとする。念願かなって役人になり、課長職に就く。すると、国を動かすのは国会議員だと気づく。早期退職して選挙に出馬し、めでたく当選。そして、さらなる役割を目指して仲間を募って、総理大臣にたどり着く。もちろん、それぞれの階段を昇るにはあらゆる努力が必要。綺麗事で済まない場合も多い。それを搔い潜らなければ、先へは進めない。当たり前だけど、途中で進路を変えたっていい。技術開発だって、起業だって、はたまた営農だっていい。選択肢の中で最善を選ぶ。一番ではないよ。自分にとっての最善だ。しかし、挫折することもあるだろう。そのときは夢から離脱すればいい。何時でも復帰できる。病気になったら死に物狂いで立ち向かえ。そのとき、そのときを一所懸命に生きていれば、大志はどこまでも膨らんでいき、形は様々だけれど、為せば成る。最期は未練なく死ねる」
ハハっ、偉そうでしたね。
サブタイトルは、中森明菜が歌ったセカンド・ラブの一節「恋も二度目なら少しは上手に」のパロディーです。挿絵は、SeaArtによりAI自動生成されたものです。