お爺さん家の女の子
「あ、いや僕はその怪しい人じゃなくて」
「きゃーっ!!いやーっ!!人間ね!!出てって!!」
寝ぼけてた目を開いてようやく僕を視認した彼女は案の定お約束通り悲鳴を上げていた。
ベッドにあった枕や人形を投げ散らかし、必死で僕を追い払おうとしていた。
なんとか誤解を解かなければ。
もちもち衛兵たん?されたら社会的に抹殺される。
相手は少女。しかも裸。
対する僕は男。しかも着衣。……いやこの場合裸でも着衣でも問題だわ。
そうだ。怪しくないアピールとして笑顔をするんだ!
「にっいいいいっ」
「いやぁぁあああっ!!助けてえええ!!殺されるーっ!犯されるーっ!売られるー!!」
逆効果だった。しかもなんか最悪の方向に話が進んでしまった。
おかしい。僕のスマイルは元気をもらえる素敵なものだと言われているのに(出典・両親)。
何事も笑顔を忘れたらあきまへんでって旅の商人だって合言葉のようにしてるのに。
ともかく状況を冷静に客観視すると「いきなり部屋に現れた男がいたいけな少女の寝床を襲った」という極めて危険かつ盛大な誤解が生じることになる。まずはここをどうにかしないと。
どうすれば説明できるだろうか。そうだ。
「【変身魔法】――【白猫】!!」
「わーっ。可愛い猫さんだ〜」
ふふ。困った時の変身魔法。困った時の猫ちゃんだ。
変身魔法を使えば3分間だけ自身の見聞きした生物に姿を変えることができる。
ちなみにこの状態では他の魔法も一切使えなくなり、防御や攻撃が一気に落ちるので扱うタイミングには注意が必要だ。
変身が解ければ再びいつも通りに戻るから安心とはいえ、基本的には隠れたり一時凌ぎするための魔法だ。
魔導書を読み漁って何度も練習を重ねた末にようやく完成させた魔法だが、当然こんなの姿しか真似できないのですぐに失敗作扱いされてしまった。
まぁね。どうせならカムイとかに変身して強さまでコピーすればダブルソルジャーになってより円滑にダンジョン攻略が進むだろうから、期待はずれ感は他の補助魔法よりも大きかったと思うし。
人間の怪しいお兄ちゃんには悲鳴を上げていた彼女だが、白いもふもふとした猫ちゃんになった僕には、一転して歓喜の声を上げていた。
しきりに頭をなでなでしてくれるのは嬉しいんだが、いい加減服を着てくれないと犯罪臭が凄まじい。僕の心の中で。
しかしそうしてると警戒心を解いてくれるので、こちらにはありがたい話だ。
よし。これを機に話を進めて僕が悪人じゃない事の証明をしよう。
「にゃーにゃーにゃー。ににゃーにゃにゃーにゃにーにゃ」
いやだめじゃん!!
言葉まで猫になんのかよコレ!!
すっかり忘れてた。別に今僕は決してふざけて猫真似をしていたわけじゃない。
『いきなり部屋に入っちゃってごめんね。僕はロシュアっていうんだ』と言ったつもりだった。
ところがこの猫の口から出てきた音は単なる鳴き声にしか聞こえない意味不明な猫語だった。
しかし意図は通らなくともウケは抜群だったようで、目の前の少女はもっと興奮して目を輝かせていた。
「きゃ〜♡なんて言ってるのかな猫さん〜にゃにゃー」
めちゃくちゃ嬉しそうに頭をわしゃわしゃした後、ぎゅーっとすごい抱きついてきた。
ま、まずいですよ!
これは、その、まずいですよ!!
元に戻ったらそのまま軍服のお兄さん方に「行こっか」ってお城に連行されてしまう。
向こう数十年は臭い飯を地下牢で食い続けることになる。
仲間たちとも永遠に会えなくなるだろう。
ぐぐおおお!こんなところで死んでたまるかーっ!
「にゃにゃにゃ!にゃっ!ににぃーにゃ!」
「だめだめ。もう逃がさないよ〜ふふふ」
ち、畜生。猫の姿になると腕力まで人間の少女に劣るクソ雑魚レベルにまで落ちるのが痛い。
逃げることも許されず、少女の腕の中でじたはだ手足と人間の時は無かった尻尾をぶんぶん振り回して必死に抵抗を試みることしかできなかった。
まるで籠の中に入れられた鳥のよう。
羽ばたいても空に向かうことはできない。
チクタクと木製の時計が秒針を刻み続ける度、心の中で「まずい」の嵐が大きくなり、汗がだくだくと流れる。
そして運命は残酷な局面を迎え、ついに白猫王子様の魔法は解けて元通りの醜い青年へ戻ってしまった。
しかも全裸で。
「いやーっ!!このゲス!!痴漢!!最低男!!」
「あべし!ひべし!!ぶぼっ!ちょ、ちょっと待っえあっそれはまずい!!まずいまずいまずいってナタは流石にまずい!!」
少女はどこから取り出したのかわからない暗器を携え、無装備でつんつるてんな僕に同じく裸で振り回していた。
いくらなんでも無装備であれを受けたらまずい。
即死はないにしても切られた箇所から血を噴き上げて死ぬ。
最早ナタをひたすら振り回すバーサーカーと化した少女から枕を縦に布団を盾にとベッド上の攻防戦を繰り広げていると、救いのドアが開いていった。この状況だと破滅だったかもしれないが。
《なんぞ誰かそこにおるのか……》
「あ、い、いやぁ!サラ。久しぶりっ!」
僕は今現在自分ができる精一杯の元気アピールをして親指を突き立てた。
サラは僕たち二人を見つめてしばらく黙っていたが、やがて口を開いて言った。
《……ほぅ。ご主人様よ。それが主の世話になったというおじいちゃんか?全く。女3人も仲間にいれておいて、遂には少女にまで手を出し連れ込むとは油断も隙もあったものではないのう》
「違うよ!!僕は天井に転移しちゃったんだよ!信じてくれ!」
《ならばなぜ裸なのじゃ。しかもお互い》
「これは変身魔法でこーなったといいますかその……」
確かにコレではどこからどう見ても変態そのものだ。
屋根を蹴破って襲いかかったと言われてもどうやっても言い訳できない。
しかし違うんだ。何故こうもやることなすこと全てが裏目に出てしまうのだ。
処刑宣告が間近に迫った僕の、その隣にいた少女はサラさんを見てそれまでの狂乱っぷりを停止させていた。
「……貴女もしかして炎の精霊様?それにおじいちゃんって……」
《うむ。いかにも妾こそが炎の精霊サラマンダーじゃ。今はその男のぱーてぃーに入りサラと名乗っておる。今後もよしなにたのむぞ》
「……そそそうそう。実はそうなんだ。僕は昔ここでお世話になったゴブリンのお爺さんのおうちに顔出そうと思ってやってきたんだ」
「それ……多分私のおじいちゃんだとおもう」
「えっ!?」
なんと驚愕の新事実。
あの人は生涯独身を貫き通すと思っていたのに。
まさか子孫を残していたなんて。
「でもおじいちゃんなら死んだわよ。数週間前にぽっくりとね」
「えええええっ!?」
そ、そんな。師匠が亡くられていたなんて。
信じられない……あの口癖が『ゴブリン余生500年ってなぁ!』と言っていた健康優良な高齢者だったおじいさんが……。
ようやく解けた誤解と聞き入れてもらえた話で、僕と彼女はとりあえず服を着て互いに情報を交換し合うことになった。
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