⑲教会編:対話
私、呼木は愛川神社へ向かった。
正直に言えば、あまり来たくはなかった。以前ヨシアくんに連れられてここに来たとき、彼の父に冷たい扱いを受けた。
だがヨシアくんはお父さんとずっと喧嘩しているという。これを見て見ぬふりをすることは、私には出来まい。
クリスチャンは苦難を忍耐しなければならない時が来る。神さまに祈り求め、導いてもらわなければ生きてゆけない脆弱な子羊。それがクリスチャンだ。
脆弱ではあるが、主が強められ、※1聖霊が話す力を与えてくださる。臆病だったモーセがやがてはイスラエルのリーダーになれたように、神さまの導きがあってこその子羊だ。私が話すんじゃない、聖霊が話すんだ(ルカ12:11〜12)。
私は神さまに祈りながら愛川神社へ向かった。
※1聖霊⋯神さまから与えられた、クリスチャンの心に宿る神の霊。神さまを信じる人達はみなこの聖霊のはたらきによって話すことが出来るんです。精霊や妖精とは違います。
聖書の神さまは「三位一体」なる神さまです。
天の父なる神、イエスさま、聖霊さまの三者が合わさって神さまと呼ばれます。
むかし三位一体が難しくてよく分からなかったんですが、教会のお兄さんから「ポケモンでいえばドードリオじゃなくてダグトリオみたいなもの」という喩えでなんとなく分かりました。3つが離れ離れでなく、3つが同じというのが「三位一体」という概念です。
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階段をゼェゼェと上がっていくと、神主の服を着たヨシアくんのお父さんとお母さんがいた。
「・・・何しにここへ?」
案の定、お父さんは敵対心剥き出しだ。警戒を解かなければ。
「少し、お話がしたくてここへ」
「すいませんがお引き取りを……」
「呼木さん!息子がいつも世話になっております!」
ヨシアのお母さんが遮る。
「マリアさん!」
「あなたもそう怒らないで。せっかく来た客人でしょう?」
「しかし……」
「八幡サマも拒みませんよ♪」
「ううむ」
ヨシアくんのお母さんに招待され、縁側へ通された。
ヨシアくんのお父さんはだんまりしている。
さて、何を話そうか・・・・
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気まずい雰囲気のまま幾分か経った頃、ヨシアくんのお母さんがお茶とお菓子を持ってきた。
「こっこどうぞ〜!私の好きなお菓子です〜」
「これはこれは。ありがとうございます」
私は子供のようにお菓子を手に取り頬張った。甘いお菓子はそこまで好きではないが、この場を和らげるにはちょうどいい。
お茶を啜るヨシアくんのお父さん。
「あの、ヨシアくんと喧嘩してらっしゃるそうですが……」
「何故それを?そうか、ヨシアがあなたを頼ったか」
「又聞きですけどね。なぜそこまでキリスト教を嫌うんですか?」
「人様のことは関係ないでしょう」
「なにか理由があるのではないですか?」
「・・・・・」
また黙ってしまったヨシアくんのお父さん。私がこうして仲直りしようと説得するのは、余計な真似にしかならないかもしれない。しかし、ヨシアくんが困ってると思うと放っておけない。
「もうしかして、パウロ牧師ですか?」
「!!!」
ヨシアくんのお父さんは目を見開いて振り向いた。
「昨日ある牧師からパウロ牧師の話を聞きました。とても熱心な先生だったそうで。神社の鳥居の前でも説教してたと」
「パウロ、そうだ、彼はそう名乗っていた」
「やはりそうでしたか。パウロ牧師はそれでとある神社と揉めたと聞きました」
「・・・私の父の話だ。私には関係がない」
「では、なぜ怒っているんですか?」
「怒ってなどいない」
「怒ってないのなら、握りこぶしを閉める必要はないでしょう」
私は彼の過去をほじくるような真似をしている。ヨシアくんのためとはいえ、自分がやられたくないことを彼にしている。
「話してみてください。あなたがキリスト教を嫌う原因を・・・」
「・・・・・!」
彼は握りこぶしを緩め、口を開いた。
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あれは私、八百が子供の頃だった。
私の父が神社の鳥居の下で誰かと言い争いをしている。
「かーっ!耶蘇共が!帰れ帰れ!」
「私は使徒パウロがアテネで宣教したように、神社でキリストの言葉を語り続けます!」
「それが迷惑だというんじゃ!塩まくぞ!」
「どうかご理解ください!神は偶像崇拝を止めるように戒めておられます!」
「何が偶像じゃ!くたばれ!」
宣教のためとはいえ、わざわざ神社で宣教するこの男が子供心に非常に不愉快だった。私は父と心同じくキリスト教を嫌った。
わざわざ神社の前に来て、宣教活動するなど、迷惑千万である。
それ以来、私はキリスト教とその信徒に対して良い印象を持っていない。子供の頃に見た光景が忘れられない。
ある時、息子のヨシアが聖書を持っていた。
「どうして聖書なんか持ってるんだ!」
「・・・これはMomから貰ったんだよ」
「マリアさんが!?」
知らなかった。彼女と知り合って、結婚して、まるでキリスト教だという素振りは見せなかった。彼女はとても日本文化に馴染みを持ち、教会との繋がりも薄いと言っていた。それなのに・・・
「マリアさんは私に隠し事をしてたのか・・・」
「Momのことを責めないでくれよ!俺が聖書をくれって言ったらくれただけなんだからよ!」
「なんでキリスト教になんか興味持つんだ!あんなのマトモじゃないぞ!」
「俺は世界を広く見渡したいんだ!最初は偶然呼木さん達に知り合っただけだけど、話してるうちに興味がでてきてさ、それでもっと知りたいって・・・」
「ダメだ!聖書は没収する!悪影響だ!」
「イヤだね!」
頭に来て私はヨシアを引っぱたいた。
「・・・なんでそんなにキリスト教が嫌いなんだよ」
「お前のおじいちゃん、私の父が牧師と激しく喧嘩したのを私は子供の頃に見た。私にはとても醜い光景として心に残っているよ」
「それだけかよ!?それだけでここまで嫌うものなのか?」
「お前には分からんだろう。お前のおじいちゃんがあそこまで激昂したのは一度きりだ!」
「あの牧師が宣教している間、一度神社は人が来なくなった。苦しい時期だった。私が神主を継ぐことでなんとか立て直せたが、やはり彼らは許せない」
「俺にはカンケーねー話だろ。じいちゃんは大好きだけど、それとこれとは話が違う」
ヨシアは自室に戻っていった。
私はより一層キリスト教が嫌いになった。
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「キリスト教については色々調べたよ。歴史の中では
十字軍の名のもとにイスラム教徒やユダヤ教徒を虐殺したそうじゃないか」
「それは一部の暴走をした、教えから離れた人間の行いです」
「元を辿ればキリスト教が出来たのが歴史の間違いだ!」
「落ち着いてください八百さん」
「落ち着けるか!大体なあ、アンタ達が来たからこんなことに・・・」
私は土下座をした。
「頭下げたって許さんぞ!」
「申し訳ありません。あなたがそこまで苦しんでいるとは知らず・・・」
「あなた!落ち着いて!」
マリアさんが仲裁に来た。
「・・・もう帰ってくれ」
「帰ります。すいませんでした」
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帰りのバスで聖書を読んだ。
「(テトス 3: 9) しかし、愚かな議論、系図、口論、律法についての論争などを避けなさい。それらは無益で、むだなものです」と聖書に書いてあるのに論争してしまった。ああ、僕はダメな奴だ」
「神さまごめんなさい。私は論争をしてしまいました。しかしどうか、八百さんの上に、扶桑一家の上に神さまの導きがありますように・・・」
全て主に委ねるしかない。私は暴走していた。
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──その日の扶桑家の夕食
「彼、悪気はないと思うわ。ヨシアのことを心配してきてくれたのよ」
「・・・私も大人気なかったな」
ヨシアが部活から帰ってきた。
「ただいまー。今日のメシなに?」
「おかえりヨシア。手は洗った?」
「Sure!」
ヨシアは両手を見せびらかした。
「ヨシア」
「なんだよ」
「すまなかったな。今まで口を聞かなくて」
「ああ、俺も悪かった」
「仲直りできて良かった!それじゃあ夕飯にしましょう!今日はオムライスだよ!」
夕食の後、食器の片付けをした。
ヨシアが部屋へ戻るとき、「インターハイ、頑張ってな」と八百は一言。
ヨシアは黙ってグーサインをし、部屋へ戻った。
「なあマリアさん。どうして聖書を持っていたこと、今まで黙っていたんだ?」
「それは、あなたがキリスト教が嫌いって言ってたから、隠してたのよ」
「これからは、隠さないで欲しいな・・・」
「ごめんなさいね。あなたが怒りそうだと思って」
「ヨシアにあげたあの聖書、私のじゃないの。私のママのものなんだ。
ママは熱心に神さまを信じてたね。『マリアも楽しいときでも、辛いときでも神さまにお祈りするんだよ。私も、マリアが日本で上手くやっていけるようにお祈りしてるから』って、結婚式の後で電話が来た。
でも私は、ママの教えに逆らい続けてたなあ」
「どうして?」
「そりゃあ、自由に生きてたいのに日曜日教会なんて行けないでしょう?なにかに縛られて生きる人生はイヤだったの」
「でも、呼木さん達が来てからヨシアが聖書に興味を持つようになって、ああ、ヨシアはわたしのママに似たんだなって・・・」
「呼木さん、と言ったか。彼にも謝らないとな」
「そうね。私も今度一緒に教会へ行くわ」
キリスト教嫌いだった彼の心に、変化が起きた。
続く。
今回は攻めた話になりました。
いつかこうして真に迫る話を書きたかったのですが、難しいですね、、、




