お屋敷へいらっしゃい!!
「さーてこれからどうしようか」
「そうですね……式場の予約に、指輪の準備、新郎新婦の衣装揃えにやることが目白押しです」
「結婚関連からひとまず離れよ!?」
すっかりブライダル気分のところ悪いけど。
それにまだ結婚できる年齢に達してないから僕。
旅立ちの目処もまだ何も立っていないので、とりあえず僕らはギルドに立ち寄ってから昨日の貴婦人――リリザさんのエトナーゼ家に顔出ししようかな。
まだちゃんと挨拶に伺ってなかったし。
というわけで、またまたガーベラさんのいるギルドに入っていった。
流石にまだ昼ごろだからか、酒場は繁盛しておらず「眠らない街」としての顔は鳴りは潜めていた。
「あっいらっしゃーい」
可愛らしくうさぎの耳をぴょこぴょこさせながら、受付のガーベラさんが出てきた。
「あらあら随分と仲睦まじいことで。見せつけてくれますなぁこの色男っ」
「囃し立てないでください」
からかわれたのはいつの間にか僕の腕にターシャさんがくっ付いていたからだ。
女の顔全開でハート飛ばしながらやってきたのだから誰だって恋仲だと思うことだろう。
「ええとですね……昨日ここに来てたご婦人――そうリリザさんのお宅ってどこかわかりますでしょうか」
「あぁそれでしたらお安い御用ですよ。お礼の受け取りですよね?今朝婦人が『うっかり住所を伝え忘れていた』って彼が来たらぜひ呼んで欲しいと……」
そうだったのか。
朝僕たちはというと、朝食のトライアンドエラーを繰り返していた頃だ。
ずっと待たせてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
あっちだって別に暇じゃないのに。
ガーベラさんが数秒で用意してくれた地図によると、リリザさんのいるエトナーゼ家はこの街でも一際大きなお屋敷であった。
「でっかいなー」
青い屋根にお洒落な街灯の並び立つ洋風のお屋敷だ。
街中だというのに噴水とか手入れの行き届いたお庭とか置いてあるんだから、完全にそこだけ異様な存在感を放っていた。
ドアの前には老齢の執事さんが立っており、僕たちを視認するとスタスタと歩いてやってきた。
「失礼ですがどちら様でございましょうか」
「あ。はじめまして。僕はロシュア。昨晩、盗賊の一団からここにいらっしゃるリリザさんのお荷物を取り返した折に、婦人からこちらに是非と……」
「承知致しました。すぐに確認して参りますので少々お待ちください」
そして彼は丁寧にお辞儀すると、お屋敷の中に入っていった。
やがて1分もしないうちに執事さんとリリザさんが飛び出して来て、僕たちを暖かく出迎えてくれた。
「まぁよくぞきてくださいました私の救世主様! 私の至らないミスで場所も分からないまま苦労をかけてしまいすみませんでしたわ」
「い、いえいえとんでもないです。こちらこそ招いてくださり感謝と光栄の限りです」
緊張で自分でも何言ってるのかよく分からなくなってしまった。
ぎこちなく体を折り曲げて頭を下げていると、リリザさんが僕の手を引いて屋敷の中に案内してくれた。
「さっ、どうぞこちらに……」
お出しされた席は豪華な金と赤で彩られた椅子が設置されており、テーブルは部屋二つ分くらいをぶち抜く縦長のものであり、あちこちから高級感を漂わせていた。
「き、緊張しちゃうねターシャさん……」
「ええ……こんなに立派なお屋敷に入る機会なんて滅多にありませんので……」
僕たちは田舎者同士、きょろきょろと貴族のおわす空間を眺め回していた。
もうこの鑑賞だけで丸一日経ってしまいそうだったが、すぐ婦人がこれまた艶やかな3人の女性を連れてやってきた。
「どうも。こちら右から娘のジル、次女のレミそして三女のキアでございます」
「お初にお目にかかりますロシュア様。私はジル。この度は我が王家の積み荷を取り戻していただき、誠にありがとうございました。心より感謝申し上げます」
「ど、どうも」
ジルは美しい黒真珠色の髪をしており、とても長かった。
耽美な顔立ちにこれ以上ないほど彼女のために仕立てられた荘厳な黒いドレスがなんとも上品な空気を出していた。
隣にいるレミは金髪で、ジルに比べると背が少しだけ小さく、全体的に子供っぽい印象が見受けられた。
こちらが目を向けるとやや固い笑顔で「ありがとう」とだけ言ってくれた。
最後のキアは所謂ロリ枠であり、大人なジル、少女くらいのレミとくれば彼女は幼女といったところだ。
ちっちゃな青い髪を揺らして「あいがと!」と舌足らずな言葉で元気に話してくれた。
うむ。どれも可愛い。
しかし僕が彼女たちエトナーゼ家三姉妹に癒されていると、隣ではターシャさんがめらめらと黒い炎を上げて彼女たちを睨んでいた。
ちょ、やめようよターシャさん。
そんな目で見つめたらみんな怖がっちゃうよ。
全員が集まったことで、リリザさんが早速話を始めた。
「本当にお礼申し上げますわロシュアさん。あれは私たち王家にとって非常に価値のある重要な遺産でございましたの。……憎いことに私たちがちょうど留守をして、守備が手薄になったところを狙われてしまいましたの。……留守さえしていなければあんな連中なんて……」
そういう彼女の拳は硬く握りしめられており、ポキポキとそれはそれは貴族の女性が出していいようなものじゃない音を響かせていた。
「それで……何か褒美を受け取って欲しいのですが……何がよろしいでしょうか?」
「いや、ほんといいですよ。昨日お金までいただいちゃったし。これ以上もらっちゃうと、そちらの方が削られすぎてしまうよ」
「まぁ。聞きましたかレミ、キア。なんて高潔で無欲な美しい人なんでしょう……お母様の仰る通りのお方でしたわね」
「そうですわねお姉様。人間が出来すぎておりますわ」
「うーちゃんしゅごい?」
「そうですわよキア。人のために自分の欲望を抑え込むのって、できるようでなかなかできないとっても難しくてすごいことなんですよ」
まだ何のことかよくわかっていないであろう年代のキアにも、優しくジルは彼女の頭をなでなでしていた。
「うーちゃんしごい!!」
そういって彼女は今度、僕の頭を撫でようとしてきた。
彼女と同じ背丈にまでしゃがんで頭を突き出し、幼い彼女の小さな小さな手が頭をくすぐった。
頭を撫で回すのに満足した幼女は姉の元に戻っていった。
それを見て何やらターシャさんがお怒りのご様子だった。
なんだろう……ターシャさん、もしかして子供嫌いなのかな。
「でも困りましたわ。恩人にそんな……」
「うーん……あっ、でしたらあちらの花瓶をくださいよ。知り合えた記念に」
僕が指さした先にあったのは、怪しげな紋様が描かれた奇妙な壺だった。
「まあいやだわロシュア様。これ花瓶じゃありませんわよ」
「えっ?」
「これは『封印の壺』でございます。私の王家が代々伝えてきた代物でして……中には精霊が封じ込まれているとか」
母の解説に付け足すようジルも話に参加し始めた。
「その壺の封印が解かれる時、それすなわち勇者の登場する時だと言われております。私たち一族はその壺を誰にも傷つけさせず、安全にその日が来るまで管理する役目がございましたの」
「つぼわっちゃめよ。め!」
キアちゃんも、ぴょんぴょんと飛び上がりながら精一杯力説してくれた。
「そんな大事なものでしたら受け取れませんね」
それほどすごいものか。
どんなものなのか一度見てみようかな。
僕がその壺に触れると、辺りに眩い光が放出されていった。
「な――なんですの!?」
「わあああっ!」
微かに眺めてみると、光っているのは壺の方だった。
周囲が白い光に包まれた後、僕はようやく目が開けられるようになった。
ふと壺を見ると、さっきまでは存在していた蓋が綺麗さっぱりなくなっていた。
「ど、どういうこと……?」
すると次にちょこんと頭に何か暖かいものが乗っかった感覚がした。
《ふぃー。やっと出てこられたぞよ。一万年間もじーっと入ってたから息苦しくて敵わないわい》
何か喋るような声が聞こえたので、近くにあった鏡を見てみると、赤い竜のようなツノを生やしたちっちゃな女の子が僕の頭の上に乗っていた。
手乗りサイズくらい小さかったが、細部は美少女そのものといった整った顔立ちをしており、また子供特有の可愛げのある丸みを帯びた顔つきにもなっていた。
それを見かけた婦人が叫び出した。
「も……もしや貴女は伝説のサラマンダー様では!?」
「さ、サラマンダー!??」
といえばあの伝説の。
火を司る龍だか精霊だかって言われてるあの。
精霊様は僕の頭の上がお気に入りなのか、生えた翼で飛び立とうともしなかった。
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