思いがけないモノ
「『転移魔法』」
僕がそう唱えると、魔法陣の光が一瞬にして二人を洞窟の外まで連れていってくれた。
「えっ?えっ!?」
瞬間移動に近い体験をしたことで、聖女様はとても驚いているようだった。
あちこちきょろきょろ見渡していてとても可愛らしい。
「じゃあ案内よろしくお願いしますね」
「ま、待ってください!あの……今のどうやったんですか?」
「えっ。どうってフツーに転移魔法を使ったんだけど……」
「ああーそうですかー。って納得できる訳ないじゃないですか!だってアナタの両手はそんなに荷物で塞がれていたのに、転移魔法なんて高度な魔法を使えるなんて!!」
そんなに驚かれるようなことかなあ。
いつもは4人もいたから転送がとても大変で、いっつもしんどい思いをしてたっけな。
無制限にできるわけじゃないし、景色を覚えてなきゃいけないからダンジョン探索には何の役にも立たないダメ魔法ってよく言われてたから、半ば脱出専用魔法になってたなこれ。
「っていやいやいやいや!あり得ませんよそんなの!そ、それに洞窟では光魔法を使ってましたし……あんなに力もあってこんなにたくさんの魔法を一度に使えるなんて……!!勇者様なんてとんでもない、もっと上の……Sランク冒険者ですね?」
「いえ。単独ならFランク冒険者ですよ」
「嘘おっしゃい!!」
「ええ〜…………」
冒険者は文字通り冒険をする者たちの大きな括りだ。
多くは最寄りの街のギルドで登録してもらって、ライセンス証が発行される。
この手続きを踏んで初めて冒険に出られると言っても過言では無い。
性別から年齢、それに種族による制限などは一切なく、望む者全てが冒険者になる事を許される。
初めにいくつかのテストを行い、適正に応じてそれぞれ「ランク」と呼ばれるその冒険者の大まかな実力を示す位が与えられる。
上からA+〜Gまで存在する。
ちなみに彼女が今さっき言っていた「S」とは、A+以上に才能を認められたごく一部のエリートだけに与えられる称号だ。
その数なんと世界でたったの5人。
歴史的大発見を成し遂げ、世の中に大きく貢献した大賢者やら世界を救う偉業を遂げた勇者やらでようやくSと認められる。
僕は個人ランクFという、下から数えた方が早い初心冒険者だ。
そして個人が集まって作られるのが「パーティー」だ。
大体実力が近しい者ばかりが集まって結成されることが多いが、別にいくらかけ離れていても問題ない。
パーティー全体のランクとなると個人よりもっと大変で、まずは全員の平均ランクに加え、それぞれの戦績、クリアしたダンジョン数など様々な「集団」としての要因が絡んでくる。
黄昏の獣王団が僕を追放したのも、そうした「見映え」を考慮した事情もあってのことだろう。悲しい事だが。
集団で挑むにせよ、個人で挑むにせよこうしたランクは必ずといっていいほどギルドからのクエストや冒険など旅のあらゆる場面に於いて参照される。
単なる洞窟でも頭文字に「Aランク専用」と付けば、そこはAランク以外のパーティ・個人が入ることのできない空間となる。
また、ダンジョンやモンスターにも、これらと類似した難易度とよばれる要素が存在する。
ランクCのスライムで、大体ランクCの冒険者10人ほどで安全に討伐できるレベルだ。
ランクB以上なら1人でも対処法を間違え続けなければ余裕でクリアできる。
それゆえランクの隔たりは思った以上に大きい。
さらに言えばランクがあまりにも難易度と比べて低すぎると、ギルド側から受諾拒否をされることがある。
これは言わずもがな、無闇に冒険者を危険に晒さないためだ。
勿論厳密に取り決められているわけではないので、行くには行ける。
死んでも何の保証も出ない。厳しいがこれが冒険者の世界なのだ。
そうして考えてみるとランクFである今の僕ができるクエスト……薬草狩りくらいか。とほほ。
みんなでドラゴンや怪物やらを倒していた日々が懐かしい。
だが、今は感傷に耽っている場合ではない。
一刻も早く盗まれたこの荷物をギルドに届けなくては。
聖女さんが案内してくれたのはありがたくもついさっき出ていった「ザランカ」ではなく、離れた街「リュリール」だった。
夜の冷たい空気と華やかな街並みが広がる美しい世界だ。
酒場も兼ねているこの街のギルドは、月が沈み込んだ真っ暗な深夜でも、屈強な冒険者たちによるハイテンションでエキサイティングな宴が繰り広げられており、眠らない街のシンボルになっていた。
聖女さんと2人でギルドの受付までたどり着き、ゆっくりと荷物を下ろした。
「いらっしゃい!本日はどういったご用で……」
紫色の髪をした可愛らしい兎の獣人のお姉さんが出迎えてくれた。
彼女はターシャさんに気づくと「あらターシャちゃんじゃない!」と明るい笑顔を向けていた。
どうやら知り合いであるみたいだ。
「久しぶりですねガーベラちゃん。今日はちょっと大事な要件できましたよ」
「ほうほう。何やらその大きい荷物と関係がありそうだね」
「流石です。……実はこのお方、ロシュアさんが今盗賊団によって盗難被害に遭っていた品々をお届けしにきてくれたのです!」
「えーっ!!すごいじゃん!」
「ど、どうも」
美女2人に面と向かって褒められた経験なんてないため、顔から火が出そうになった。
すっかりのぼせてしまったみたいだ。
「ちょっと待っててね!……ふむふむ。なるほどね。どうやら本物の盗品とみて間違いないようね。ありがとう。これはスゴい功績よロシュアくん!」
「そうなんですか?」
「うん!特にこれを探していた貴族の方が盗難届をうちに出しててね。ついさっきもここにやってきたんだよ」
噂をすれば何とやらで、ギルドの入り口が大きく開くと、そこには荘厳なドレスを纏った美しい貴婦人の方が立っておられた。
彼女は全てを諦めたような曇った眼差しから一変し、きらきらと目を輝かせながら受付まで走ってきた。
「もしかして――見つかったんですか!?」
「ええ。たった今この方が盗賊団から取り返してきてくださったんですよ〜」
貴婦人は僕の方を見つめて何度もお辞儀をすると、涙混じりに手を握ってくれた。
「ありがとうございます……!なんとお礼を申し上げてよいのやら……」
「いえそんな。人として当然のことをしたまでですよ」
「まぁ……今時なんて人間のできたお方なんでしょう……あっ、失礼しました。私、エトナーゼ家のリリザと申します。それで……」
「僕はロシュアといいます」
「ロシュア様!なんていい響きなんでしょうか。ぜひ後ほど私の家に来てくださいませ。今はこれしか用意することができませんが……我が家に来てくだされば様々なお礼をしたいと思います」
そうして貴婦人の手に何かが握られ、そのまま僕の手の中に入っていった。
ゴツゴツした硬い何かであった。
見てみるとそれは大変珍しい金の硬貨であった。
しかもちゃんと貴族の名前が彫られている純正品だ。
「こ、こんなのとんでもない!もらえないですよ」
「いえ。ぜひもらってくださいませ。貴方は私にとっての救世主です。これを取り返してくださったことは、そんなちっぽけなお金一枚で足りるようなことではないのですから」
僕に何回もお礼を言うと、貴婦人は優雅に去っていった。
「すごいですねロシュア様!これ相当な値打ちのする金貨ですよ!」
「みたいだね……ターシャ」
金貨一枚で豪華な三食つきの高級宿屋に何ヶ月泊まれることだろうか。
ともあれ、これで無くなったお金分は今のところなんとかなりそうだ。
なんだかもったいなさ過ぎて使うのが惜しいくらいだけど。
今晩の宿代くらいにはしたいな。もう遅いし。
「じゃあ残った分も預かっておいてください。今みたいに持ち主が見つかるといいですね」
「はーい。ギルドの名にかけて責任持って管理させていただきまーす。またさっきみたいなことがあるかもしれないので、ちょくちょく受付に来ていただけると助かります」
役目を終えた僕と聖女ターシャさんは、今晩泊まれる宿を探すことにした。
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