04.リスクマネジメント ※イラストあり
記憶の中で、二人の仲が良さそうな兄妹がいる。
手をつないで歩いている姿は微笑ましい限りだ。でも、気づくと手は離れ、お互いの距離は遠くなっていく。
でも、そのうち妹が家に引きこもりになって、また二人で過ごす時間が増えて。
お互いの距離が近くなったことを俺はどう思っていたんだろう。
そんな思いも、深い記憶の中に沈んでいって。
おはようございます。朝が来ました。
今、僕は片瀬家の食卓で朝ごはんを頂いています。お母さん、まだ悪夢は醒めないようです。
そんなことを思いながら今世のお母さん、片瀬凛からご飯のお替りをねだる。
片瀬家の朝食は焼き魚に、卵焼きと和食だった。前世ではめんどくさくてパン食だったが、やっぱり和食はいい。日本人の心を癒してくれる。
現実を受け止めきれない俺の心を癒してくれ。と言わんばかりにもう3杯目のお替りだった。
「昨日はおかしかったから心配したのよ。まぁこれだけ食べれるなら大丈夫ね」
そう言って笑いながら凛さんはご飯をついでくれる。片瀬零の母親だけあって顔は整っており、ショートの黒髪は少しはねているがそれが逆に似合っている穏やか系の美人だ。
「零、調子悪かったら休んでいいんだよ」
次に向かいの席から、眼鏡をかけたイケメンに声をかけられる。この知的イケメンは片瀬信二。零の5歳上の兄であり、この年ですでに某テニス漫画の部長に似ているという勝ち組野郎だ。しかも、性格はとても優しいということで嫌味も湧いてこない。
正直、前世では長男だったので兄がいることについてはちょっと嬉しい部分もある。前の自分より信二は年下ではあるが、不思議なことに兄と思うと少し頼りがいがあるように感じる。
カンナにとって俺はどんな兄だったろうか
「零。どうかした?」
「やっぱり昨日から調子が悪いのかしら」
また、意識が飛んでたみたいだ。もう気にしても仕方ないのに。
「別に大丈夫。気にしないでくれ」
俺は二人を安心させるように笑って言うが、当の二人は顔を見合わせて溜息をつく。
(やってしまったな)
俺はすぐに二人の溜息の理由に思いいたる。
10歳の女の子がこんな男みたいなしゃべり方をするはずがない。きっとまだどこかおかしいと思っているのだろう。二人の目は心配半分、不信感半分といった顔だ。
でも、許してほしい。俺はまだ10歳の女の子歴2日の新人なのだ。しかも、24歳の男性だった身としては、まだ一人称が“私”は何とかできる。しかし、「~ね」とか「~なの」とか女っぽいしゃべり方は無理だ。何か大事なものを失う恐怖さえ生まれてくる。俺が俺で無くなってしまう。
「零。やっぱり調子が」
「母さん、信兄さん。ちょっと話があるんだ。」
俺は、凛さんの言葉を遮って、二人をまっすぐ見据える。さっきとは違う張り詰めた空気に二人は黙って動きを止める。
信兄さん分かっている。ちょうど魚をつまむタイミングで止めてしまったな。箸をおろしてもいいし、口に運んでもいい。それくらいは待とう。
信兄さんは結局そのままの態勢で俺の言葉を待っている。真面目な男だ、好感も持てる。しかし、今はもっと大事な局面である。
さあ、始めよう。俺の異世界での最初の戦いは、ゴブリンでもオークでもない。俺というアイデンティティを守る戦いだ。
結果を言えば、何とか一人称は“私”で言葉遣いは今のままでいいという事になった。
一応しゃべり方が変わった理由として「男に憧れた」だの「じつは、違う人格が目覚めた」だの、いいわけを並べたが納得してもらえず、最終的には「宇宙人に洗脳された」とかめちゃくちゃだった。
それでもあきらめない俺は、鼻水を垂らしながら土下座し続け、それを見た二人が異様に優しい顔で「好きにしなさい」と言ってくれた。
さすが日本の誇るDOGEZA。その力で俺のアイデンティティは守られた、それ以外の何かは失った気がするが。まぁ気にしない、あんまり深く気にしないのが俺の長所だ。
と、いうわけで、俺の最初の戦いが終わった頃には、それぞれ出かける時間となったわけで。
まだ、10歳の俺は小学校に行くために、家から10分くらいの所にある公民館に向かっていた。そこに集まり、分団で小学校に向かうのだ。
その移動中、少し一人の時間ができたのでもう一度今の状況を整理しよう。
前世と今世。
今の俺の状態に無理やり理由をつけるとしたら、片瀬零の身体に転生したというのが一番しっくりくる。現実的な話ではないが。
まだ、納得はしていないが、寝て起きても夢は醒めない以上、とりあえずこのまま生活するしかないのが現状だ。
とりあえず、助かったのは10歳までの片瀬零の記憶はあるみたいで、冷静に思い出せば家族やこの町の事についてもある程度理解できた。それに、前世でのゲームの記憶もいくらかある為、零の記憶以上の知識は持っている。その為、あまり混乱せず生活に馴染めている。
ただ、少し心配なのは前世の記憶が一部しか思い出せなくて、自分がどうしてここに転生することになったのか、きっかけがあるのか無いのか分からないことだ。特に思い出せる記憶には共通点があって、それも気になっている。
そしてもう一つ、カンナのことだ。
あいつは俺がいないと部屋の掃除もしないし、ご飯は食べっぱなしだし、風呂もあんまり入らないし、歯磨きしないし、ゲームをずっとやり続けるし・・・。
でも、きっとそういうことではない。つまるところ心配なのだ。あいつは昔から目が離せない。離すとどこかに行きそうな危うい所があった。だから、一緒にいてやりたかった。
・・・それ以上の感情は思い出せないけれど。
「おはよう。れーちゃん」
俺が物思いに耽っていると、横から明るい声が聞こえる。
隣を見ると、俺より少し身長が低いくらいの子どもが、笑顔でこっちに向かって歩いてくる。
「おはよう。睦月」
「あいっ!」
零の記憶を頼りに挨拶を返すと、睦月は笑顔で返事をする。
この少年は藤堂睦月。家が近所であり、片瀬零が7歳の時からの付き合いである、いわゆる幼馴染だ。
顔は年齢よりさらに幼く見え、髪が軽い天然パーマで、自由な猫を連想する。
「今日はれーちゃん、ちょっと違う」
「そうか、これからはこんな感じだからよろしく」
「あいっ!」
最初の雰囲気だけで察するとは恐ろしいやつ。でも根が素直なんだろう、特に疑問は持ってないみたいだ。むしろ、人畜無害を体現したようなイメージさえある。
しかし、気を抜いてはいけない。こいつにはもっと恐ろしい所が存在している。
なんと、こいつは『星降る場所で』の攻略キャラの一人。つまり、片瀬零の恋愛対象なのだ。
この世界で片瀬零として生きる俺にはいくつかの危険が存在している。そのもっとも危険な存在が攻略キャラだ。
今の俺が男と恋愛するというのは想像がつかない。しかし、これは乙女ゲーの世界。何があるか分からない。もしかすると、やつらにズッ〇ンバッ〇ンされる恐れさえある。
そんなことになったら俺はどうなるのか、未知の扉なんか開いた日には、真理の扉の向こう側にいって戻ってこれなくなりそうだ。それだけは避けなくてはいけない。
そのため、俺はこのゲームのオリジナルシステムである、C(communication)G(grow)C(change)S(system)を利用しようと考えた。
CGCSとは、簡単にいうとキャラとの関わり方で、キャラの行動や思考が変化していくものだ。
『星降る場所で』は片瀬零が10歳の時と、15歳の時の2部構成で、10歳での関り方で15歳時点での攻略キャラの行動・思考に影響を与える事ができる。
つまり、今の俺は攻略キャラという魔王を雑魚スライムに変える力を持っているといっても過言ではない。
まぁ、この世界にそのシステムが影響しているかは不明だが、やらずにヤラレルよりはやったほうがいい。
「あい?」
俺は睦月を無言で見ると、笑顔で首を傾げてくる。
なんだろう、この無駄に可愛い生き物は。しかし、心を鬼にしなくてはいけない。こいつは進化すれば、俺の手に負えないモンスターになるかもしれない。
二人で公民館に向かいながら俺は自分の両手を見る。まだ奇麗なはずの手はなぜか汚れて見える、きっと目ももう曇っているだろう。・・・まさか、この年で人の人生を狂わすことになるとは。
俺は目を閉じ、心の中で睦月に頭を下げる。
「れーちゃん、目を閉じるとあぶないよ」
睦月が心配そうに覗き込んでくる。
ああ、罪悪感が増していく。
俺は、その後ろめたさから逃げるように、睦月から目を逸らし言葉を発した。
「睦月、男の人って興味ない?」
俺は、睦月をBL好きの腐男子にする為の行動を開始した。