巨大なワームとドワーフおじさん
壁一面に広がる宝石ワームの身体によって、完全に立ち往生してしまった。
よくよく身体の先っちょをみればワームの口のようなものが見える。
ワームは宝石以外のものを飲み込まず鋭く尖った牙もない。
丸呑みした宝石をそのまま体内に溜め込んで栄養にし、死期が近づくと繭を作って子供を生み出すという習性がある。
これほどの大きさのもの……マザーワームだろうか。
こんなにも巨大なワームは初めて見た。
ワームは通常大きくても全長5メートルから10メートル前後。
人間一人いれば抱え込める程度の大きさだ。
異常発達したワームで15メートルの世界記録が存在するのだから、眼前のこれがいかに規格外で途方もない大きさなのか分かる。
「どうしましょう……いっそのことこれも持って帰っちゃいます?」
「いや無理だろう。アイテムボックスにも入りそうにないし、仮にゴリ押しで無理くり詰め込んだとしてもこんなものギルドで納品したら建物が倒壊するぞ」
持ち帰るなんて発想はなかったので、それに対するリーネさんの冷静な意見も含めてなんだかおかしかった。
まあ笑ってる場合ではないが。
「どうしてこんなものが……ターシャさん、どうしたの?」
「このワームさん……なんだか苦しそうです」
彼女は洞窟の壁のようなワームの身体に手を触れて耳を当てていた。
よく見るとこれまで見てきたイキの良い俊敏性を誇って僕たちを苦しめたワームと違って、大物ワームはぐるぐると唸っているだけでそこから動こうともしていなかった。
苦しんでいる――とすれば妥当な表現だと思う。
怒っている……可能性も無くはないが。
「何か聞こえてきますね……『助けて……助けて』って言ってます」
「どれどれ」
ワームの腹部に耳を澄ませると、確かにか細い声で助けて……と言っているような声がした。
はて。ワームから発せられた声だろうか。
「もしかしたらワームの体内に誰かいるのかもしれないな……」
「まさか……でもそうだとしたら……」
とりあえずワームの口内に入っていく。
口を持ち上げると大きな食道へ通ずる入り口のような穴が開いている。
「え!?ま、まさかロシュア様この中に入るんですか!?」
「大丈夫だよ。宝石ワームは人間を飲み込んでも溶かしたりはしないからさ」
「そ、そういう問題じゃなくて……第一戻ってこれるんですか?」
「多分転移魔法使うから問題ないよ」
そう言うと全員「あー」と納得したような声を上げて手を打った。
しかしターシャさんが不安がるのも分かる。
なんかもう粘液に飲み込まれてベトベトになりそうだし、入ったら二度と戻れなさそうな感じがするもの。
中に人がいるかもしれないし、何があっても不思議ではない。
気を引き締めて進んでいこう。
「じゃ行ってくるね」
そうしてズルズルとワームの中に入っていった。
口を閉じた瞬間周囲は完全な暗闇になり、すぐ【閃光魔法】を使って道を照らす。
「うわっ。色んなもの飲み込んでるなぁ……」
この大きさのワームだ。移動するだけで口の中へ勝手に物が入っていくのだろう。
体内の宝石に混じって屑鉄の破片や鉄パイプにガラクタひしめく宝庫となっていた。
このワーム外に出た事があるのだろうか。
あるいは馬車で入ってきた冒険者たちを誤飲してしまったとか。
ふと足元を見ると車輪のような物があった。
大きさ的に馬車のものかもしれない。
普通は転移魔法とか無いだろうし、こんなバカでかいワームに高速で動き回られて飲み込まれたらひとたまりもないだろう。
しかし周囲を見渡しても人骨や旅人が居たような形跡はない。
もっと奥に飲み込まれてしまったのだろうか。
「おーい助けてくれぇ」
歩き続けていくと、うっすらと低い声が聞こえてきた。
「誰かいるぞ……!」
感知で探ってみると、ちょっと小さめな生体反応が確認できた。
大きさからいって小人。子供にあんな野太い声は出せないだろうから大人。それも男。
駆けつけた先ではワームの体内に引っかかってぶら下がっているドワーフのおじさんがいた。
「大丈夫ですか!?」
「おお。よもやこんなところで人間に会うとは!!キミもこのデカブツに飲み込まれたクチだろうが、ちょっと助けてくれないか。上の方を切ってくれれば落ちられると思うのだ」
ワームの体内は粘液性に富んでいるが、ベタベタしているというだけで人間のみならずとりわけ生物全般には無害なものだった。
しかし引っかかってくっついてしまうと中々取れないのでワームの食べた物に押されて巻き込まれてしまったら一巻の終わりだ。
上の方の粘液を軽く炎魔法で炙ってみる。
糸のような粘液は焼け落ちて千切れ、取り付いていたおじさんを地面に開放した。
「はーはー……いやぁ助かった若者よ。地獄に仏とはまさにこのことだなわーっはっはっ!すまないすまない。ワームの洞窟を探検しておったらこいつがおってな。昼寝しておるところに侵入したら突然目を覚ましおって飲み込まれてしまったという訳じゃよ」
「そうだったんですね」
「いやあ面目ない。ドワーフも木から落ちるなんてよく言ったものだよ。やれやれ、油断大敵というやつじゃな」
こんな巨大モンスターの体内を探索しようなんて随分とパワフルなおじさんだ。
おじさんはドワーフ特有の三角帽子にとても長く垂れ下がった鼻、とんがった耳に白いお髭を蓄えていた。
大きさは人間の子供のように小さいが、手先は大人顔負けの器用さを誇る種族で、ズボンのベルト周辺には様々な道具がぶら下がっていた。
おじさんは助けてもらったお礼を何度も言って、屈託のない笑顔を向けてくれた。
「おじさんも冒険者なんですか?」
「昔はそうだったよ。今はただの自由人さへへ。最近武器作ってるだけじゃ稼ぎが少なくてな。とても食ってけねえってんで副業チマチマやって食い繋いできたのさ。その一環でたまたまここに訪れたらこいつがいたもんでな。ちょっくら【核】でも売っ払ってやろうかと思って侵入したはいいが、この様よ」
「コアを?」
【核】とは人間以外の生物の中に眠る心臓みたいなものだ。
そこではマナの生成や栄養の循環が行われ、生物が生きる上で必要不可欠な活動を司る命の源だ。
このコアと呼ばれるものを収集しているブローカーや冒険者も一定数いるようで、珍しいモンスターのコアは高値で取り引きされるという。
こんなにも大きな種のコアならさぞ特大で、とても珍しい代物となるだろう。
「でコアは見つけたんですか?」
「いや。ただ俺の長年のカンではこの先にあるとみた。そこで物は相談なんだがよ人間の兄ちゃん」
「はい」
「俺と一緒にコアの捕獲にちょっくら協力しちゃくれねぇか。勿論タダでとは言わねえ」
「いやタダでいいですよ」
「そーはいかねぇさ。危ねえところを助けてもらった義理もある。コアそのものを渡すってのは難しいが、どうだ。売値の4割をお前さんにやろう。さらに今ならこのドワーフ7つ道具もプレゼントだ。良い話だろう」
「あ、いや……まぁそれでいいですよ」
本当は別に何もいらないんだが、渡すと言って聞かなそうだから一応貰っておくとしようか。
「よーし、それじゃ話は決まりだ。俺はオズワルド。よろしくな」
「僕はロシュアです。よろしくお願いしますオズワルドさん」
ドワーフのオズワルドさんと超変異種ワームのコアを目指して、新たに体内探索が始まった。
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