53イースター編「ヒツジの進路」
三月の風は、まだ少し冷たい。
めりいは駅前の書店で立ち読みをしていた。
映画雑誌の特集。
《若手女性監督特集》
「いいなあ……」
ページをめくった瞬間、隣から声。
「それ、面白い?」
振り向く。
ボブヘアーの、女性だった。
「あ……」
気まずい、というより、どうしていいか分からない感じ。
声をかけた彼女も、少し驚いている。
「ああごめんごめん!⋯たしか、教会の子、だよね」
「めりいです」
「知ってる。洗礼受けた子」
「?! なぜそれを⋯⋯」
「あの日、こっそり教会に来てたんだよね」
少し沈黙。
「自己紹介が遅れてごめん。私はあんな」
「……お茶、する?少し聞きたいことがあるんだ」
ひょんな流れで、喫茶店へ。
向かい合って座る。
コーヒーと、めりいはホットココア。
「あの日」
あんなが言う。
「緊張してたでしょ」
「え、顔に出てました?」
「うん。ちょっとだけ」
少し笑う。
空気が、ほんの少し柔らかい。
テーブルの上には、さっきの映画雑誌。
あんながページをめくる。
「映画、好きなの?」
「大好きです」
即答だった。
「どんなの?」
「うーん……
アクション系とかが主に好きだけど、アニメ映画とか、ドラマチックな映画も好きかな」
「へえ」
「あと、エンドロールが好きです。
物語が終わったあとも、続いてる感じがして」
あんなは少し黙る。
「……変わってるね」
「え」
「普通は俳優とか言うでしょ」
めりいは笑う。
「裏側が気になるんです」
「裏側?」
「どうやって撮ったんだろうとか、
このカメラの角度、どうしてこうしたんだろうとか」
あんなはじっと見る。
「それ、監督目線じゃん」
「え?」
「映画監督、目指しなよ」
ココアの湯気が揺れる。
「……え?」
「本気で好きなら、やればいいじゃん」
あんなはさらっと言う。
「でも、そんなの無理です。
才能とか、お金とか、コネとか……」
「言い訳早いね」
ぐさっと刺さる。
「好きなんでしょ?」
「……はい」
「だったら、やればいいじゃない」
あんなはコーヒーをぐいっと飲む。
めりいは黙る。
教会で歌ったこと。
洗礼を受けたこと。
少しずつ前に出てきた自分。
(やればいい、か)
あんなは窓の外を見る。
「私ね、昔、舞台やりたかったんだ」
「え?」
「でも、いろいろあって、やめた」
それ以上は言わない。
「だからさ」
カップを置く。
「人の夢、止める側にはなりたくない」
静かな声だった。
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店を出ると、夕方の光。
「今日はありがとう」
めりいが言う。
「あのさ」
あんなが少し迷ってから言う。
「あの教会にいるさ、呼木さんのこと、どう思う?」
突然の質問だった。
「⋯⋯知り合いなんですか?」
「ちょっとね」
あんなは言葉を濁らせる。
めりいは考える。
「……不器用だけど、逃げない人、です」
あんなの目が、ほんの少し揺れる。
「そっか」
それだけ。
「映画、撮れたら見せてよ。自作ムービー、今の時代なら簡単に作れるからさ」
「はい!」
力強く答える。
あんなはニッコリ笑った。
「頑張りなよ、ヒツジちゃん!」
「めりいです!」
「タイトルは?」
めりいは少し考えて言う。
「……『ヒツジは夢を見る』」
「変なタイトル」
「ひどい!」
二人は、少しだけ笑った。
ヒツジへ。
今日は、ちょっと不思議な日。
神さまって、
時々、思ってもない人の口を使う。
「やればいい」
その言葉が、まだ胸に残ってる。
ヒツジは、夢を見る。
でも、もしかしたら。
撮る側になるのかもしれない。
つづく⋯




