06.クエスト名 「BL本を手に入れろ」 ※イラストあり
ずっと昔、まだカンナも俺も小さかった頃、誕生日にプレゼントをしたことがあった。
それは、ちょうどカンナの誕生日に家族で夏祭りに行った時のことだった。
俺は当時人気だった漫画に出てくる剣のオモチャが欲しかったけど、3回引いても当たらなかった。今考えると絶対当たりは入っていなかったと思う。それくらい、店のおやじは胡散臭いやつだった。
俺がショックを受けて外れた景品を見ていると、その一つの指輪をカンナがずっと見ていることに気が付いた。
全部プラスチックでできていたけど、宝石部分は赤く透明で、祭りの光を反射して確かに奇麗だった。
今まで、誕生日プレゼントなんてあげたことはなかったけど、本当に何となく気が向いてカンナの指にはめてあげた。
少し驚いた顔で俺を見ていたカンナは、すぐに笑顔で「ありがとう」といった。そのあと自然に手をつないで、家まで帰った。カンナの手はちょっと冷たかったのを覚えてる。
どの指にはめたのか、それは覚えていないけれど・・・。
そんな大したことのないプラスチックの指輪をカンナはまだ、鍵の掛かった机の奥に大事にしまっている。
あれ?でもなんで俺はそんな事を知っているんだろう?
「れーちゃん、商店街着いたよ。れーちゃん?」
「・・・ごめん、睦月」
「大丈夫?どこか辛いの?」
誤魔化すように笑った俺に、睦月は心配そうに顔を覗き込んでくる。
本当によく気付く子だ。それにこの子はやっぱり素直で優しい。
無意識に俺は目の前の睦月の頭を撫でていた。
睦月は少し驚いたような、ビクッとしたような反応を見せた。しかし、抵抗はせず、すぐに嬉しそうな恥ずかしそうな表情になって俯く。
チクッと少し胸が痛む。これは後ろめたい俺の罪悪感かもしれない。
「睦月は優しいな。ありがとう。大丈夫だよ」
「あいっ」
顔を赤くして俯きながら、いつもより小さな声で返事をする睦月。
俺は、この子の人生を変える罰として、せめてこの子にできる事はしたいと心から思う。
「よし。じゃあ、気を取り直して本屋に行くぞ。」
睦月の頭から手を離して、気合を入れ直す。
「本屋?」
「ああ。人生を変える為の宝探しだ」
「宝探し?あいっ」
睦月は意味を十分に理解はできなかったようだが、“宝探し”という言葉に惹かれたようで、元気に返事を返してくれる。
正直、罪悪感は消えない。しかし、中途半端な後悔はしたくない。“宝”を探そう。睦月が将来自分の人生を良かったと振り返れるほどのBL本を。
俺は凛さんからもらったお小遣い500円を握りしめ天を仰ぐ。
正直軍資金に不安はある、そもそも子どもが買えるレベルのBL系の本ってあるのかも謎だ。しかし、やらなくてはいけない。
俺はまがりなりにも異世界転生の主人公。これは俺がここに来て初のクエストだ、気合をいれろ。
クエスト名は「BL本を手に入れろ」だ。
俺と睦月は横に並んで、星空商店街と書いたアーチを抜ける。
星空商店街とは、『星降る場所で』の舞台、星読町の最大の商店街だ。
メインストリートは100メートルほどで、日用雑貨や本屋、スーパーなどがあり日常生活の物はほとんどそろう上、喫茶店や、露天などそこそこ寄れる場所もある。
しかし、近くに大きいショッピングモールができてしまったことで、客足が減ったため寂れている印象を感じる。
だが、ここにはゲーム内でも重要な場所が存在している。
それが、ここ“天満書店”
ここは『星降る場所で』のスレッドでもたびたび話題となる場所だ。
その理由は、ここで手に入るアイテムは怪しいものが多い。
例えば、“××本”とかいう、渡した相手が赤面して好感度が上がるものや、相手の場所を特定する本とか、犯罪臭しかしない。
まぁ、実際にそんなものは手に入らないとは思うが、BL本の一つは置いてあると信じたい。
そんなわけで、俺と睦月は並んで天満書店の前に来ていた。
「ここに宝があるの?」
「ああ、人生を変えるレベルのお宝だ。いくぞ、睦月」
「あいっ」
子ども2人が仲良く書店に入っていく。周りからはそう見えるだろう。しかし、書店から出てくる客が俺を見て「ひっ」と小さく声を出す。書店の鏡に邪悪なニヤケづらの可愛い女の子が写っていた。
おっと覚悟が表情に出てしまったようだ。
俺は表情を整えると、とりあえず漫画コーナーの方に向かう。睦月は付録付きの週刊誌に興味があるのか、楽しそうに表紙を見ている。
「睦月、先にいってるからな」
睦月に聞こえてるか聞こえてないか分からないが声をかける。この広さなら迷う事はないだろう。
そして俺は発見した漫画コーナーで宝探しを始める。
少年漫画、少女漫画、イラスト集、次々に確認していく。前世でBL本なんか探した事は無い為、少し不安になる。
男と女が手をつないでる、男が武器を持ってる、女同士で怒鳴り合ってる。男と男が抱き合ってる。
(ああ、あったわ)
なんか普通にあった。しかも、わりといっぱいあった。
王子系とかアイドル系、爽やか系のイケメンが抱き合ってる表紙が何冊もある。
その1冊を手にとり中を流し読みする。
イケメンだらけだ。正直前世で男だった俺には複雑な心境ではあるが、いい加減なものは渡せない。睦月の将来のため、俺は頑張らなくてはいけない。
(男同士で子どもできてんだけど)
真剣な顔でBL本を読む10歳の女の子。はたから見ると道を踏み外してそうな感じではあるが、周りの数人の女性から熱い視線を感じる。きっと、踏み外した道の先に新たなフロンティアを築いた先駆者達だろう。彼女達には尊敬を禁じ得ないが、そっちの世界を期待されても困ってしまう。
「見つかった?」
俺が周囲の期待を受けてプレッシャーを感じていると、いつのまにか睦月が俺の見ている本を覗き込んでいた。
良かった。睦月がきてくれただけで心強い。まさに、パーティーの壁役がきた安心感だ。ただ、俺を見るより視線が強くなっている気がするが、取って食われるわけじゃないだろう、きっと。・・・考えないようにしよう。
それに、BLに対しての睦月の反応も気になっている所だった。
ならばと、俺は睦月に男同士で抱き合っている絵を見せる。
「なあ、睦月これをどう思う?」
「仲が良さそうだね。ちょっと羨ましい。」
睦月は少し寂しそうな表情をしていたように感じたが気のせいだろう。
俺は心の中でガッツポーズし、思わずニヤけそうな表情を我慢する。
いける、いけてしまう。上々な反応だ。
「じゃあこれにしようかな。ちょっと買ってくるから待っててくれ」
「あいっ」
睦月は元気に返事をして、付録付きの週刊誌をまた見に行った。
それを見届けて、誰にも見られないよう邪悪に笑う。
よし、最初の教科書としてはまあまあな物が見つかったな。と満足してレジに行こうとした瞬間、それは俺の視界に焼き付いた。
“伝説の筋肉レジェンド”
それは、その中にあってまるで他の本とは異質な空気を発していた。
ここはBL本の世界、王子やアイドル、爽やか系のイケメンがひしめいている中で、確実な存在感を放っている。
表紙に写っているのは、坊主で、口角を限界まで引き上げた笑顔から覗く白い歯。身体が焼けすぎてまっ黒のテカテカした筋肉。その白と黒のコントラストがもはや芸術を思わせるマッチョだった。なぜそれで隠せているのか分からない、限界まで引き伸びたビキニパンツから目が離せない。
見出しの“二頭筋に恋して”など、もはや意味が分からんけど本能で理解してしまう、まさに怪物。
ごくっ
気づくと生唾を飲み込んでしまっていた。
なんなんだこの感情は。身体の芯から何かが込み上げてくる、っていうかBL本なのか?
身体が小刻みに震えてしまう。
これではない、睦月の最初の教科書がこれであっていいわけがない。何度もそんな考えが浮かぶ。
しかし、その瞬間不思議な事が起こった。
急速に時間の流れが遅くなる。俺の脳内に今まで感じたことのないほどの鮮烈なイメージが流れ込んでくる。
将来イケメンになった睦月がイケメン王子と抱き合っている。イケメンアイドルとキスしている。
次々と浮かぶ睦月とイケメンのイメージ。
そして最後に、睦月とマッチョが×××してるイメージ。
なぜ、マッチョだけ伏字を使わないといけないやつなのかとか、もうそんな事はどうでもよかった。今さらだけど本の名前の伝説が被っているのもどうでもよかった。
俺は、“伝説の筋肉レジェンド”を手に持っていた。
何故か高鳴る鼓動。
そしてこの選択を与えたイメージ。これはまさか世にきく異世界のチート能力なのか?
俺はマッチョ本を選択する事ができるチート能力者かもしれない。とかアホな思考が巡る。
ただ、“本当にこれでいいのか”と最後の理性が俺に問う。
しかし、もう自分では止まれない。ならば最後の切り札は値段だ。
予算は500円。これだけ表紙がしっかりしていれば、500円以下は難しい。最後の勝負だ。
俺は意を決して本の裏を見た。
ピッ
「480円です」
“伝説の筋肉レジェンド”はまさかの週刊誌で、わりとリーズナブルだった。
店員は少しも表情を崩さずバーコードを読み取る。この本を持った子ども相手に動じないとはさすがにプロだ。今後もこの本屋を利用しようと俺は心に決めた。