食レポ P.S.口移しはキスに含まれますか?
「なんだか結構大変なことになっちゃったね」
「そうですね……でも私とロシュア様だったら大丈夫ですよ!どんな敵がやってきても必ずなんとかなります!」
《おーいこら小娘。妾をさりげなく外すなー》
「うるさいわね。あんた何の役に立ったって言うのよ。森は燃やすわクエストクリアできないわで散々だったじゃない」
《まげでないもんぶわぁああ!》
何故すぐ泣く。
ちょっと前まで口喧嘩では結構ターシャさんとタメ張ってる印象だったけど、今じゃすっかり逆転してしまっている。
でも真面目にサラの火力は重要だ。
特にこの先アルラウネ級の……いや下手したらそれ以上の怪物と相対する事になるかもしれない今、僕一人では戦いきれないところに、彼女の力が加わるだけでもう鬼に金棒だ。
向かう所敵なし……とまでは言わないけど、それでも大分楽にはなる。
なんだかんだいっても神話の精霊だ。
相手のA級モンスターがいくら強いとはいっても、流石にこのクラスを相手に一匹で戦うとなるとそうそうあちらさんも余裕が無くなってくるのではないだろうか。
油断こそできないが、今度はアルラウネとの一件で事前情報があるため、前回のような初見殺しは喰らわないぞ。
ぐうぅ〜。
意気込んだり『食う』とか言ってたらお腹すいてたのを思い出してしまった。
「はぁあ……な、何か食べ物を探さなきゃ……」
「やっぱりここは私が手製のお料理をご馳走するべきでは!?」
ターシャさんが両手をブンブンと振って飛び跳ねる。
目をキラキラとさせて可愛いところ悪いけど、ちょっとそれは遠慮願いたい。
前回のダークマター的悲劇を受けて、またこの人が何かしでかすんじゃないかと気が気でなくなるのだ。
「こ、今回はもう絶対絶対、ぜーったいに大丈夫ですから!見ててください、私の華麗な変身を!」
「うーん……ま、まぁそれはまたの機会に取っておくとして……作ってる人が食べられないんじゃ可哀想だし、ここはみんなで食べられるご飯屋さんにいこうよ!」
「そうですね。手料理はウェディングの後でいくらでもしてあげられますしねっ」
最終的に君はそこにしか話がいきつかないのかね!?
ともあれこんな体のいい言い訳でも快く納得してくれたし、メンバー全員からの反対もなかったので、クエストに出かける前に、初クエストの祝勝会がてらに腹ごしらえといこうじゃないか。
もうお腹ぺこぺこだ。目の前に豚の獣人でもいたらうっかり食べてしまいそうになるくらい……。
「って本当に豚さんいたぁあああ!」
で、でかい。
レッドボアの亜種だろうか。
筋骨隆々として二足歩行。おまけに服まで着ていて……。
「あ?なんだてめぇ。うちの店になんか用か」
しまった。
あまりの空腹からついうっかり失礼なことを口走ってしまった。
「す、すみませんローストポークさん……」
「誰がだ。謝る気があるならうちの店で何か食ってけよ」
よかった。こんな失礼極まりない態度にも、紳士の対応をなさってくれた。
じゃあお言葉に甘えて……。
僕たちが昼食……には遅すぎる時間に立ち寄った飲食店は豚肉料理専門店『ポーク・ド・ボア』だった。
何をどう血迷ったら豚の店員さんがそんな名前のそんなお店を開けるのか小一時間討論してみたかったが、今は空腹でもうそんなことどうでもいい。
なんなら店員さん焼いて食べたい。
「ふへへへへへっ……」
「ロ、ロシュア様……?」
既に湧き上がる食欲から不気味な笑みを浮かべていた僕に対して、ターシャさんが珍しく不審そうな顔つきでこちらを見つめている。
いかんいかん。豚のことやお肉のことを考えるのはよそう。
もっとマシなことを考えるべきだ。
ポークとかロースとか焼肉とか厚切りローストポークとか……。
ダメだ。オデもうクウ。
「いらっしゃい。お客さんご注文は?」
「肉をくれぇえええ!」
「はい?」
「なんか何でもいいので美味い肉ください」
「……わ、わかったよ」
そうして豚の店員さんはそのまま厨房へと入っていった。
というか、彼呼び込み+店員として接客+料理までたったひとりてわやってるのか。
いくらなんでも人材不足すぎやしないか。
商魂たくましいぞウェアポーク。
そうして数分待った頃には、お肉の脂と食欲をそそる香ばしいにおいが店内に漂ってきた。
あぁ〜たまらねぇぜ。
至急、がっつかせてくれや。
「へいおまちどうさま。シェフ特製豚のお肉盛りだくさんのステーキどんぶりだよ。たんとおあがりよ!」
「いただきまぁす!!」
目の前に置かれた肉のタワーとも呼べる凄まじきものに、僕の中に僅かでも残っていた理性と常識などは吹き飛んでしまった。
ステーキの肉塔にかぶりついた瞬間、唇と頬が焼けるような感覚に襲われた。
「そりゃ火傷するだろうよお客さん。出来立てなんだから」
「あぢ!あぢ!あぢ!!」
「大丈夫ですかロシュア様?ほら。私がふーふーしてあげますわ。ふーっふーっ♡」
「あっ……くすぐったい……!」
いやどさくさに紛れてどこをふーふーしてるんだねちみは。
危うくステーキこぼすところだったじゃないか。
僕じゃなくてお肉にふーふーしなさい。
そうしてお肉を少し冷まし、肉汁たっぷりのステーキを頬張った。
もしも世の中に『絶頂』という概念が存在するならば、今まさにこの時をおいて他になかったであろう――
それほどまでにこの食事の――いや、食事などというちっぽけな言葉では言い表せないほど極上の美味。
絶世の馳走であった。
口の中で肉の脂が弾け飛び、心地よい歯応えが脂とともに染み渡り、体全体が『肉を食べている』という感覚を文字通り噛み締めているかのようだった。
何よりそれらを引き立てているのは影の主役――香辛料たちであった。
個性豊かな面々の彼らは一見地味だが、肉という主役を一際高次元のものへと昇華させているという、まさに縁の下の力持ちであり、料理において必要不可欠な存在となっていた。
黒胡椒のピリッとした味わいとツンとした香りが肉全体とこの上なくベストマッチしており、高い満足度を欲しいままにしていた。
「うまいっ!!うますぎるっ!!」
これまで幾多もの食事を経験してきたが、こんなに美味いものは初めてだ。
自分で作った料理ばかりだったのと、自分のだとあんまり美味しいのかそうでないのか分からなかったのだ。
そんなことを繰り返しているうちにやがて食に対する興味も失せ、ただただその日の栄養摂取だけしていれば良いか、という状態にまで陥っていたのだ。
これはそんな忘れかけていた食事の喜びを、再び僕に思い出させてくれた奇跡の一品。
祝えっ!!
食欲が完全復活し、本当の意味での食事に意義を見出した瞬間である!
「やーんロシュア様とっても美味しそう〜。私にも分けて欲しいなぁ〜く・ち・う・つ・しでっ♡きゃあ」
《おい。主らいちゃつくのは勝手じゃが飯がまずくなるからよそでやってくれんか》
「あらなに嫉妬?まだお子ちゃまだから早いもんね〜」
《せ、接吻くらいなんじゃ!こんなものほれ!!》
肉の至福に酔いしれていた僕に向かって、突然サラが唇をむぎゅうとくっつけてきた。
「な、な、な、何やってくれてるのよこのお子ちゃま精霊がぁ〜!!うわぁああもうバカバカバカぁ!」
ターシャさんがポカポカと頭を殴りつけてもサラは依然僕の唇に吸い付いて離れようとしなかった。
や、やばい。
そろそろ窒息して死んでしまう。
は、早く離して……は、はなじで……
「ごふっ」
《はっ……はっ、ハァハァハァど、どどどうじゃ!?しょ、所詮お主ら人間のせ、せ、接吻なんてこんなもんなのじゃ!はは、はは!まさしく赤子の手を捻るような朝飯前の事なのじゃ!》
長期に渡る強制的なディープキスの末、彼女は炎を超える勢いで真っ赤に染まりながらプルプル震えて言っていた。
すぐさまターシャさんが僕の口元を机上にあったおしぼりで拭きまくる。
《な、何するんじゃ!》
「き、き決まってるでしょ!私が初めての相手になるの!それ以外なんて例えロシュア様の父親でもぜーったい許さないんだから!」
《いやそれ限りなく不可能に近いじゃろ》
火のように熱くなるターシャさんと、冷水をぶっかけるように冷静になったサラの対比がおかしくて仕方なかった。
などとなごやかな気分になっていたら、今度はいきなりターシャさんが僕の唇に唇を重ねてきた。
彼女の場合はサラのと違って一瞬だったが。
余りにも唐突で衝撃的過ぎる出来事に、心臓が一瞬鼓動を停止させ、すぐさま張り裂けそうなほど大きな音を立てていった。
「は、ハァハァハァ……こ、これでもう大丈夫……悪い女が寄り付かないようになったわ……ろろろ、ロシュア様と初めてキスしたのはわわ私よ。いいね?」
《なにをーっ!小娘風情が粋がりおって!炎の精霊の恐ろしさをとくと味わうがいいっ!ご主人様、ぶちゅー!》
「あっ!だから私のロシュア様を汚すなーっ!んーっ!」
《くっ、まだ諦めぬというのか……精霊相手になんと強情で豪胆な女じゃ。じゃがお主が引かぬというなら妾も引かぬぞむちゅーっ!》
「なんの!」
こうして二人によるキス合戦が開始していった。
いやもう何をどうするのが勝利条件なのか全くわからなかったが、絶え間なく女性の唇が僕のに触れ続けた。
もうなんかありがたみも何もなくなってくるほどのキスの応酬――押し売り合戦だったが、とうとうその範囲は唇だけに留まらず頬や首に、耳の裏から左胸にまで及んでいった。
「や、やめてよ二人とも――」
「…………お前らそういうことがしてぇなら店の外でやってくんね?」
店員さんに若干……どころではない迷惑をかけつつ、どうにか一通りの食事を終え、満足した僕たちはお金を払って店を出た。
目指すはダリアさんの地図が示す魔瘴の根源と思わしき地帯だ。
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