霊能探偵 桜川霊子
小説初心者です。温かい目で読んで頂けると嬉しいです。
ある日の朝方、男の死体が発見された。
司法解剖の結果、死因は心不全。警察は、現場の状況から事件性なしの病死として処理した。
しかし、この死因に納得していない刑事が一人いた。警視庁捜査一課の芥山純太郎警部補 五十四歳だ。
「うーん。納得いかん」
「どうしたんですか?」
机に肘を付いて頭を支える純太郎に、後輩の土屋が尋ねる。
「いやな。この病死として処理されたホトケさんな、何か裏があるんじゃないかと思ってな」
「えー。ただの病死じゃないですか」
それだけ言うと、大きな段ボールを運ぶ途中だった土屋は、そそくさと去ってしまった。
数時間考え込んでいた純太郎は、決心したかのように席を立つと、椅子に掛けていた背広をガッと取って署を後にした。
純太郎が行き着いた場所は、一棟の雑居ビルだった。階段を上がり、二階のある部屋の前で立ち止まる。扉には「桜川探偵事務所」と書かれた札が雑に掛けられていた。
ふぅと一息吐いた純太郎は、ドアを開ける。次の瞬間、純太郎は驚愕した。目の前に白髪ロングヘアの若い女性の顔が現れたのだ。
「わっ、ビックリした。先生、扉の前に立たないでくれよ」
「すみませんね。私に憑いている助手が、あなたの訪問を知らせてくれていたものですから」
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女性の名前は、桜川霊子。通称「レイコ」。桜川探偵事務所の所長である。
二人の出会いはとても数奇だった。三年前に起こった殺人事件。その重要参考人だったのが霊子だ。
しかし、霊子はちっとも動じず、「犯人は○○さんです」なんて言い出す始末だった。まともな取り調べもままならないから、当時出世コースから外れていた純太郎に丸投げされたのだ。
霊子の話を聞くと、彼女は幽霊と話ができるらしい。そして、犯人を教えて貰ったというのだ。
あまりにも荒唐無稽な話に、純太郎も最初こそ信じていなかったが、霊子が具体的な証拠の在り処を示すので、信じてみることにした。
すると、次々と証拠が見つかり、ついには犯人の検挙に至ったのだ。
それからも、純太郎は不思議な事件があると、霊子を頼ることにしている。
ただ、霊子には殺人犯に対するとてつもない恨みがあるようで、時々犯人を呪い殺すような視線を向けることがある。しかし、霊子の過去については知る者はおらず、純太郎もその一人だった。
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「レイコ先生。また視て欲しい案件があるんだが」
「またですか? 私は刑事ではありません。事件に首を突っ込むのは御免だと申し上げたはずです」
霊子はブツブツ言いながら、純太郎をソファに案内する。
「まぁ、そう言わずに。実は心不全のご遺体なんだが」
「ただの病死では?」
対面に座る霊子に、純太郎は鞄から資料を取り出して差し出す。フヨフヨ浮きながら出されたお茶は、ぶつかりそうになる資料をうまく回避した。
「それがただの病死とは思えんのだ。直近の間に二十件近くの心不全のご遺体が発見されているからな」
「ただの偶然でしょ?」
「いやー、それがな。何か裏があるように思えて」
「どうしてそう思うのです?」
「俺の刑事としての感だ!」
堂々と言い放つ純太郎に、霊子は溜息を吐いた。
「分かりました。あなたの感が良く当たるのは私も知っています。では、ご遺体の写真はありますか?」
純太郎は鞄から十葉程の写真を取り出す。
「ふむふむ、なるほど……」
霊子は写真を見つめたまま、動かなくなった。事務所に静寂が訪れる。その静寂はまるで、時間の概念を取り除いているかのようだった。
どれだけ時間が経ったのだろうか。純太郎が時間の概念を取り戻そうと腕時計を見る。
「原因が分かりました。では日吉神社へ行きましょう」
霊子がいきなり静寂を破ったかと思えば、出かける準備を始めた。純太郎も連られるように、資料を鞄に仕舞い支度する。
日吉神社。この近辺では最も歴史がある神社である。
霊子は、神社の境内へ入ると、御神木の前で止まった。純太郎も続く。
「これが原因です」
霊子の指差す先には、釘に打たれた藁人形が複数、御神木に打ち付けてあった。
「これが原因か。なら、犯人をとっ捕まえなきゃな」
「釈迦に説法だとは思いますけど、呪い殺した犯人を逮捕できませんよ? 呪いなどという非科学的なことで人を殺したなんて裁判所も認めませんからね」
「殺人罪ではな。しかし、住居侵入罪でとっ捕まえることはできる。隠れて夜を待つことにしよう」
純太郎はイキイキと灯籠の影に身を潜める。
霊子は、自分たちも住居侵入をしていることに気付かない純太郎にジト目の視線を向けていた。
その日の夜。二人が身を潜めていると、一人の人影が現れる。人影は、御神木に近づくと、藁人形を釘で打ち始めた。
「逮捕だー!」
純太郎は飛び出すと、人影を押し倒す。
「良く見てください」
霊子は人影を指差す。純太郎がよく見ると、それは宮司だった。
「何ー!」
宮司は純太郎を押し退ける。
「わたしは何の罪で逮捕されるのですかな?」
宮司が問う。
「そ、それは……」
しどろもどろになる純太郎に代わり、霊子が口を開いた。
「あなたを住居侵入の罪で逮捕したかったのですが、宮司のあなたでしたら住居侵入にはなりませんね」
宮司はにやりと笑う。
「そうですか」
「でも、あなたはなぜこんなことをしているのです? 人を呪い殺すなんて」
霊子は宮司を哀れみの目で見つめた。
「なぜですって? そんなの決まっているでしょう。金のためです。依頼を一人十万円で。人を呪い殺すだけで大金持ちですよ」
高笑いをする宮司に、純太郎は掴みかかる。
「この野郎。人の命を何だと思っているんだ!」
「おっと、離してください。私は罪には問われない。あなたも分かっているんですか? もしわたしを殴ったりしたら、あなたこそ犯罪者ですよ」
純太郎は悔しそうな表情をしながら、宮司から手を離す。
「では、私があなたを呪い殺しましょうか?」
霊子の言葉に宮司は一瞬ドキリとしたが、すぐに冷静を取り戻す。
「あなたのような一般人に、わたしを呪い殺すことはできませんよ」
「あら、知らなかったのなら教えて差し上げます。私、かの有名な陰陽師の末裔なんですよ? しかも直系の」
霊子の言葉に、宮司は狼狽した。
「私があなたを呪い殺しても罪にはなりませんよね」
次第に恐怖の表情になる宮司に、霊子は詰め寄る。
「おい、やめろ! そんなことをしても解決にはならん!」
純太郎の声に、霊子はピタリと止まった。
「冗談です。でも覚えておいたほうが良いですよ? 呪い殺された人の魂は、必ずあなたに復讐しますから」
霊子は、不敵な笑みを浮かべた。
数日後、署内でテレビを見ていた純太郎は、手に持っていた煎餅を床に落とした。
『昨日未明、日吉神社の宮司・寺田雄二さんが死亡しました。警察によりますと、死因は心不全だということです』