追放side カムイの視点 役者が揃い
ようやく拝んだ最下層は何の変哲もない殺風景な、広いだけが取り柄の空間だった。
そう思っていたのも束の間、まもなく全身の寒気を呼び起こすようなどんよりとした黒い渦が出現し始めた。
「な、なんだこの殺気は――」
「くっ。これが魔神の力か……!?」
《何者であるか。脆弱な人間どもよ》
満を辞して登場した魔神――ドラゴガイア様はルビーのように透き通った深紅の肉体にゴツゴツとした先端の黒い棘が飛び出しているいかにも強そうな見た目をしていた。
古龍とはこいつのことか、はたまたあそこで鎮座していたクリムゾンドラゴンのことか。
これまでのモンスターと違っていたのはその圧倒的な威圧感、雰囲気、空間を圧迫し続ける存在感であった。
こんなやつとは未だかつて遭遇したことがない。
正直勝てるとか勝てないとかそういう次元に無い。
むしろ捕食されるのは俺たち。
いかに深紅の薔薇が化け物揃いとはいえ、本物の化け物には勝てないだろう。
現にこいつらはさっきまでの余裕を無くして焦っているようだった。
アンルシアの剣は震え、額からは汗が滲み出していたが、それでも目の前の魔神に立ち向かって攻撃を開始した。
《絶息》
「ぐわあああっ!!」
魔神の口から周囲に向けてとてつもない竜巻が舞い上がり、俺たち全員を軽々と岩場に叩きつけていった。
あまりにも勢いが強すぎたのか、俺はというと頭から血を噴き出してしまっていた。
くそ。二度も俺に高潔な血を垂れ流させるなんて。
だが俺以外の化け物どもはなんとか立ち上がって戦闘を継続していた。
「【神嵐魔法】!!」
「【雷撃熱風】!!」
「【閃光爆撃魔法】!!」
「【氷槍】――【永遠なる深淵の冷気】!!」
《無駄だ》
四人の圧倒的な複合魔法の攻撃にも、魔神の羽ばたきひとつで全て無にかき消されてしまった。
全員が重症を負い、ついにどうにもならなくなってしまった。
ははは。ほれみろ。
でかい口叩いていた割にはやっぱり大した事なかったじゃないか。
散々偉そうな講釈垂れておいて、いざ魔神と戦ったらこの程度か。
「まだだ……!【超級回復魔法】!」
アンルシアの回復魔法で全員が立ち上がり、もう一度攻撃を再開しはじめた。
おいおい。それ以上は何をやっても無駄だっつの。
大人しく死んだフリでもしとけばやり過ごせんだろ。
と、ついさっきまでそう思っていたのだが、どうやら今度は深紅の薔薇が追い込みを始めたようで、魔神はさっきみたいな反撃に転じるも対策をされ、反対に怒涛の連撃を浴びてそのツノを叩き落とした。
魔神の黒く逞しい角の欠片が舞い落ちる。
ふと俺に一つの考えが浮かんだ。
そうだ。これを持って帰って俺が魔神を倒した事にしてしまえばいいのだ。
こいつら今はなんとかやっているみたいだが、魔神も魔神でその受けたダメージを瞬時に再生してしまっているし、おそらくこの後勝つのは魔神だろう。
ならばこの勝負を捨て、俺だけ帰ったとしても何ら問題はなかろう。
いやむしろ魔神さんがこいつらを跡形もなく消してくれれば、目撃者は消えクエスト達成は不可。その後他の連中に入られる心配もなくなる。
今この戦法が取れるのは奇跡的にこの俺をおいて他にいない。
やれやれ。こいつらが魔神とある程度渡り合える化け物で助かったよ!
普通ならここでパーティーもろともこの魔神に消し炭にされてしまっていたことだが、合同パーティーの強みだ今はこいつらがいる。
向こうでは『戦死しました』とでも言えばどうにでもなる。
まずは結果を見せることだ。
このツノは正真正銘今さっき魔神から転げ落ちたもの。
これを見て俺たちが嘘つきだと罵るものはおるまい。
そんな奴がいればそれは紛れもなく『無知』の大罪を掲げる愚か者だ。
今がチャンスだ。少しづつ。8層までは通用したこのひっそり歩き戦法を使って逃げれば……。
「おい。お前どこにいく」
まずい。勘付かれたか。
だが言いようはいくらでもある。ありすぎて困るくらいだ。
「す、すまねぇ。俺じゃとても足手まといになりそうだ。上にいるミシロに今助けを呼びに行ってくるぜ」
「だったらその手に持ってるものはなんだ?」
ちっ。いちいち余計な事に気が付きやがる。
「まさかそれをもってこの場をトンズラ……なんてするんじゃなかろうな?」
「ま、まさかそんなことするわけないだろ?」
ふっ。お前らにはその真偽が図れまい。
なぜって?これほどの相手をするのに俺一人に対して監視や見張り役をつけてしまえば、それだけでこの場のパワーバランスは一気に崩れ去り、結果としてパーティーは崩壊する。
つまり深紅の薔薇の誰一人、この場を抜けることができない。
故に俺がこれからどこに行こうと、その真実を知ることは敵わない。
方法があるとすれば、この馬鹿みたいに強い魔神を撃破すること。
そんなこと絶対できない。
お前らの浅知恵でこの俺を出し抜こうたってそうはいかない。
このツノを置いていかせてこの場に俺を縛り付けたいんだろうが。
ほれほれちゃんと前見てないとやられちまうぞ?
「くっ……アンルシア!早く攻撃を!」
「仕方ない……ここは何としてでも生きて帰るぞ!」
「おーっ!」
そうそうその調子その調子。
バーカ。お前らが生き残れる可能性なんて万に一つ足りともあるわけないだろうが。
だが、ここでお前ら全員がこの俺を監視するために抜ければ、それはクエストの途中脱退を意味する。
怒りに震える王によってお前ら全員Cに降格――いや、俺の前例があるせいでよりお怒りになられる分を想定するとEだな!
どっちにしろ俺は構わない。動かぬ証拠さえ突きつければ、あとはいくらでもやりようがあるってのは、皮肉にもお前ら自身から高い授業料払って教えてもらったよ。
そうだこいつらが死ねばついでに俺の言ってた言葉を記録したものも全部消えてくれるじゃないか。
ははは。なんたる幸運か!
まだ見放していなかったのだな!
これが最後のチャンスだ。こいつを手に俺は地上に出る。
なんとしても出てみせるんだ!
我ながら凄まじい勢いで10層付近までよじ登っていく。
このツノに結構な波動でもあるのか、それともあいつらがボコスカ道中のモンスターを撃破していったからか、ここまで全く魔物に襲われることなく、危なげない進行が可能となった。
この点も俺が神によって愛された運命の子である証明だろう。
とりあえずあのミシロや仲間連れて適当にここを抜けてギルドに直行する。
へっ。楽しみだぜ。
「ぐあっ!……いってーな誰だよ!!前くらいちゃんと見――」
「何だこいつは。なあお前よ消してしまっても構わないか?」
「あ、あわわわ」
俺がぶつかったのは魂も凍りつくような不気味なオーラを放つ人ならざる女性だった。
すらっと痩せ細った華奢な手足、紫色の妖しげな唇。
美しく長い銀の髪をなびかせて、やや紫がかった肌を覗かせながらどんと立ち尽くしていた。
《これこれ待てジャーク。お主……いや妾たちが倒すべき強敵はこの先にだな……》
「やれやれ。一難さってまた一難か。全く退屈しない人生だな……ん?あいつは……」
「あっ、何か見つけましたか?……って!!もしかしてあの人……ロシュア様!」
そこには聖女やらエルフやらなんか火の精霊みたいなやつまでいっぱい美女が揃っていた。
なんだなんだこいつら。
それに今、ロシュアとか言わなかったか?
「えっ、誰か居………………」
「お、お前…………ロシュアか……?」
これがもし夢でないとするなら、とんでもない幻覚もいいところだった。
そこには本来いるはずのない、万年荷物係の無能ことロシュアが馬車と仲間たちを引き連れていやがった。
お、おいおい。いよいよ狂ってきやがったぜ。
なんであいつがこんな超難関ダンジョンにいやがるんだ。
続きが気になる方、
面白いと思っていただけた方は
☆☆☆☆☆で応援お願いします!
ブクマ、感想、レビューなども
いただけると嬉しいです。




