止まっている針
子供の頃のお誕生日会で、両親からのゲームのプレゼントより、好きな子から貰ったキーホルダーが嬉しかったという友人がいました。両親からのプレゼントにも愛が込められてるとは思いますが、好きな人からのプレゼントっていうのは何年も経った後も思い出すほど嬉しいものなのでしょうね。
私はゲームの方が良いですけど......。
男は後悔していた。
住まいであるマンションが火事になり、男の部屋も炎に焼かれてしまった。出火は隣の部屋からであるが、原因は調査中とのこと。
幸い、火災保険にも入っていたので補償は受けられた。
男の後悔とは妻のことだった。彼の部屋に炎が燃え移った際、眠っていた妻は煙を大量に吸い込んでしまい昏睡状態になってしまったのだ。寝室に火が回る間一髪のところで救急隊に助けられ、何とか一命をとりとめたが、火災から4日経った今も意識は回復せず、病院のベッドで呼吸器を装着されている。男は目の前で眠る妻に合わせる顔がなかった。
火事が起こったその日、男は家にはいなかった。別の女とホテルにいたのだ。
1年以上、夫婦仲は冷めきっており、お互いの誕生日すら祝うことは無かった。どちらかが「離婚」という言葉を切り出すのは時間の問題だったのだ。
2か月前に職場の後輩に言い寄られてから、妻に対する不満を言い訳にして不倫を繰り返していた。職場の後輩と一緒になりたいという思いは無かったが、今の家庭にも然したる愛着は無かった。
男はその夜、なんだか言い知れぬ不安感を抱いていた。自分の部屋に帰らねばならないとも感じた。しかし、部屋の鍵を開けリビングに向かう途中にいつも聞こえる妻のため息は、男に帰るのをとどまらせた。
不思議な胸騒ぎは治まることがなかったが、束の間の楽しい時間を過ごすことの方が良いと感じたのだ。
その結果がこれだった。
男は、自分が妻を殺したも同然だと感じた。妻が一人寂しく部屋で待っていて、やっと帰ってきた旦那には「疲れた」の一言だけを貰い、また寂しく寝室へと姿を消す姿を想像すると涙がこみ上げてきた。彼は、眠る妻に寄り添う資格がないと感じ、静かに病院を後にした。
男は、火災後の部屋に初めて入った。部屋は煙で黒ずんでいたが、幸いにも焼け焦げた跡は少なかった。
一通り荷物をまとめた後、久しぶりに妻の部屋へと入る。
多少は黒ずんでいたが、1年前に最後に入った時と何も変わっていないように見えた。なんだか他人の家に入った時のような緊張感が男を包み、そのことにも彼は寂しさを感じた。
クローゼットの片づけをしていると、ベッドにおいてある置時計が目に留まった。
それは、3年前の結婚記念日に男が買ったものだった。まだ、二人が仲良かった頃、男の仕事はそれほど忙しくなく、妻のために費やす時間もたくさんあった頃。少し無理して買った置時計。
近づいてみると、その針は動いていなかった。かなり前に止まったのか、表面のガラスには少し埃がかぶっていた。
男の目には涙が溢れていた。その停止した針が、妻の容体を表しているようにも思えた。妻の相手をせず、不機嫌にさせて、しまいにはそれを理由に不倫までして、自分が情けなくなってきた。そんな自分があげた時計を、彼女は壊れてもベッドに置いていたのだ。
彼は震える手でその置時計を手に取る。
しかし、思ったよりも重くて落としてしまい、時計は二つに分解した。
その時、病院では男の妻の容体が急変していた。ナースや医者が慌てて駆け付け、緊急オペが行われることになっていた。
男のスマホは鞄の中にあり、彼は電話の着信には気づいていない。
男は落として割れてしまった置時計を見る。そこには時計ではないものがあった。
「指環......」
床に転がっているそれは、指環だった。何か気になり、床で割れた置時計の他の部分を怪我しないように拾ってみる。
「お前もしてたのか......」
床には、男の知らない指環とこれまた知らないネックレス、さらに分解された置時計。そして、男女がキスする写真......。
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