朝食は一日の源だねっ!!
「おはようございます、ロシュア様!」
「やぁ……ふわぁああ……おはようターシャさん。早起きなんだねてどわあああああああっ!!」
朝の寝ぼけた頭を吹き飛ばすほど強烈な光景が広がっていた。
聖女様、まさかの裸エプロン。
剥き出しの背中に十字に交差した白い紐、ふりふりのフリル。
お尻を突き出して左右に誘惑するように振っている。蜂かな?
幸いハートマークの生地で覆われていたから丸見えにはならなかったが……出歩けば間違いなく痴女認定され、どうされても文句は言えないくらいぶっ飛んだ格好だった。
彼女は忙しなく目を泳がせながら左右の人差し指をくっつけては離しを繰り返していた。
「どどどどうしたのさそんな格好して……!」
とにかく僕はただただ彼女のあられもない姿からひたすら目を背けることしかできなかった。
顔を覆っていた枕を取り上げられ、彼女は照れ混じりの微笑みを浮かべた。
「昨日仰ってくれたじゃありませんかぁ〜『ずっとお前のそばにいてやるよターシャ……俺と結婚しよう』ってぇ!」
「いやそこまでは言ってませんけど!?」
第一僕の一人称「俺」じゃないし。
めちゃくちゃ遊び慣れたイケメンみたいになってるじゃないかそれ!
しかもどさくさに紛れて求婚したことになってるし。
ふざけるな。球根の栽培しかしたことないわ。
ターシャさんからはどうも僕がこのように見えているらしいことが今の会話で判明した。
なんかこうすごく申し訳ないが、それはちょっと理想が高すぎやしませんかね……?
後から僕の人となりを知ったときに絶望の淵に叩き落とされそうだが。
「さっ、ロシュア様……いえ、旦那様」
「だから旦那じゃないって」
「ご、ごめんなさい……そうですよね、私ごとき淫猥な豚めが神聖なるロシュア様をあろうことか〝旦那様〟呼ばわりするなんて……身に余る罪ですよね?さっ早くこのフライパンでお尻をどうか……」
「違うの部分、どこから適用されるんだろーなーこの場合……」
というかお尻ってなんだお尻って。
叩けと?その分厚そうな鋼鉄のフライパンで。
多分痛いじゃ済まないし、フライパンはそんなことするためのものじゃないぞ。
「あっ。そうそうロシュア様はここで待っていてくださぁーい。私が未来の旦那様のために朝食の用意を致しますからっ」
「そ、そんないいのに……」
「遠慮なさらずに!私こう見えても料理は得意なんですよ〜うふふ」
そう言って彼女はウキウキ気分全開で寝室から出ていった。
いや待て。
「その格好で外に出るのはまずいよターシャさん!服着て!!」
コートを押し付けられた聖女様は不満げに膨れっ面を浮かべていた。
いや……恥とかそういうのはないのか。
利用客は僕らだけじゃないというのに。
ともあれなんとか露出魔に服を着せて一安心した僕は、朝食が出来上がるのを待っていた。
ところが、かれこれもう2時間ほど経過していたが、一向に彼女から知らせがこない。
なんだろう。そんな朝から王家のフルコース並みの超大作とか作られてないだろうか……。
いや。あの聖女ならやりかねん。
待っていろと言われたが、流石に少し気になったので覗きにいくことにした。
すると厨房の方からは「熱いいっ!!」とか「きゃっ手を切っちゃったぁ〜!」とか「痛い痛い助けてぇええ!」など、彼女のものと思わしき阿鼻叫喚の地獄になっていた。
「ターシャさん大丈ぶべら!」
飛び込んだ僕の顔にさらに飛び込んできたのは熱々の卵(フライパン付き)だった。
「あっ、ごめんなさいロシュア様!お怪我はありませんか!?」
せっせと彼女は僕の顔にこびりついた黒焦げの卵とフライパンを取り除き、綺麗な布巾で拭いてくれた。
その手を見ると夥しい数の切り傷が歴戦の戦士の如く刻まれており、指先には血が滲んで真っ赤な包帯がぐるぐる巻きになっていた。
「……ど、どうぞお召し上がりくださーい♡」
「………………ナニコレ」
そこに出来上がったものは最早「卵」でも「野菜」でもない、得体の知れないものすごい黒い〝何か〟だった。
恐る恐るスプーンで救ってみると、骨でも溶かすような溶解液のじゅわぁという音と共に、持っていたスプーンの先っちょが熱でぐにゃりと歪んで食事をこぼした。
「え、えへ?ちょっと失敗しちゃったカモ……」
舌を出してついついやっちゃったアピールなどしていたが、可愛い。
いや最悪なことに可愛いだけだそれは。
数時間前に呟いていた彼女の「私料理は得意なんですよ」発言は一瞬のうちに抱いた期待と共に砕け散っていった。
机の上にこぼれ落ちた黒い何かを啜ると、この世のものとは思えない味と腐りかけの死体の肉のような臭いがした。
おい。一体全体何を間違ったらこうなるんだ。
「す、すみません……その、この『誰でもできる!!お料理本』片手にですね……ロシュア様の好きそうなハンバーグを作ろうとしたんですよ〜……ところがなんと材料に書いてあった『お肉』が無くてですね〜仕方なくその辺にいたワイバーンの首を混ぜてですね――」
「おい。色々おい」
材料が無いからって適当に代用しちゃダメだよ!
ていうか何ワイバーンって!
その辺にいたぁ!?それ獣人とかじゃなくて?!
「やたら肉が硬くて切れなくて大変でしたよ……あと火加減を間違っちゃったのかな〜……えへへ。で、でもでも卵焼きは個人的には成功したと思うんですよ!……無くなっちゃったけど」
「切る前に気付こう??」
次回からその本は『誰でもできる』の部分を削除する必要があるな。
もう仕方ないのでこの惨状をひたすら片付けていき、僕が料理をすることにした。
ほとんど材料はもぬけの殻になっちゃったみたいだけど、幸いにも数個の卵とまだ手をつけられていないベーコンがあったので、それを使って朝食タイムとすることにした。
木の椅子に座った彼女が、ベーコンの焼ける美味しそうな匂いを嗅いで幸せそうな顔をしていた。
「いいにおい〜……もしかしてロシュア様って、料理もできるんですか?」
「まぁね……これでも前のパーティーで炊事担当だったからっ!」
しかし仲間に振る舞っても微妙な顔つきをされていた。
決してうまくもないしまずくもないよねみたいな。
というか、飯なんかもうどうでもいいからとっとと旅しようぜ!!な血の気の多い連中だったものですから。
「さっ、できましたよ聖女様……ロシュア特製フライドエッグにベーコン炒めです」
「はわあああ〜とっても美味しそうです〜お先に頂いてもよろしいですか?」
「うん。感想聞かせて欲しいな」
「いただきまーす!」
皿ごと食べ尽くそうとした勢いで彼女は丸ごとエッグとベーコンを飲み込んだ。
熱々だったので、何度も白い息を吐き尽くしながら彼女は涙ながらに叫んだ。
「美味しいいいいいい〜!!えっ?こ、これ今作った奴ですよね?!本物の料理店みたいですよ〜!すごいです!天才です!」
「そんなに褒められると照れちゃうなぁ」
今までこんなに美味しそうに人に食べてもらったことなんてなかった。
まあただの卵とベーコン焼いただけなんだけどね。
大好評でおわった朝食を終え、僕たちはそろそろ宿を出ることにした。
するとぐううとお腹の奥から食事を求める音が鳴った。
「はあぁ……」
全部ターシャさんの分になっちゃったから、僕の分はなかったんだ。すっかり忘れてた。
僕も何か食べなきゃな……。
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