聖女様と出会って
パーティーを追放され、街を出た僕はとりあえず誰にも目立たず、迷惑もかけない場所で人知れず死ぬことにした。
生きていても仕方ない。
新たにパーティーを探して運良く誘ってもらったとしても、どうせまたこうやって追い出されるだけだ。
そしてまた言われるんだ。
『死んだ方が役に立つんじゃない』かって。
もうそんな思いをするのはごめんだ。悪いけど。
もしあいつらがここにいれば
『うわー。自分が出来ないことを棚に上げて卑屈なこと言ってるよ〜気持ち悪〜無理無理』
とか言ってたことだろう。
不思議だな。あんなに楽しかったはずの時間がぼんやりして、
たった数分前の心苦しいトラウマ級の印象だけがハッキリとしてるなんて。
荷物持ちだったとしても、僕はまだ楽しかった。
パーティーでは誰からも必要とされなかったけど、邪険にされたこともなかった。
だからこそあんなに堂々と、
面と向かって言われたのがちょっとびっくりしてるんだけど。
どうしようもない。
何と言われようと僕は死ぬ。
痛いのは嫌だから海とかで息を止めていようかと思ったけど、苦しいのも嫌だ。
そんなこんなあちこちふらついていたら、とうとう洞窟までたどり着いてしまった。
引き返せばよかったんだろうけど、まあ魔物に襲われて死ぬのもアリかもな。
痛いし辛いだろうけど、僕にはもうここから戻ってどうこうする気力さえ残っていなかった。
一刻も早く楽になりたい。
いよいよ前が見えなくなってきたので、
僕は光魔法の応用技である『閃光魔法』を使うことにした。
『閃光魔法』はとても便利だ。
出している間中、ほんの少しづつだけど魔力を消耗するけどこれ一つあるだけでダンジョンの難易度が天と地ほど変わるのだ。
縁の下の力持ち。
まぁ誰もそんなの必要なかったから、ただの魔法オタクである僕の自己満足の領域を出ない屑魔法だったんだけどね。
思い出すと悲しくなるからいい加減やめたいのに、やめることができない。
あんなにひどいことを言われたのに、断ち切ることができない。
いや、誰だって出来ないよ。
いきなり信じていた人に裏切られて、立て続けに全てを失って、それでも「まぁしょうがないか」って割り切るなんてさ。
そんなやつもう人間じゃない。
それかよっぽど裏切られ慣れてるかさ。
そんな洞窟の景色より薄暗いことを考えながら歩いていると、ふと何かがいる気配を感じ取った。
「なんだろう……『反響魔法』」
すかさずエコーを発動して位置と距離、それから人数を把握する。
位置と距離はこれより数メートル先……
人数は男と思わしき大柄な人間が3名ほど、その中に小さな生体が1人……多分女性だろう。
「もっと詳しく知りたいな……『聴覚強化』」
聴覚強化魔法は、一時的に身体能力を底上げする魔法だ。
補助魔法なので、短期殲滅重視のAランクのパーティーではこれといって使い所のなかった魔法だ。
やがて遠くから人の話し声が聞こえてきた。
《ぐへへ……良いだろあんた聖女なんだからヤらせろよ》
《そうだぜ。お前なんかお飾りで魔法も使えないただの穴なんだからよ》
《い、いやです!こっちに来ないでください!は、離してっ!》
「――大変だ!女性が暴漢に襲われそうになっている!」
くっ。こうしちゃいられない。
『転移魔法』を使って『反響魔法』でおおよそ割り出した位置へと自身を転送させる。
「うわっ!なんだお前!どっから現れやがった!!」
「やめろ!1人の女性に寄ってたかって!」
「あぁん?なんでてめぇにそんな事説教されなきゃいけねぇんだよ!」
ひっ。怖い!
鋭い刃物が僕に向けられる。
そこにはぷるぷる情けなく震えている自分の姿があった。
情けなくても今は怖い。
あんなもので斬りつけられれば僕の肉体なんかゼリーみたいにスパッと切り裂かれてしまうだろう。
いくら死にたかったとはいえ、そこまでの痛い思いはしたくない。
首あたりを丁寧に一発で叩き落としてくれれば楽になりそうだけど。
っていやいや!
それじゃこの人は男たちに乱暴されてしまうし、
なんのためになけなしの勇気振り絞ってこんな面倒な事態に首突っ込んだのかわからないじゃないか!
しっかりしろ!
せめて最後に良いことをひとつしてから死ぬんだ!
「『防御強化魔法』!『防御強化魔法』!『防御強化魔法』!!」
「へへっ。なんだこいつ。魔法使いだったのかよ。にしてもおんなじ魔法何回も唱えてバカじゃねぇの?」
「全くだ。おい!お楽しみを邪魔した罰だぜ。お前ら構わず切っちまいな!」
「へい!!」
性的な欲求がすっかり血肉を求める欲望に早変わりしたのか、彼らは一斉にナイフを舌なめずりしながら構え、僕に向かって振りかざしてきた。
だ、大丈夫――
だって補助魔法を重ね掛けしたからっ!
「痛え!!」
叫んだのは斬りつけた男の方だった。
今や鋼鉄並みの強度と化した僕の頭を切ろうとして、逆にナイフをへし折ってしまったみたいだ。
「こいつ!」
続け様に男たちが何度も何度も斬りつけてくるが、正直痛くも痒くも無い。
ほっ。
よかった。
前ドラゴンに食べられそうになった時もこの重ねがけで命からがら助かったんだよね。
どこまで通用するのか分からなかったけど、これならもう安心だ。
やがて攻撃の手も止んだことで、僕はいよいよ反撃に転じてみることにした。
拳に力を込め、彼らの腹部に殴りつける。
「ぐふっ!!」
すると男は遥か先の壁まで吹っ飛んでいき、泡を吹いて気絶してしまった。
「えっ?」
一番驚いていたのは僕だった。
あれ。こんなに力強かったっけ僕。
やたら硬い壁を血が出るまで殴りつけたり、日頃荷物持ちとして鍛えられた成果だろうか。
激昂して襲いかかってきた残る猛者どもの攻撃を身で受け切って、カウンターで拳を叩き込んでいった。
ほぼ全てのメンバーが地面というマットに沈むと、
残された男が「ひいっ!」という恐怖に引きつった表情を浮かべて荷物も残さず逃走していった。
よかった。これでもう安心だ。
後ろの女性に怪我がないかどうか、確認しに振り返った。
「あの、大丈夫ですか?」
「えっ……えっとそれはこっちのセリフなんですけど……」
ほっ。よかった。
見たところ聖女さんは無事だ。
傷一つ付いていない。
聖女さんの肌は白く美しく、それでいて健康的な赤みを帯びた柔らかそうな肉付きをしていた。
聖女ながら、おみ足が丸出しとなっているミニスカ白ローブであり、うっかり手を置いていたふとももからさっと離した。
顔がぼうっと熱くなるのを感じる。
この人……とんでもない美人だ。
そしてとってもいい身体をしている。
一瞬でもそんな下卑た考えに至った男としての自分を恥じた。
聖女様はこんな邪な僕を見ても嫌な顔ひとつせず、
本来必要のない回復魔法までかけてくれた。
「ありがとうございます。とても癒されました」
なんだか陰鬱な気分まで吹き飛んじゃったみたいだ。
生きてることって楽しいなあ。忘れてたよ。
もし早めに死んじゃってたら、こんな素敵な聖女様も見れなかったかもしれない。
「とんでもないです。アナタは私にとっての生命の恩人ですっ!……何か私でお返しできることがあれば……。!そうだ、身体で……」
「ってうわあああっ!!な、なにやってるの聖女様!」
「ターシャと呼んでください!」
「なにやってるのターシャさん!服着てください服を!」
大丈夫。一瞬でも見ていない。
彼女が服に手をかけた時点で何となく嫌な予感がしたので見ていない。うん。
厳密には少し純白のブラが見えちゃったような気がするけど。
全然見ていません。固く神に誓います。
というかそんなんじゃさっきの暴漢たちとまるっきり一緒じゃないか。
沸々と湧き上がる煩悩を必死で抑えるよう手を突き出すと、なにや柔らかいものが触れたような感覚がして、さーっと血の気が引いてきた。
見ると目の前にはたわわなターシャさんのおっぱいが二つ、どーんと実っておられた。
「うわあああ!ごごごごごめんなさい!」
しかしターシャさんはとてもうっとりとした表情で「まぁ……素敵な手ですわ……♡」と言っていた。
お、おいおい大丈夫かこの人。
普通おっぱいなんて触ろうものなら「きゃー痴漢」のもと、ビンタ百烈死刑のはずだぞ。
彼女は恍惚と目を輝かせながら僕の腕に絡みついてきた。
「アナタこそ私が探し求めていた勇者様ですっ!どうかこのターシャの初夜をいただいてもらえないでしょうか!」
「ちょちょちょちょっと待ってよ!ゆ、勇者?ぼぼぼ僕が?いやいやまさかー…………って!しょ、初夜ってなに!」
あれこれ聞きたいことはあったが、とりあえず今はめちゃくちゃハートマーク浮かべて全力で迫ってくる聖女様をやや引くようにして離した。
すると、彼らの残していった荷物が目に飛び込んできた。
荷物持ちとしての性か、落ちている荷物を見かけると運ばずにはいられないのかもしれない。
「これは……?」
大きめの鞄を抱えてターシャさんに尋ねてみた。
「あぁ!うっかりしてました!それは盗品です!あいつらが勝手に民家やお城に忍び込んでかき集めたっていう、今ギルドでも捜索願が出されている品々ですよ!」
「ええっ!?そうなの?」
言われてみればなんとなく感触が違う。
なんかいかにも貴重品入ってますよみたいな感じだ。
そういうことなら話は早い。
これら全てギルドに届けよう。
「よっと……5個になるとちょっと重いね」
「………え、えっ?あ、あの。その……」
「あぁ。僕はロシュア。よろしくねターシャさん」
「よろしくお願いします!……って!いやいやじゃなくって!そ、そんなに荷物持って大丈夫なんですか!?」
「えっ?これくらい普通ですよ。僕以前はパーティーで荷物持ちをやっていたのでっ」
懐かしいなぁ。
あの時は片手に10個の荷物とか平気で運ばされてたっけ。
ちょっと重い気もするけど、あの頃に比べたら随分軽いもんだ。
「さっ。洞窟から出ましょうか。これギルドまで運びたいので、道案内してくれるとありがたいです」
「あっ……ハイ……」
こうして僕たちは薄暗い洞窟を抜けていった。




