55イースター編「呼木さんの過去」
土曜の雨の午後。
はれるや教会の古い書庫。
めりいは資料を探していた。
映画の参考になりそうな、教会の昔の写真。
棚の奥から、一冊のアルバムが落ちる。
ぱらり。
若い呼木が写っていた。
今より鋭い目。
その隣には――
舞台の上で笑う少女。
(……あんなさん?)
その時。
「それは⋯⋯」
振り返ると、呼木が立っていた。
声が、少しかたい。
「す、すみません!」
呼木はアルバムを受け取る。
しばらく黙ってから言う。
「───いい機会かもしれないな」
椅子に腰を下ろす。
雨音が静かに響く。
「私は、昔――」
呼木はゆっくり話し始める。
「私が神さまに出会うキッカケになったのは、学生時代に聖書を読んだからだ」
「本の虫だった私は、実に色んなジャンルの本を齧っていた。聖書もその中の1冊に過ぎず、読んだ時は特別なことは何も無かった」
「しかし、ある時、同級生にクリスチャンがいた。彼に誘われるままに、教会へ行った。昔は教会への風当たりが強くてね⋯⋯。最初は少し抵抗があった」
「しかし、初めて礼拝に行った日のことは忘れない。賛美のなんと晴れやかなことか!みんな、嬉しそうに歌っていた。テレビに出てくる歌手のように!」
「なんでそんな嬉しいのかと、同級生に問うた」
「『聖霊さまに満たされているからだよ』と、同級生は答えた。
最初はわけがわからなかったが、やがて教会に通うようになり、少しずつ、聖書のことが解ってくるようになってきた」
「やがて、私は牧師になった。ちいろば牧師(榎本保郎牧師)に憧れて、地域で福音を宣べ伝える気概に満ち満ちていた」
「Y県N町で牧師をやっていた頃は妻と子に囲まれ、教会では多くの教会員や子どもたちに囲まれ幸せだった。私は神様に賛美を欠かさなかった。しかし牧師の心にはいつも迷いがあった。
「このまま教えを続けて良いのか?」
「神は本当に完璧なのか?」
「いいや、神を疑ってはならない!」
アンビバレンス。私の心は二律背反していた。
その曖昧模糊な迷いは説教にも悪影響し、教会を離れる人たちが増えてきた。
荒れる様になった私は、家族に辛く当たる様になる。つい妻に暴力を振るったことが、娘に恨まれる原因だ。
そんな状態が続いて半年、私の妻は病んでしまった。
ある日、教会が燃えてしまった。
原因はコンロからの火災。妻が料理をしていたところら突然コンロが故障し燃えてしまう。
火災で、妻を亡くした。
私は妻を助けようと火の中に飛び込み、火傷を負った。
突然の不幸で家と妻を失い、激しい喪失感に襲われた。
幸い娘は友達の家に遊びに行っていたため無事だったが、私は心を閉じ込めてしまった。
「神さまを疑ったから罰が当たったのだ!」と私は思い込み、塞ぎ込んだ。
「教会を大きくしたかった」
若い頃の彼は、情熱に燃えていた。
伝道、集会、企画。
人を集めることに全力を注いだ。
「神のためだと、本気で思っていた」
でも。
その熱心さは、家族に向かなかった。
あんなは舞台女優を目指していた。
オーディションの日。
呼木は来なかった。教会の会議を優先したのだ。
結果。
あんなは一人で舞台に立ち、落選した。
帰宅しても、父はいない。
その夜。
大げんかになった。
「教会が家族より大事なんでしょ!」
呼木は言い返した。
「神の働きは最優先だ!」
その言葉が、決定的だった。
めりいは息をのむ。
「それから……」
あんなは家を出た。
舞台の道もやめた。
「私は、“神のため”という言葉で、
自分の正しさを押し通した」
呼木の声は低い。
「でもね」
少しだけ目が揺れる。
「神は、家族を犠牲にしろとは言っておられない」
雨音が強くなる。
「私は、自分の野心を、信仰で包んでいた」
それが、梁。
正しさの中に隠れた、自己実現。
「……後悔、してますか」
めりいが小さく聞く。
呼木は即答しない。
長い沈黙。
「毎日だ」
重い言葉。
「でも、時間は戻らない」
だからこそ。
「今は、逃げない」
娘に「許せない」と言われても。
言い訳しない。
正当化しない。
それが、今の彼の悔い改め。
めりいは思う。
(ギデオンは、弱さを認めた)
呼木さんもまた。
強さを誇った人が、
弱さをさらすのは、勇気がいる。
ヒツジへ
今日、呼木さんの過去を聞いた。
正しいことって、
ときどき人を傷つける。
“神さまのため”って言葉は、
一番、強い刃になるのかもしれない。
でも。
逃げない人は、
少しずつ変わる。
私は、どうするべきだろう⋯?
続く⋯




