⑮教会編:分け隔てなく…
日曜日になった。
私とろいこは公園でペドロさんと待ち合わせた。
先に呼木さんが来た。
「おはよう。昨日は大雨だったね」
「おはようございます呼木さん」
「おっはよ〜」
呼木さんは普段どうやって暮らしているのだろうか?夜露を防ぐ方法は?ホームレス生活について色々疑問はあったが、とても聞けなかった。
ペドロさんが来た。
「メリーさん!ロイコさん!ヨブキさん!ora!」
「え?オラ?」
「ポルトガル語の挨拶だよ」
呼木さんは物知りだなあ。聖書以外のことも詳しいのかもしれない。
「※1礼拝は10時半からですが、先に牧師先生へ挨拶しておきましょう」
ううっ、教会ってどんなとこだろう……
私たちは歩きながら教会へ向かう・・・・
「Googleで教会って調べたんだけどさ、なんかめっちゃ綺麗だよね、ステンドグラスがオシャレで」
ろいこが呟く。
「ウチの教会はプロテスタントだからね〜。カトリックの教会とは色々違うかも」
「プロテスタント?カトリック?」
「カトリックは元々伝統的なキリスト教の宗派だったんだよ。でもある時ドイツで免罪符という『金を払えば天国へ行けるぞ!』という紙切れを教会が配布しだして、それに激怒したマルティン・ルターという人が教会に反発するんだ。
同じ頃にスイスでジャン・カルヴァンという人が教会改革を初め、やがてはそれが宗教改革になってくるんだ。ルターとカルヴァン達から枝分かれしていった宗派をプロテスタントと呼ぶんだよ」
「ルターは今の聖書を作った人ですよね」
「そうそう。聖書は時代によって言葉は変わってきているが、根本的なところは昔から変わってないんだ」
「へええ、昔から変わってないんだ・・・」
「昔っていつからなん?」
「まあ、初めに聖書を書き記したのがモーセだから、紀元前16世紀とかそこらまで遡るかな」
「そんなに」
聖書には長い長い歴史があるんだと、改めて感じさせられた。
※1礼拝⋯毎週日曜日に教会でする集い。聖書を読んだり賛美を歌ったり、神さまへ1週間の感謝をする時間を持ちます。月の初めには「聖餐式」という、パンとぶどう酒を飲み、イエス様が僕らの罪のために十字架で血を流し苦しまれたことを忘れないための儀式もあります。
コロナ禍になってYouTube LiveやZoom配信という新しい礼拝が行われるようになりました!
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教会に着いた。
「ここがウチの教会です」
思ってたよりかは小さいところだった。三階建ての、レンガ造りの建物だった。てっぺんには十字架が突き刺さってる。
「あらおはようさん。新しい人かしら?」
「Ora!アサエノさん!」
「浅ェ野と申します。どうぞよろしく」
1人のおばあちゃんが声を掛けてくれた。朗らかでおっとりとした人だった。
「おはようさん。お母さん、ちょっと待っとくれ」
遅れてやってきたのはおじいさん。どうやら老夫婦らしい。
「おっ、新しい人か。ようこそようこそ」
ニッコリと笑うおじいさん。おばあちゃんとおじいちゃんは奥の方へ向かっていった。
さっきから〈新しい人〉と呼ばれる。たぶん教会へ入会するんだと思われてるんだな。ははあ。
けどまだ決心はない。何故なら、呼木さんとの勉強の方が好きだからだ。
「牧師先生、礼拝堂にいるみたいですね。ちょっと呼んできます」
ペドロさんが奥にある礼拝堂へ向かう。
「なんか変わった匂いするなあ」
「ほんとだ。なんの匂いだろ?」
「多分、乳香の匂いじゃないかな」
「乳香?」
「特殊な木の樹脂だよ。焼くといい香りがするんだ。イエス様がお生まれになったときにも、贈り物として乳香が贈られたんだ。イエス様の話についてはまた今度やろうね」
ゆったりとする香りが気分を安らげる。家に持って帰りたいなあ、この香り。
※1乳香はフランキスカという樹から取られます。
かの有名なアレクサンドル大王も愛した、王者の香りともいわれるものです。
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しばらく玄関で待っていると、ペドロさんともうひとり、初老のおじいちゃんがやってきた。呼木さんよりかは若い見た目だ。
「呼木さん・・・・!」
「おお、はれるやさん」
2人は知り合いみたいだ。ん?はれるやさん?
「その姿はどうされたんですか!?風の噂では……いや、よしておきましょう」
はれるやと呼ばれた老人は、口を噤んだ。やはり余程のなにかがあるんだ。
「で、横にいるおふたりが・・・」
「めりいです」「ろいこっす」
「おーようこそ!大歓迎です!」
さっきの呼木さんを見つけた深刻そうな顔をひそめ、はれるやさんは私たちを迎えてくれた。
礼拝堂は思ってたよりこじんまりとしていた。
ろいこが「思ってたんと違う」という顔をしていたが、スルーしておく。
「さっきからする香りって、乳香ってやつですか?」
「そうそう!よく知ってるね!」
「呼木さんがさっき教えてくれたっす」
「ああ・・・」
「礼拝まで時間があるから、まあ好きなとこに座って待っててください」
はれるやさんは礼拝の準備をするようで、プロジェクトマッピングなど機材の準備を進めていた。
「礼拝って思ってたのと違うじゃんね」とろいこ。
待っている間に続々と教会員の人たちが集まってくる。おじいさんおばあさん、大人や子供たち、ペドロさんよりも肌が黒い人、日本人じゃない人たちもチラホラ見受けられた。
「教会って、いろんな人が集まるんだね」
私はろいこに耳打ちした。
「ホントにすごいね。思ってたのとは違うけど、なんか新鮮……」
「안녕하세요(アニョハセヨ)!」
韓国語で元気な挨拶をしてきたお兄さん。顔はBTSのグクにちょっと似てる。
「こちらは友達のヨセフくん」
「どうも!大木ヨセフと言います!」
「こんにちはヨセフくん」
呼木さんが会釈をした。
「カッコイイ……」
ろいこはヨセフさんに見蕩れている。面食いめ。
「教会は初めてかな?」
ヨセフさんが質問してきた。
「あっはい、初めてです」
「まぁ、色々わかんないことがあったら僕とペドロに聞いてね」
ヨセフさんは紳士的だった。ろいこじゃないけどちょっと惚れそうだ。
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10時半、礼拝の時間だ!
「それでは、礼拝を始めます。皆さん、心を静かに、主を待ち望みましょう」
はれるやさんが教壇に立って、マイクに向かって話している。
さっき会った時と違い、黒い服に身を包んでいる。
「あの人がはれるや牧師先生ね。もう会ったかな?」
牧師ってああいう人なんだ。っていうのが、輪郭を帯びて分かってきた気がする。
「それでは起立して、賛美を歌いましょう。
立つのが辛い方は、座ったままで結構です」
「賛美の時間だよ。ほら立って!」
みんな一斉に起立した。
「それでは、※1『栄えに満ちたる』を賛美しましょう」
女性の教会員の人が※2エレクトーンを弾く準備に入った。
「♪栄え〜に満ちたる 神のみやこは〜
千代経し いいわおの いしずえかたく〜」
昔の言葉混じりの、古めかしい曲だ。私とろいこは周りに合わせて歌ってみる。
合唱の練習を中学の頃みんなでしたのを思い出すなあ。
その後も何曲か歌った。学校の音楽で習うような、歌いやすい曲だったので初見の私たちでも歌えた。
ヨセフさんによれば毎週曲が変わるそうだ。他にもいっぱい賛美歌があるらしい。
「教会って歌うとこだったんだね!」とろいこ。
「いやあ、それが教会のすべてじゃないよ」とヨセフさん。
※1栄えに満ちたる⋯自分の好きな賛美歌です。ドイツ国歌にも使われています。
※2エレクトーン⋯ピアノとオルガンの中間みたいな楽器です。
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続いては子ども賛美。
「♪よのなか くらいニュースばかり みんなの心もくらい
さあいま すべてを照らそう イエスさまの愛の光で」
子ども達が一生懸命に歌って踊る様は、なんとも微笑ましい。
次は子どもメッセージだ。
子ども向けに、聖書の話を紙芝居で教えていくらしい。
ああ、ヨシアと聖書対決(⑥話を参照)したときに私も紙芝居で覚えられれば・・・
「さあ今日は、イエスさまがお生まれになった時の話をするよ!」
さっきエレクトーンを弾いてた女の人が、紙芝居の読み聞かせをやっていた。
昭和だと紙芝居屋なる人がいて、3日は商売を続けるが4日目には子どもの前から消えるという話を聞いたことがある。おまわりさんに見つからないよう、場所を変えて商売するという手段だ。
でもここのお姉さんは消えたりしない。優しそうなお姉さんだ。
「イエスさまのおはなしはマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人が福音書って本にそれぞれみんな別のはなしを書いていったの。今日の話は4人の書いたはなしを照らし合わせながら話していくね」
「福音書というものだね」
ヨセフさんが解説してくれた。
「ある時イスラエルのナザレという街にヨセフという人がいました。
うちの教会にいるヨセフさんとは違います。ヨセフさん手を挙げてー!」
「はーい!」と元気よく手を挙げるヨセフさん。ノリがいい。礼拝堂はどっと笑いに包まれた。
「ヨセフさん、ありがとう。
で、ナザレの方のヨセフさんは、ひとつ悩みがあったの」
「それは、愛し合っていたマリアさんが身ごもっていたこと。誰の子か分からないの」
「ドロドロのドラマじゃん」
ろいこがツッコんだ。
「他人の子供だったらどうしよう!と悩んでいたヨセフさん。その日の夜、ヨセフさんの夢の中に天使が現れるの」
「『恐れることはないヨセフ。マリアのお腹の中にいる子は救い主だ。生まれてくる子には“イエス(ヘブライ語で神は救い)”と名付けなさい』
なんと、マリアさんのお腹にいたのは神さまの子どもだったの!
ヨセフさんはマリアさんとお腹の子どもを守っていこうと決心するの。
その頃イスラエルを支配していたローマ帝国が、住民登録を初めてね、ヨセフさん達はベツレヘムという町に向かったんだけど、宿は人でいっぱいだったんだ」
「宿に泊まれなくて、困り果てたヨセフさんは馬小屋にマリアさんを泊めるの。
馬小屋ってお馬さんのウンチの臭いが結構臭いとこなんだ。イエスさまはそういうところでお生まれになったんだよ」
「人生ハードモードだなあ」と感心するろいこ。
「で、イエスさまがお生まれになったときに東方、今のイランがある辺りから3人の博士がやってくるの」
なぜか博士のイラストがいかにもな見た目になっていた。ポ〇モンも3びき選ばせてくれそうな。
「博士たちは乳香、黄金、没薬の3つを誕生プレゼントとしてヨセフさんとマリアさんにあげたの」
ポ〇モンじゃなかった。
「乳香っていうのは、はれるや先生がいま焚いてるやつね。没薬は、先生。出してくれませんか?」
はれるや先生は教壇から箱を取り出した。
中には香水が入っていた。
「ミルラっていう香水なんです。ミイラに付けてたからミルラって言われるようになったらしいです」
ミルラの匂いはどんな匂いだろう。ミイラも良い香りとかしたんだろうか・・・。
「で、更にイエスさまをお祝いにやってきたのは羊飼いたち」
ヒツジは私の名前の元ネタだから、好きな動物だ。小さい頃、動物園のふれあいコーナーで触れ合ってたら服を齧られたけど、それでも好きな動物だ。
「羊飼いの人たちは、いつもヒツジを育てていて、ヒツジの臭いが染み付いていたの。だからみんなから嫌われていたんだ」
「でも、そんな羊飼いたちを導いたのは天使たち。
夜空にみ使い(天使)の軍勢がきらめいて、イエスさまの場所を教えてくれたんだ」
「イエスさまは、この世界の誰をも救うために人としてこの世界に来られたんだ」
神の子。というのは神聖な感じがする。
仏像を見れば誰しもが近寄りがたい神聖さをかもし出す。
しかしイエスさまはこの地上に人として来られ、私たちに近付いてきてくれた。博士でも、羊飼いでも分け隔てなく。
「差別されない、というのは究極的にすごいことだね」
とヨセフさんがぽつり、呟いた。
子どもメッセージが終わり礼拝堂は拍手で包まれた。
イエスさまという人のことを知れて、私はちょっぴり嬉しくなった。
続く。
思ったよりストーリーが長くなりそうです。けれども楽しく書いていこうと思うので、お楽しみに!
本作を読んだあなたが、教会に行き聖書を手に取ることを祈るばかりです。ああでも、カルトには気をつけて!
あなたが正しい道へ進むことができますように。アーメン。




