最終話「それでも、ひつじは夢を見る」
春。
N町へ向かう高速道路。
ろいこは助手席でぼんやり窓を見ていた。
「……あ」
サービスエリアの看板。
その瞬間、記憶がふっと開く。
幼いころ。
家族旅行で立ち寄った、あの場所。
迷子になりかけて、ベンチで泣いていた自分。
隣に座った、白髪の老人。
「泣いても、道は消えないよ」
やわらかい声。
ホットミルクを買ってくれた。
「神さまはね、遠回りも地図に入れてる」
意味は分からなかった。
でも、なぜか安心した。
(……あれ)
教会の礼拝堂。
説教する呼木の横顔。
同じ目。
同じ声。
「うそ……」
ろいこの胸が鳴る。
礼拝後。
震える声で聞く。
「呼木さん、昔、N町のサービスエリア、よく行きました?」
呼木は少し考え、うなずく。
「ああ。若い頃、よく祈りに行った」
「ベンチで、迷子の子にホットミルク……」
「……泣き虫の女の子?」
「それ、私です」
沈黙。
そして、呼木は静かに笑う。
「大きくなったな」
ろいこの目に涙。
「あの時の言葉、覚えてます」
“遠回りも地図に入れてる”
「……私、ずっと遠回りしてる気がしてた」
テストも、夢も、信仰も。
でも。
地図の外じゃなかった。
同じ日。
あんなが教会の前に立っていた。
入るか、帰るか。
長い葛藤。
中では、呼木がひとり、掃除をしている。
扉が開く。
目が合う。
言葉が出ない。
しばらくして、あんなが言う。
「私ね」
震える声。
「ずっと、“奪われた”って思ってた」
夢も、父も、時間も。
「でも」
深く息を吸う。
「私も、逃げた」
呼木は何も言わない。
ただ、聞く。
「ヨブってさ」
あんなが続ける。
「あんなに失っても、神さまにぶつかれたでしょ」
呼木はうなずく。
ヨブ記のヨブの名前は「神の敵」を意味する。
ヨブはたいへん敬虔な人物にもかかわらず、だ。
それは、ヨブの心にあった「傲慢さ」を指していた。
「私は神さまを信じている」という優越感。
「だから私は間違えてなどいない」という驕り。
家畜を奪われ、家族を奪われ、皮膚病に襲われ、妻から「信仰を棄てろ」を言われ、親友たちからも「信仰を放棄して、苦しみから解放されろ」と諭された。
ヨブは、人生の禅問答に、真摯に取り組んだ。
ヨブ記が今日でも「知恵文学」と呼ばれるのは、ヨブの答えが、人生の悩みにぶつかったものであるからだ。
たとえ全世界が神を否定しようとも、ヨブは神を肯定し続けた。
「私は、ぶつけないで、黙って離れた」
涙が落ちる。
「……ごめん」
それは、父への言葉であり、自分への言葉。
呼木の目にも涙。
「私も」
声が詰まる。
「お前を、守れていなかった」
雪が溶けるような沈黙。
抱きしめるまで、少し時間がかかる。
でも。
今回は、どちらも逃げなかった。
静かに、肩が触れる。
和解は、派手じゃない。
春の雪解けみたいに、音もなく。
その夕方。
三人並んで帰る道。
めりいが言う。
「ヒツジって、迷う生き物なんですよね」
「うん。目が悪く、鼻も悪い。羊飼いがいなければ、すぐ迷子になってしまう。イエスさまという羊飼いが、人間には必要不可欠なのさ」
ろいこが笑う。
「ヒツジには地図が無いからね」
呼木は空を見る。
長い冬だった。
けれど。
失ったものの中で、
残ったものがある。
いや、
新しく与えられたもの。
ヨブのように、すべてが倍返しになるわけじゃない。
でも。
心は、やわらかくなった。
うなじは、もう、かたくない。
ヒツジへ。
今日、物語がひとつ終わった。
でも、終わりじゃない。
ヒツジは夢を見る。
迷いながら。
泣きながら。
それでも。
遠回りも、ちゃんと地図の中。
神さまは、
必ず、私たちを助けてくださる。
暗やみの中からでも。
私は映画を作りたい。
イエスさまの映画を作って、世界じゅうに、神さまの愛の素晴らしさを伝えたい。
そうできますように。
夢を、叶えられますように。
アーメン。
コリントⅰ10:10〜13
『また、彼らのうちのある人たちがしたように、不平を言ってはいけません。彼らは滅ぼす者によって滅ぼされました
これらのことが彼らに起こったのは、戒めのためであり、それが書かれたのは、世の終わりに臨んでいる私たちへの教訓とするためです。
ですから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけなさい
あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます』
終
やっと完結できました⋯!
長い間サボってましたが、ChatGPTの力を借りて完結まで導けました。
く〜疲!
神さま、ハレルヤ!感謝します!アーメン!




