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裸の王様

 その男は孤独であった。

 目が覚めてからというものの、行く当てもなく一人で森に草原に荒野を独り歩き回っていた。

 男には何もわからなかった。

 自分はどこへ向かっているのか。この世界は何なのか。

 何もかもがその男の生きた世界とは異なっていた。


 空は青いし、森は生い茂っている。そこは変わっていない。


 が、あちこちが記憶にないものばかりだった。

 男にとっては街の宿屋に設置された看板一つとっても全くもって新しい。


 道行く亜人たちも彼にとって物珍しい存在ばかりだ。

 ワイバーンなどの龍人種、猫のような獣人や半妖の生物など。


 ――何だこの世界は。新しい。

 余以外の雑種がこうも多種多様に溢れかえっているのか。


 男はにやけ笑いを止められなかった。

 好奇心からあちこちを触ってみたり、うろついてみたりした。


 男が周囲の人間から一目も二目も置かれているのは、奇行のせいだけではなかった。

 まず男の風貌は世にも珍しい全裸であった。

 いや――正確にはほぼ全裸。


 一枚の世界樹の葉のみが男の股間部に置かれてあるのみで、ほとんど全裸とであることは疑いようがなかった。

 人々は彼のそんな非常識が過ぎる姿を見て口々に囁き合っていた。


 なんだ――。

 余の顔が珍しいわけでもなかろう。

 それとも溢れ出るこのオーラに目を奪われてしまって仕方がないというところか。

 ならば許そう。本来なら愚民風情があんなにもじろじろと眺めることは許されない蛮行だが、人間とは本能には抗えぬ生き物であるが故。

 神に代わり余が許可しよう。存分に堪能するが良い。


「ちょっとキミ。なんなの服も着ないでうろうろして」


 男を止めたのは複数の憲兵だった。

 真っ赤な隊服に身を固め、進撃を止めない不審者に対して力で止めていた。


「何だ。余に質問しているのか?」


「当たり前だ。他に誰がいる」


「ふっ……。これは驚いたな。まさか余に向かってそのような口の利き方をするとはな。死罪でもおかしくないほどの大罪であるが、その人間にあるまじき豪胆さに免じてお前の要望に答えるとしよう。ありがたく思え」


「はぁ?」


「さっきお前は聞いたな。『余がなんなのか』と。覚えておくが良い勇気ある下民よ。余は唯一無二の王である」


「いや……何わけわからないこといってんの。裸の王様じゃあるまいし……」


「ククク……そう。『裸の王様』……それが余の力の根源だ」


「ちょっとすいません。怪しい薬物常習犯のような男を捕らえました。はい今連れて行きますから少々お待ちを」


 男は複数の憲兵たちに囲まれてしかるべき機関に連行されようとしていた――まさにその時だった。


「いやあああっ!助けてえええ!」


「!な、なんだ!」


 遥か遠くの先で、1人の人間の女性がワイバーンのような亜人に襲われそうになっていた。


「グヘヘ……お前みたいな軟弱で生産性も存在価値のない劣等種は、俺様みたいに強くて逞しい龍人種の子種をありがた〜く宿して死ぬのだ。この上ない光栄だろう」


「くっ、おい!全員ただちにあのワイバーン種を捕らえろ!!」


 そうして男についていた憲兵も皆一様にワイバーンの方へ向かっていった。


「おい貴様!憲兵隊の前で女性に乱暴しようとは随分な様子だな!」


「抵抗はやめろ!大人しくすれば手荒な真似はせん!」


「あぁん?うぜぇんだよ人間が!!」


 ワイバーンがひと咆哮上げただけで、周囲の憲兵たちは吹き飛ばされ、大地にはヒビが入っていった。


「ぐわぁあ!」


「てめぇら人間ごときが俺様みたいな最強の龍人種に楯突こうなんざ100年早ぇ!!こうなりゃてめぇらを見せしめに一人一人ぶっ殺していってやるぜ!!覚悟しろ!!」


「くっ……なんという強さだ……!」


「どうすればいい――……!おい!キミ!!何やってるんだ下がりなさい!」


「黙って余に任せろ」


 男は台風の中心部に向かって臆することなく突き進んで行った。


「なんだぁ?てめぇは……すっこんでろ!!これが見えねーわけじゃねぇよな?」


 ワイバーン獣人はサーベルを振りかざして男に見せつけた。

 男は少しも動じず、むしろ自分から刀に向かって接近していった。


「おいおいこいつ頭いっちまってんじゃねぇのか?服もマトモにきてねーしよ!ばはははは!これだから人間ってやつはバカで笑わせてくれるぜ!」


「お前。その女をどうするつもりだ」


「へっ。決まってんだろ。ボコボコにぶち殴ってから犯し続けるのよ。人間の女はいいぜぇ!!首を絞めるたびに締まりが良くなってよぉ!!即イッちまえるんだぜ?へへへ!」


「ほぅ……つまりは強姦か」


「そーゆーこった。分かったら黙っておうちに帰ってろ」


「家か……そんなものはない」


「だったらここをてめぇのおうちにしてやるぜ。墓場だけどなぁ!!」


 ワイバーンの獣人は勢いよくサーベルを男に向かって突き立てた。



 だが、獣人は男の額一歩手前で刀身を止めると、そこから動けなくなっていた。


「な、なんだ……何しやがった!!か、体がうごかねぇ……!!」


「『(ひざまず)け』」


 男がそう言うと、その場にいた全員が一斉に地に頭を伏した。

 襲われそうになっていた女性さえも例外ではなかった。

 しかも、男が声を出したのとほぼ同時の出来事であった。


「く……妙な術使いやがってぇ……!!」


 その場に立っていたのはただひとり――その男だけであった。


「頭が高いぞ龍人の愚民よ。余に家はない。――言うならばこの世界全てが余の家である」


「な、何をバカなことを言ってやがる……!!」


「そう――この世界に溢れる『空気』も、『魔』も、『精霊』や『自然』にあらゆるものが皆等しく余の前で頭を垂れるのだ。なぜだと?」


 大気をそこにあるかのように男は掴んで歪めていた。


「それは余がこの世界に存在する正真正銘ただひとりの王であるからだ。それ以外の者は王ではない――王と呼ぶのに値しない。故に余以外は愚民であるのだ」


「ふ、ふざけんじゃねぇ……ごっ……がっ!く、苦しい……!」


 ワイバーン獣人は突然息ができなくなったかのように苦しみ始めた。


「言ったであろう。空気さえも余が支配すると。この空間では余のみが立つことを許され、余のみが何でもすることができるのだ。こんな風にな」


 男が空間を紙かなにかのように引き裂くと、そこからどこまでも黒い裂け目が生じ、服や刀などさまざまなものが吸い込まれていった。


「な、なんてやつだ……!」


「なにがどうなってんのよ!」


「ぎっ……が、苦しい……」


「ふむ……少々耳障りだな愚民どもよ。お前らの『音』を徴収するとしよう」


 男は指を天に向け、真っ直ぐ割るように縦一直線に下ろした。

 すると男以外から発せられる音という音が全て消えて静まり返った。

 音が失われたとも知らず、その場のものたちは必死で叫び声をあげようとぱくぱくしていた。


「余は王である――『裸の王様(オーバー・ロード)』と呼ぶが良い」


 裸の王様はゆっくりと優雅にワイバーンの元に近づき、彼の頭に足を置いた。


「この世界の女は全て余の所有物である。それに手をかけたお前の罪は山よりも重く、海よりも深い」


 男が念じると天空から無数の柱が落下し、ワイバーンの肉体を貫いていった。

 ワイバーン獣人は激しい苦痛に悶えて暴れ回ったが、音は不気味なくらい全く発生していなかった。


「お前にこれから永遠の命を与えよう!ただし、その檻から出て日の光を拝むことは決してないだろう!!身分不相応の出過ぎた真似をした罰を受け、その未来永劫消えることのない罪を償い続けるがいい。

奈落の監獄(プリズン)』」


 そしてワイバーン獣人は柱の中に吸い込まれていき、はじめから存在がなかったかのように跡形もなく消え去った。


 男はゆっくりとその場を歩き始めた。

 被害者の女性の側に寄り、彼女の『音』を戻した。


「さぁ。余と一つになるが良い『命令(オーダー)』だ」


「はい……絶対君主にて唯一無二の王アルリム様……」


 女は男の腕に抱かれるように頬を染めて傾き、男はそれを連れてどこまでも歩いていった……。

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