㊸ペンテコステ編:爆賛開始ィ!
10月9日。爆賛、開始。
私とろいこは、礼拝後にABC(愛川バイブルキャンプ場)キャンプへ向かった。
今度は持ち物は「聖書」だけとのこと。ABCキャンプの時みたいにアレコレ持ってこなくていいのは助かる。
「ゲー。またこの坂かあ〜」
初めてキャンプに来た時も上った急坂。
正直車に乗りたいなあ。免許持ってないけど!
と思っていた矢先、ヘビ柄のハイエースが後ろからやってくる。まさか!
「やあやあ久しぶり!」
「ヘビゴロウ先生!」
「俺もいるぞ!」
「誰!?」
ヘビゴロウ先生の車には、あのおカッパが乗っていた。
「おいおい、誰はないだろう。俺だよ、ミツチだよ」
「オカッパ!」 「カッパ!」
「じゃかあしい!なにがカッパや!」
「まあまあ。ちょうど通りかかった縁ですし、乗ってきますか?」
「本当に!?ありがとうございます!」
なんという①僥倖・・・っ!棚ボタ・・・っ!
①僥倖⋯棚からぼたもち。思いがけない幸せ。
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懐かしきABCキャンプ場へ戻ってきた。
あれから3ヶ月は経っている。やはり懐かしさが来る。
入口で受付を済ませ、チャペル(礼拝スペース)へ向かう私たち。
チャペルには多くの人が集まっていた。
「その帽子いいじゃん!どこの店で買ったー?」
「爆賛終わったら卓球やろうぜ」
「お前大学どこ行く?」
「今やってるアニメめっちゃ面白いから見て!」
集まっているみんなの会話を聞いていると、ホントにいろんな人がいるなあという感じだ。
十人十色。みんな違って、みんないい。爆賛をやるためにみんな集まったんだ。胸がアツくなる!
「ヒツジ先輩!」
「! 絵本ちゃん!」
久しぶりに見た絵本ちゃんは、晴れた顔をしていた。
「あれからどう?LINEでも聞いたけどさ」
「うん!ヘビゴロウ先生がわたしの学校に来て、イジメの解決してくれたの!」
すごいなあヘビゴロウ先生。イジメは周りに頼れる大人がいないと解決しないとニュースでやっていた。
ヘビゴロウ先生みたいな人がたくさん量産されて、全国の学校に送られないものだろうか・・・
「量産型ヘビゴロウ先生か、アハハっ!
めりいそれ笑えるんだけどっ」
「サイボーグとかロボットみたいだね」
「コラコラ。私はそんな万能じゃないよ」
「でも神さまを信じるクリスチャンはみな、みんなふさわしい場所に送られているんだ」
「種を撒くようにね。クリスチャンは種なんだ」
種かあ・・・・
①4つの種⋯イエスさまの例え話のひとつです。
マタイによる福音書 13章1~9、18~23節。
この例え話に出てくる種のタイプはこうです。
❶道端に落ちた種=鳥に食べられる。聖書の言葉を聞いても理解しないので、この世に騙され翻弄される。
❷石の上に落ちた種=すぐに芽を出すけど石があるからたちまち枯れる。飽き性な人で、挫折するとすぐに信仰を捨てる。
❸茨の中に落ちた種=イバラが邪魔して成長できない。誘惑に負ける人。
❹ふかふかの土に落ちた種=聖書のみことばを聞いて理解(悟る)人たち。理想のタイプ!
クリスチャンでもなかなか4つめの種のようにはなれません。だからこそ、聖書を読んで学び、神さまに祈るんです。
僕は❸のタイプに該当しますね・・・あれこれ色んな話題に目移りしてしまいます。誘惑に負けてしまいます。反省。神さまごめんなさい。
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爆賛の時間になった。チャペルには多くの人が集まっていた。
「みんなーーーッ!盛り上げていこうぜェーーッ!」
「うオオーーーーーーッ!!!」
「EーーーーーーO!!!」
おカッパはフレディ・マーキュリーのように盛り上げた。
ライブのような幕開け。キャンプの時より激しく歌うみたいだ。
まずは1曲!ハレルヤ!主を褒めたたえよ!
御名を掲げて
作詞作曲:リック・ファウンズ、ミクタム和訳
御名を掲げて あなたをたたえます
救いのために あなたは来られた
救いの道を与えに 天よりくだり来られた
十字架により命あがない よみがえられた
良い曲だ。気に入った!
本物のライブが、ここにある。
そんな気がした。
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「次の曲はウクライナ・ロシアに捧げる曲です。みんなで一生懸命歌いましょう。歌は元気のない人を勇気づけます。歌はパワーです!歌いましょう!ハレルヤぁ!」
長友ブラボーばりに「ハレルヤ!」と声を張り上げるヘビゴロウ先生。情熱を感じるなあ。
『レント-Only Jesus-』作詞作曲 横山大輔 2022.3.2
十字架 我が主イエスの叫びが
今も こころに 鳴り響く
平和 誰かの犠牲の上に
成り立ってるなら オンリージーザス
『父よ 彼らをおゆるしください
自分が 何をしているのか わからないのです』
私たちの平和を守るために
十字架の上で祈られた イエスの言葉
あなたが私をゆるしてくれたから
わたしも愛と赦しの人に変えてください
十字架 我が主イエスの祈りが
今も こころに 鳴り響く
平和 誰かの犠牲の上に
成り立ってるなら オンリージーザス』
「平和 誰かの犠牲の上に成り立っているなら」という歌詞が心に来た。
いま私たちは幸せだ。
幸せなのは、多くの努力があったから。昔はそう考えただろう。
でもいまは違う。
人が努力したんじゃなくて、神さまが導かれたからいまの幸せがあるんだ。
アブラハムが、モーセが、ダビデが、ソロモンが、ダニエルが、そしてイエスさまは神さまの導きで生きてきた。
もっともイエスさまは神さまなんだけど、地上にいる間は人の子として過ごされた。
[詩篇 23:4]
たとえ 死の陰の谷を歩むとしても
私はわざわいを恐れません。
あなたが ともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖
それが私の慰めです。
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ハイテンションのまま、ライブは最高の盛り上がりを見せた。
その後も何曲か歌った。何度も跳ねた。喉が痛くなるまで歌った。
中学の頃ダンスなんてのをやらされたけど、無難なダンスを目指したら変なギクシャクダンスになって、みんなに笑われた。
でもここでは誰も笑う人がいない。みんな踊っている。飛んで、跳ねて、手と足、全身で神さまを賛美している。
こんなに楽しいことはない!新鮮な感覚だ!エキサイティング!
途中休憩を挟んだ。みんな糸が切れたようにその場に崩れ落ち倒れる。
「っはあ!疲れたあ!」
全速力で走った後はめっちゃ疲れるけど、走った後は爽快感で胸が晴れるだろう。そんな気分だ。
「でも、楽しいね!」
「ああ!あがるじゃんね」
ろいこはニシシと笑う。ろいこが方言になるのは、ホントに楽しい時だけだ。
「皆さん水分休憩を撮ってください。休むことも大切ですよ」
[出エジプト記 23:12]
六日間は自分の仕事をし、七日目には、それをやめなければならない。あなたのウシやロバが休み、あなたの女奴隷の子や寄留者が息をつくためである
プロジェクターにこのみことばが表示された。「安息日」と呼ばれるものである。神さまはモーセを通じて、イスラエル民族に厳格なルールを敷いた。
イスラエルの人は、今も昔もこのルール、教えを忠実に守ろうとしている。すごい人達だ。
「めりい!ろいこ!らんり!久しぶり!」
「烈っちゃん!……先輩」
「よしよし」
烈っちゃんは今回ボーカルではなく、リードギター担当だ。
「なんで今回リードじゃないの?」
「ミツチ……おカッパに譲ったのよ。ゴホ」
聞くところによると烈っちゃん先輩は喉を痛めたそう。無理して爆賛のボーカルをやろうとしたのでおカッパが止めたそうだ。
「理解のある彼氏さんだね」 「んね」
烈っちゃん先輩はブチ切れた。
「はぁーっ!?アイツが彼氏!?んなわけねえっつゲホッゲホッ」
「烈っちゃん!」
「ゲホッ……ゲホッ……驚かせるんじゃないわよ」
「サーセン」
水分休憩をして、烈っちゃん先輩はバンドの方へ戻っていった。
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後半戦へつづく!
https://m.youtube.com/watch?v=KhlWIQDNg9w
↑の曲を聴きながら執筆しました!
いのちのことば社がアゲアゲな曲を出しているので、ぜひ聞いてみてけれ〜!
世界はどんどん残酷さを増しています。昨日のクレイジージャーニーを見てショックを受けました。
見てない人は「戦場記者」で検索してみてください。
しかし、どんな絶望の場所にあっても、歌は共通言語として誰にでも伝わるものです。
目で、耳で、心で感じることが出来る言語。それが歌です。それを神さまに捧げることを、賛美というのです。




