①分厚く黒い本
「なぜ私たちは生きているんだろうか?」
唐突にめりいが一言、呟いた。彼女はいつも唐突だ。
「いきなり何?ブルーな気持ち?」
親友のろいこは揶揄う。
「数学のテストは壊滅的な点数だったけどさあ。や、なんとなくさー、青い空を見てると……」
「宇宙から見たら私たちはどう見えるんかな?」
「さあね。宇宙人に交信してみりゃいいじゃん」
ろいこはめりいの哲学的な質問にも気兼ねなく答え
てくれる。オタクに優しいギャルというやつである。
「宇宙人への交信ってどうやるんだろ?テレパシー?光のスティックを空へ掲げるのかな?デュワッ!」
「ウルトラマンじゃないんだから!違うでしょ、もっとこう何人かで集まってさー」
「・・・・なんの話だっけ」「さあ?」
めりいの哲学的疑問は何時もろいこが脇道に逸らしてしまう。めりいもたちまち疑問を忘れるあたり、答えなどどうでもいい事なのだろう。
* *
2人が他愛のない会話をするのはいつも愛川公園のベンチでだ。田舎の公園にしては広い公園で、遊具もあればバスケットコートもある。放課後なので。2人はコンビニで買ったコーヒーとキャラメルシュークリームを食べながら、遊ぶ子供たちを眺める。
他愛のない日常をただ漠然と過ごす。めりいとろいこは、電車の走る音をBGMにして、悠久の放課後に浸っていた。これが彼女達の日常である。
* *
ある日のこと、高校から公園に向かっていた2人は1人の男を見つける。彼は、いわゆるホームレスという者であろうか。ボロボロの服に灰色のハット、割れたメガネと見るからに怪しい老人だった。
ろいこ
「お年寄りの行方不明者とか多いからなぁ〜」
めりい
「昨日も放送で流れてたよね。あ、でもあれはおばあちゃんか」
2人は老人に極力関わりたくないと思い、回れ右をした。
ろいこ
「⋯⋯どこ行こっか?久々にめりいのウチ行く?」
めりい
「でもウチ行っても何もないよ?」
ろいこ
「いいよ。めりいの部屋物色するから」
めりい
「やめてや」
2人は老人を避けてめりいの家へ向かった。触らぬ神に祟りなし。よく分からないものには、近付かないのが無難だ。
* *
──後日、また放課後の時間。
ろいこ
「・・・・どうする?公園に行くのやめようか?」
めりい
「ろいこ、昨日のホームレスのこと気にしてんの?ホームレスのお爺さんだって場所を転々としてるだろうし、そう会わないよ」
ろいこ
「いやー、会ったら襲われそうで怖いなー」
ろいこ
「まあ、そんときは大声で叫べば大丈夫っしょ」
めりい
「小学生か」
警戒心が薄いめりい。この子の将来が心配である。
公園に向かうと、果たしてホームレスのご老人はいなかった。
ろいこ
「保護されたかな?」
めりい
「そういえばこの近くに老人ホームあったな。あのおじいちゃん逃げてきたのかな」
ろいこ
「その割には服ボロボロだったと思うんだけど……」
めりい
「ちょっとトイレ行きたくなっちゃったな」
ろいこ
「あっ私も行きたい」
めりい
「連れションかよ」
2人がトイレに向かうと、男子トイレの方からあのホームレスの老人が出てきた。
ばったり。
「ヤバ!」と2人は感じたが時すでに遅し。2人は老人と目が合ってしまった。
よく見ると、老人は手に『分厚く黒い本』を抱えている。
昨日はそそくさと逃げたので黒い本の存在に気が付かなかった。
「もしやこの人、魔術師だったのか!?魔術を使って女子高生をお菓子にして食べちゃう、悪い魔法使いでは……!?」などとメルヘンチックな妄想をするめりい。
呑気である。
間が悪くなったのでろいこが咄嗟に「あー!ごめんなさい!」と謝る。めりいは「なんで!?」と慌てたが、ろいこに頭を掴まれ、めりいも頭を下げる。
老人は少しキョトンとしてたが、穏やかな態度で「あーこちらこそ、不注意でした」と謝る。なにが?
ろいこは「行こっ」とバツが悪いようにめりいの制服の袖を引っ張る。がめりいは『分厚く黒い本』に目を奪われ立ち止まる。
「その本、なんですか?」とめりい。
ろいこは「なにやってんだお前!!!」と言わんばかりにめいこを睨む。
「ああ、これね」
「これはね、“聖書”と言うんです」
続く。