命短し恋せよ淑女 ~余命一ヶ月の令嬢、婚約者と旅に出る~
「ではアシュリー様、お夕食までごゆっくりとお休みください」
使用人がドアを閉める。一人になった私は、慣れない宿屋の部屋に居心地の悪さを感じつつも椅子に腰掛けた。
ああ、疲れた。
こんなに長い距離を馬車で移動したのは生まれて初めてだ。それどころか、長時間にわたって屋敷を離れたのも人生初だった。
これは、私の短い人生の最初で最後の旅になるだろう。
思い出すのは、つい数日前のことだった。
――お気の毒ですが、アシュリーお嬢様は後一月ほどしか生きられません。
私はお医者様からそう宣告された。
私は昔から体が弱かった。熱を出したり風邪を引いたりはしょっちゅうだ。
あの時もそうだった。ちょっと体調を崩して、お医者様に来てもらったんだ。
その際に先生は、私に最新式の検査を受けるように勧めた。
――上手くいけば、お嬢様のお体をもっと丈夫にする方法も見つかるかもしれません。
けれど検査で分かったのは、私が不治の病に冒されているという事実だった。
お父様とお母様は半狂乱になって、私を遠くの町にあるサナトリウムに入れることに決めた。そこで治療に専念するようにとのことらしい。
でも、私には分かっていた。
そんなことをしても無駄だ。私は一ヶ月後に死ぬ。そういう運命なんだ。
だけど、私は素直に命令に従った。
病弱なせいで、私は昔から両親に迷惑をかけ続けてきた。そのことをずっと申し訳なく思っていたから、二人に逆らったことはない。
今回もそうだ。死ぬ間際まで、いい子でいようと決めていた。理想の娘、大人しい淑女でいよう、と。
そんなことを考えている内に、眠気が襲ってきた。いけないわ。まだベッドに入るような時間でもないのに、はしたない……。
外の空気でも吸ってシャキッとしようと、バルコニーに出た。
その時、下から私を呼ぶ声がする。
「アシュリー!」
「……ネイサン?」
眼下に視線をやった私は目を見開く。そこにいたのは私の婚約者だった。
「今そっちへ行く!」
ネイサンは近くにあった木を登り始めた。そして、あっという間にバルコニーの床に足をつける。
てっきりドアから入ってくるだろうと思っていた私は、またしてもポカンとしてしまった。
「ネイサン……どうしてここに?」
私は隣に立つ、目鼻立ちのはっきりとした茶髪の青年をしげしげと見つめる。この時初めて、ネイサンが旅装に身を包んでいると気付いた。
「もしかして、お別れを言いに来てくれたの? だったらよかったわ。最期にこうして顔を見られて」
サナトリウムでの療養が決まったのはあまりに急だったから、ネイサンに挨拶をする暇もなかった。実は、そのことが心残りだったんだ。
だって、次に会う時は私のお葬式かもしれないでしょう?
「アシュリー……」
笑顔の私を見ながら、ネイサンはどこか痛ましげな顔をする。
「本当なのか、もう長くないって。元気そうじゃないか」
「私が元気だったことなんか、これまで一度もないわよ。今はただ小康状態なだけ」
ネイサンの頬が歪む。私は彼の頭を撫でた。
「そんな顔しないで。私、ずっと昔から覚悟を決めてたのよ。こんなに体が弱いんじゃ、長くは生きられないだろうって。……まあ、想像よりはちょっとお迎えが来るのが早かったけど」
ネイサンは目元を乱暴にこすった。そして、「アシュリー……」と首を振る。
「俺は……そんな覚悟は決めてない。俺は……俺は……」
ネイサンがもう一度目元をこする。
「覚えてるだろ? 一緒に浜辺を歩こうって言ったこと。他にも色々約束したよな。花畑での花冠作り、森でのキノコ狩り……」
私はネイサンが不憫になった。
ネイサンと婚約を結んでもう十年以上が経つ。病弱で家から出ることを滅多に許されていない私のところに、彼はよく遊びに来てくれた。そして、家の外にはどんな世界が広がっているかを話してくれたんだ。
彼は話の最後をいつもこう締めくくった。
――いつか二人で行こう。
それに対し、私は曖昧に微笑むことしかできなかった。だって、その「いつか」は「私の体が丈夫になってから」だというのが分かっていたから。
つまり、そんな未来は絶対に訪れないということだ。
「それから……明鏡の湖」
私が遣る瀬なくなっている間も、ネイサンは話を続ける。
「ここの話をした時、君は目を輝かせてたよな。知る人ぞ知る伝説。夜、その湖の傍で愛を誓うと、二人は永遠に結ばれるとか……。……なあアシュリー。今から行ってみないか」
「……え?」
まさかの言葉に驚いた。
「行くって明鏡の湖に? ここの近くなの?」
「移動手段にもよるけど、二、三日はかかるかもな」
「遠すぎるわ!」
普段は外出すらしない私にとっては、そんな距離は外国も同然だった。
「私、これからサナトリウムへ行かなきゃならないのよ。そこで治療を受けるの。お父様とお母様は寄り道なんかして欲しくないはずよ」
「……治療を受けたら、君は治るのか?」
ネイサンは暗い顔になった。
「アシュリーが家を出たって聞いた時、怖くてたまらなかった。このまま離れ離れになって、二度と会えなくなるんじゃないか、って。いつか行こうって言った場所に、俺は君を一度も連れて行けなかった。だから、せめて一回くらいは約束を果たしたい。そう思って追いかけてきたんだ」
「そのためにここまで? この街、私やあなたの家からすごく離れてるのに……」
「こんなの大したことじゃない。馬を飛ばせばすぐだ」
ネイサンが私の手を取る。
「治療すればよくなるなら、俺もこんなことは言わなかった。でも……もう打つ手がないのなら、後悔はしたくない。アシュリー、一生に一度、最後の冒険だ。俺と一緒に明鏡の湖へ行こう」
ネイサンの真摯な瞳の輝きが、私を揺さぶった。
両親は私がサナトリウムで治療を受けることを望んでいる。それに、いくら婚約中とはいえ未婚の男女が二人旅をするなんてあってはならないことだ。
私はよき娘。よき淑女。ネイサンの話に乗ってはいけない。
けれど、それと同時に私はよき婚約者でもありたかった。
私が首を横に振ればネイサンはガッカリするだろう。彼を悲しませるのは、よき婚約者のすることとは言えないんじゃないかしら?
それに……私の心の奥底で内なる自分が叫んでいた。「彼と行きたい」って。
こんなことは初めてだった。今まで両親の言いつけに反発したことなんかなかったのに、ここに来てどうしたことだろう。死期が迫ると人は変わるんだろうか。
……そう。私はもうすぐ死ぬ。
そんな私が、永遠の愛を手に入れられる湖への旅に出るなんてバカげている。
バカげているけれど……。
私は悩んだ。悩みに悩んだ。
その末、結論を出す。
「出発ってこっそりやらないとダメよね? でも、置き手紙くらいはしていってもいいかしら?」
****
「さあ、乗って」
ネイサンが私に背を向け、床に跪く。旅行用のマントを羽織った私は、彼の言うとおり、その背に負ぶさった。
「……ちょっと待って。ここから出るの?」
バルコニーから身を乗り出したネイサンに、私は目を丸くした。彼は入室してきた時と同様に、庭木を伝って外に出ようとしているようだった。
「無理よ! 落ちちゃうわ!」
「平気だ。しっかり捕まってろ」
ネイサンが木に飛び移る。私は四本の手足でしっかりと彼にしがみつきながら、もう少しで悲鳴を上げそうになった。
「ダメよ! もうダメ! 絶対に落ちる!」
「大丈夫だから落ち着いて。……ほら、着いた」
ネイサンが地面に降ろしてくれた。脚に力が入らなくなり、私は芝生に座り込んでしまう。泊まっていた二階の部屋を見上げた。
こうして見てみると、大した高さもないように感じられる。でも、私としては大冒険を乗り切った気分だった。
「死ぬかと思ったわ……」
もうすぐ寿命が尽きる身でこんなことを言うのはおかしいかもしれないけど。ネイサンは「よく頑張った」と私を立ち上がらせてくれた。
「まだまだ冒険は始まったばかりだよ、アシュリー」
ネイサンに手を引かれ、宿屋の外に出る。目立たない場所に止めてあった彼の馬に乗って、私たちは貴族街を抜け出した。
そうしている間中、私は背後をチラチラと振り返ってばかりいた。
「どうしたんだ?」
後ろに座っているネイサンが尋ねる。私は「追っ手が来てるんじゃないかって思って」と返した。
「来てるかもな」
ネイサンはニヤリと笑った。
「何だか駆け落ちみたいじゃないか? ……いっそ本当にやってみるか。明鏡の湖への道すがら教会にでも寄って」
「もう。バカなこと言わないで」
頬が熱くなるのが分かる。胸がドキドキしていた。
私は一度もやったことがないけれど、深夜に家の中をコソコソうろつく子どもってこんな気分なのかもしれない。
悪いことをしているという背徳感と、決まりを破ったことに対する高揚感。その二つがない交ぜとなって、言い知れない興奮が体を駆け抜ける。
人生初の体験だ。
今頃、宿屋では騒ぎになっているかしら。
そう思うと申し訳ないけれど、何故か愉快な気持ちにもなる。まさかあの大人しい淑女アシュリーが婚約者と旅に出るなんて! 皆そう驚いているに違いなかった。
「もっとスピードを上げて、ネイサン」
私は大胆なお願いをする。
「ぼんやりしてたら、湖を見る前に寿命が来ちゃうわ」
ネイサンが私の要望に応える。瞬く間に街を抜け、街道に出て、次の街へ……。
そこでネイサンは速度を緩めた。
「もう夜が来る。今日はここまでにしておこう」
辺りはすっかり薄暗くなっていた。そういえば、ネイサンが訪問してきたのは夕食時だったっけ。
貴族街にある宿屋へ向かう。道中、ネイサンはご機嫌だった。
「どうする? どの旅館も満室で、やっと見つけた宿も一部屋しか空いてない、なんてことになったら。夫婦って言って泊まるしかないな」
しかし、ネイサンの期待に反して、最初に訪れた宿であっさり二人分の部屋が取れた。
当てが外れたような顔をするネイサンに苦笑しつつ、私たちは併設されたレストランで食事をする。
この時になって、私はどれほどお腹が空いていたのかに気付いた。出された料理を片っ端から平らげていく様子に、ネイサンが瞠目する。
「今日は随分とたくさん食べるんだな」
「……ガツガツしすぎたかしら?」
「そんなことないさ」
ネイサンは、私が先程空にしたばかりのデザートの皿を見ながら嬉しそうにしていた。
「アシュリーは食が細いから、ずっと心配してたんだ。負ぶった時も不自然なくらいに軽かったし」
確かに私って、針みたいな体型だものね。これからはもう少し食べるようにした方がいいのかしら?
大満足の夕食の後、私たちはそれぞれの部屋へ向かう。
「じゃあおやすみ」
「おやすみ」
一人になった私は倒れ込むようにベッドに横になる。せめて湯浴みくらいしないと……、と思っている内に寝入ってしまい、気付いたら朝になっていたのだった。
****
翌日も私たちは旅をする。そして、特に事件も起こらず平和に一日が過ぎていった。
ネイサンがある提案をしたのは、その次の日のことだった。
「昨日は疲れたろう、アシュリー。丸一日馬で移動だったもんな」
宿屋で朝食をとりながら、ネイサンが気遣わしげに言った。
「今日は途中までは馬で、後は馬車での移動にしよう」
「心配してくれてありがとう」
馬での旅も嫌いではなかったけど、ちょっと疲れるのは確かだった。まあ、その分夜はぐっすり眠れるようになったんだけど。
お昼過ぎに辿り着いた街で、私たちは馬を下りた。
馬を預け、ネイサンは馬車の手配に向かう。彼が戻ってきたのは、ちょうど私の昼食が終わる頃だった。
ネイサンが用意した「馬車」を見て、私は面食らう。
「湖まで行くんじゃろ? ワシの村もちょうどその近くにあるんじゃよ」
御者台に乗ったおじいさんが、ニコニコしながら話しかけてくる。
彼が操っていたのは確かに馬車だ。パンや干し肉や土がついた野菜がたくさん乗った荷馬車。ついでに言えば、引いているのはロバだった。
「街で買い物をした帰りじゃから、ちょっと狭いがの。それでもよければ乗っていきなさい」
「ありがとうございます」
ネイサンは笑顔で先に荷台に乗り、私を引っ張り上げてくれた。
ガタゴト揺れながら、荷馬車は出発する。
「意外なチョイスだわ」
「悪くないだろ? 景色も楽しめるし」
荷馬車は屋根なんかないものね。おじいさんが「二人は兄妹かのう?」と尋ねてくる。
「いいえ、夫婦です。湖へは新婚旅行で行くんですよ。永遠の愛が手に入るっていうロマンチックな伝説があるそうですから」
「ちょっと、ネイサン!」
私が彼を小突くと、おじいさんは「仲がいいんじゃな」と笑った。
「昔のワシとばあさんを思い出すのう。……ほれ、若夫婦にプレゼントじゃ」
おじいさんは、私とネイサンに荷台に乗っていたリンゴを一つずつくれた。
ネイサンはそれを袖で軽く拭ってから丸かじりする。私は辺りを見回した。あるのは豆やイモだけ。手を洗えそうな水や、果物を切るためのナイフはどこにもない。
「……いただきます」
ネイサンを見習って、私もそのままリンゴをかじることにした。
シャクッ。
小気味よい音がして、口の中に爽やかな甘さが広がる。……美味しい。どんな食べ方をしても、味って変わらないのね。
シャリシャリと音を立てながら、私は荷台に背を預ける。
リンゴの丸かじり、足元の土で汚れた野菜、隣には夫を自称する婚約者、頭上に広がる青空、荷馬車に揺られて向かう先にはひっそりと広がる湖……。
少し前までの私は、庭を散歩するのでさえ介添えをつけてもらっていた。病弱だからと屋敷に閉じこもり、外の世界のことは話を聞いて想像するだけで充分だと感じていた。
そう思えば、なんて遠くに来たことだろう。
けれど、怖くはなかった。私は今、これまで知らなかった新しい自分に出会おうとしている。その邂逅が何をもたらすのか、楽しみで仕方がなかった。
荷馬車は進む。
目的地の明鏡の湖が見えてきたのは、夕暮れ時になってからだった。
****
お礼を言っておじいさんと別れた後、私とネイサンは湖の傍の木陰に腰を下ろした。
日が落ちる前の時間帯の、薄紅と紺青の空が水面に映る。刻一刻と迫ってくる夜。私たちは黙ってその時を待った。
「あっ、一番星」
隣でネイサンが小さな声を上げる。それから数時間もする頃には、水面に数え切れないほどの星が浮かんでいた。
まるで、地上にもう一つ空があるかのような光景。
明鏡の湖の名は伊達ではなかった。これは星空を映す水鏡だ。その煌めきに、私は目を奪われる。
「愛してる、アシュリー」
ネイサンが呟いた。
私たちは寄り添い、どちらからともなく口付けを交わす。
初めてのキスは、少ししょっぱい味がした。
目を開けると、星明かりに照らされたネイサンの瞳は涙で濡れていた。
「どうしてだ、アシュリー……」
ネイサンはその場に崩れ落ちる。
「嫌だ。まだ離れたくない。なのに、後一ヶ月も経てば君は……」
私は自分が死の淵にいることを思い出した。今の今まで、そんなことは頭から抜けていた。
余命宣告をされてからというもの、死の影はいつだって私にこびりついていたのに……。これも大きな変化の一つだろう。
私はうずくまるネイサンに微笑んだ。
「私は死なないわ」
星が散らばる湖面を見つめる。
「戻りましょう、ネイサン。私、サナトリウムで治療に励まないと」
「でも……」
「でもじゃないわ」
私ははっきりと言い切る。
「死んでたまるもんですか。やっと気付いたの。今までの私は、息はしてるけど死んでるも同然だった、って。生きてるってどういうことなのか、やっと分かったわ。……あなたが教えてくれたのよ、ネイサン」
「アシュリー……」
「私、この旅で色々と大切なものを見つけたわ。だから、またここに来たい。今度は病気を治してから。ついてきてくれるでしょう、ネイサン?」
ネイサンの頬を新しい涙が伝った。けれど、彼はそれをすぐさま拭う。
「……もちろんだ」
ネイサンが立ち上がった。
「また二人で来よう」
ネイサンが私の唇に二度目のキスを落とした。
今度は悲しみの混じっていない、純粋に愛情だけが詰まった口付けだ。
「忘れてないよな? 明鏡の湖の伝説。永遠の愛って、何度誓ってもいいと思うか?」
「当然じゃない」
私は不敵に笑った。
今の私なら、永遠を信じることができる。
ネイサンに口付けられて高鳴る心臓が、生きたいと言っていた。
だから私は死なない。明日も明後日も、一ヶ月後も十年後も生き続けてみせる。
それで、ネイサンとずっと一緒にいるんだ。
****
私とネイサンが何日かぶりに最初の街に戻ると、宿屋では大騒ぎが起きていた。
初めは私が旅に出たせいかとも思ったけど、どうやらそればかりではないようだ。なんでも、私にお客さんが来ているという。
それは、私の主治医だった。
「申し訳ありませんでした!」
ネイサンを別室で待たせて面会すると、先生は開口一番に謝罪の言葉を口にした。
「なんとお詫び申し上げればよいのやら、見当もつきません。……全てはこのバカが悪いのです! 監督責任を果たせなかった私共々、どうぞ煮るなり焼くなりお好きになさってください!」
先生は、まっ青になって縮こまっている青年を連れていた。先生の顔色も彼に負けず劣らず悪いし、一体どうしたことだろう。
私は「何かあったんですか?」と尋ねた。
「誤診でございます」
先生は恐縮しながら言った。
「先日、お嬢様は検査を受けられました。その結果の分析をこちらの新しく雇った助手に任せたのですが、その際に彼がとんでもない手違いをいたしまして……。実際よりも深刻な事態が起きていると判断してしまったのです」
「検査結果を見直しましたところ、お嬢様のお体にはさしたる問題は見つかりませんでした。その……健康なんです」
助手の青年が申し訳なさそうに付け足した。私は耳を疑う。
「健康? 私が? それこそ誤診じゃないんですか? だって私、小さい頃から病気がちだったし……」
「幼い頃は病気ばかりしていても、成長するにつれて段々と丈夫になる。よくあることです」
先生が言った。
「けれど、娘が病弱だと思い込んでいるご両親は、お嬢様にずっと過保護に接してきました。その結果、お嬢様には体力や病気に対する抵抗力がつきにくくなってしまったのです。言い換えれば……普通の方から見れば不健康。けれど、病人とは呼べない状態です」
「じゃあ、一ヶ月後に死ぬというのは……」
「誤診です」
先生は繰り返した。
「お嬢様はもっと長く生きることができますよ。ただ、そのためには今までの生活を改めて、よく食べよく眠り、もう少し外に……」
「ネイサン!」
私は先生の話を最後まで聞かず、部屋を飛び出した。
「アシュリー!?」
私が彼の胸に飛び込むと、ネイサンは唖然とした表情になった。
「どうした!? 何があった!?」
「いい知らせよ」
私は声を弾ませる。
「私たち、今すぐにでもまた明鏡の湖へ行けるわ!」
訳が分からなさそうな顔をするネイサンがおかしくて、私は大きな声で笑った。
旅の締めくくりがこうなるなんて、やっぱり生きてるって最高だ。