魔瘴③
「我はダグラス……ダグラス・ノイルだ。もう何年も前になるだろうか。旅の途中ここに立ち寄って来たのはいいが、出口がどこだか分からないうちにやがて食糧も尽き果て、野垂れ死んでしまったのだ。肉は落ちとうとうつるつるの骸骨になってしまったようだが、生前の未練が強すぎるたのか何故か意識だけはあったのだ」
白骨死体さんことダグラスさんは足の骨を折り畳んで器用に正座の姿勢になっていた。
「なるほど。それで魔瘴を受けた後、骸骨のまま貴方は動き出したという訳か」
「なんだ。もうそんなことまで知っているのか」
「教えてください。誰なんです。その魔瘴を放っていた奴は」
「さてなぁ。我今骸骨だからなぁ。目玉が無いから見えんのだよはははイッツア白骨ジョーク……ておいおいおい!待て待て待て落ち着け諸君!剣を納めたまえ!」
「冗談は時と場合を選ばないとせっかく蘇ったのに散骨する羽目になりますよ」
「い、いやたしかにこれはよく使う我の小粋な冗談だが、見えないと言うのは本当だ!信じてくれ頼む!この通りだ!」
骸骨に土下座されるという中々シュール極まりない光景だったが、腰のあたりボキッと折れたりしないのだろうか。
なんか見る限り駆動性抜群といった感じだったけど。
魔瘴の影響で既に本物の人骨とは別物に成り代わっているのかもしれない。
「嘘だっ!!」
「え、えー……」
「じゃあどうして私たちを見てから現れて『恨めしや〜出てこなければお前の心臓握りつぶして臓物をかっ食らうぞよ〜』なんて怖いこといって脅してきたんですか!!」
「いやお嬢さんの方が怖いんだけど!!言ってない言ってない!骸骨そんなホラーな事冗談でも思いつかない!」
元から白色の骸骨さんを更に白くさせるほどターシャさんのイメージは怖かった。
何故毎度毎度グロテスクな想像を……。
「それならどうやって……」
「気配、ですね?」
食い入るように僕が答えた。
「正解だ。我は魔の気配によってその者の輪郭がぼんやりとだが浮かび上がっている次第だ。はっきり浮かんでいるわけではないが、人間の魔の形は他と違っておるのですぐにわかる。たとえばそこな剣を構えている娘は人間ではなかろう?更にいえばそこにいる小さいのは精霊だな?魔の総量が桁違いに高く、存在感を放っておるからな」
「……その通りだ」
《小さいは余計じゃ小さいは》
どうやら本当に感知だけで僕らを認識しているようだった。
マナの反応を示さない無機物はどう映るのかと気になって聞いてみたが、そういうものは真っ黒に塗りつぶされた状態で映るのだという。
「地面とか土とかもそう言った感じに見えるが、剣に関してはそこの娘が何かを握っている様子だったのと剣特有の音から判断させてもらった。この穴に映るものは虚無以外ありはせぬよ」
「じゃあその瘴気を放っている奴の姿は分からなかったんだな」
「見てはおらんだけよ。そいつこそ我をこうして蘇らせた原因だが、奴は我に目もくれずに洞窟の外へ歩き去っていったぞ。その際転がっていた小石に大量の魔瘴――つまり魔を長いこと送り込んでゴーレムを作っておったな。我などはただ奴がそこを通った空気だけでこうなったのだよ」
あのストーンゴーレムは小石一粒から出来たというのか。
しかし今回のケースは元凶が自ら直接力を注いだという点に注目してみたい。
つまり他のケースは生命力に溢れた生物が元凶の意図せず漏らしていた瘴気に触れたことで活性化し、急進化を遂げたのだと考えられる。
それがストーンゴーレムのみが他のAランクモンスターと異なって、独自の発達を遂げていた理由に他ならないだろう。
その者は何でそんなことをしたのか、またそんなことができるなら何故他のものにも使わなかったのか、色々疑問は残るが段々と確信に近づきつつあることに手応えを覚えた。
「……で、何の用があるっていうのよダグラスさんは」
「いやなぁに。些細なことよ。我はこうして死んだわけじゃないか」
「それが何か」
「うむ。端的に言うと我は生涯不犯の身であったのだ。だから女性に飢えておる。それが原因でこれまで死ぬに死ねなかったのだ」
思いの外くだらな……いや人様の願望をくだらないと罵るのは本来の主義と反するが、それでも敢えて言わせてもらうとすごくくだらない未練と執念でこの世に留まっておられていたようだ。
ちなみに不犯とは昔でいうところの童貞みたいなもんだ。
それを聞いた瞬間、我らが女性陣がさっと身を庇うようにしてダグラスさんから離れていった。
「なぁいいだろう?乳の一つくらい揉ませてくれないか……?」
「いやーっ!近寄らないで変態ガイコツ!!」
「ぼべらっ!!」
聖女様のタイキックが炸裂し、ダグラスさんの頭蓋骨(直球)がひび割れて吹っ飛んだ。
更に頭部分が外れ、そのまま洞窟の地面に転がり落ちた。
「多分痛いじゃないか!!痛覚ないけど!骨だからって何しても良いってわけじゃないんだぞ!」
落ちた頭を回収して首無し骸骨が頭をはめた。
「逆ですよ」
「あっ、こっちか」
「すごく良い声で貴方も何言ってるんですかダグラスさん……普通に考えてセクハラですよ」
「いや。我な、一度でいいから女性と戯れたいしスカートの中に入ってみたいし、胸を揉んでみたいし、なんなら胸の谷間で窒息してみたいし、生の太ももの上で看取られて死にたいのだよ」
「とんでもない変態野郎じゃないかキミは」
リーネさんまでドン引きの引きつった顔になっていた。
とりわけ女性陣からの評価は地に落ちていた。いやまぁ当たり前だが。
「な、なんでだよぉ!……そうだ!男のキミならわかってくれるだろう!?」
ダグラスさんはこっちに振り向いてきた。
というかどうやって男女見極めてんだ。まさか感知ってそんなことまでわかるのか。
「いやわからないこともないですが……初対面の僕たちに、それも女性陣にいきなり頼むことでは……」
「そこを何とか頼む!一度だけでいいんだ!そうすれば成仏してようやく天に迎えるのだ。我はもうこれ以上生きて迷惑をかけたくないのだ死んでいるけど!」
「どうします皆さん……」
ターシャさんだけは首をすごい勢いでブンブンと横に振っていた。
《妾が純潔の禊を捧げたのは生涯ご主人様のみじゃ》
……となると残ってる女性といえば……。
「やれやれ仕方ない。こんな胸でよければいくらでも貸すぞ」
「リ、リーネさんっ……!」
すみません。こんな汚れ仕事を押しつけてしまい……!
「なに気にするなロシュア。正直骸骨殿が肉塊の女性にしか興味がないとか女性の肋骨を生きたまま剥ぎ取りたいとかそういう性的嗜好を持っていたら流石の私も難色を示したが、胸の谷間如きで悪霊が成仏できるのなら何の問題もなかろう」
「相変わらずハードな世界想定してんなぁ……」
それ誰でも無理だから。
難色示してないでいいからそんなこと頼まれたら全力で逃げて。
やがて骸骨さんの頭部が吸い寄せられるようにリーネさんの差し出した胸の谷間に入っていく。
「あっあああ〜……柔らけぇなぁ……」
「本当にこんなもので良いのか?肛門から腹部にかけて拳を貫きたいとか遠慮なく言っていいのだぞ」
「あの、淫猥な気分が台無しになるのでそういう背筋凍るようなこと言わないでもらえますか!?」
「背筋もう無いだろうに」
ボケなのかツッコミなのかいまいちよくわからない二人の会話が終わり、一通り満足し切ったダグラスさんは神々しい光を背に受けて満足そうな顔をしていた。
「嗚呼……もう十分だ……女性と触れ合うことができたなんて……これで未練もなくなった。さぁやってくれお嬢さん」
「【悪霊退散】【悪霊退散】【悪霊退散】【悪霊退散】【悪霊退散】――っ!!」
「ごぴゃあぐらぁりぁあああ!!」
とてつもない早口で彼女は骸骨の方を見向きもせず、ひたすら浄化の魔法を唱えていた。
既に悪霊5回くらい成仏してそうな勢いで、ダグラスさんは別れの言葉を告げることもなくけたたましい断末魔を上げて消え去った。
「さっ!行きますよ皆さん!!急いで行きますよ!テキパキ行きますよ!!もう変なの見つけてもグシャン!してくださいね良いですね!?」
「あ、うんはい……」
恐怖に震えながらターシャさんはスタスタと超絶早歩きのすり足で洞窟の奥まで向かっていた。
いよいよ眼前に迫るは禁断の地最下層――第三層。
この先凄まじい強敵などもいなかったとはおもうが、気を引き締めて進んでいこう。
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