森の中での激戦
血に飢えたウェアウルフはその爪と牙でこちらに全速力で向かってきた。
服の袖を切り裂かれたが、中身にダメージらしき傷はない。
一撃で倒し切れなかった狼は、お次に喉元まで噛み付いてきた。
「ロシュア様っ!!」
しかし彼女が発した悲痛な叫び声ほど、状況は悪くなかった。
首に噛み付いたウェアウルフの自慢の牙はポロポロと砕け落ちていき、やがて入れ歯の取れた老人みたいに顎をフガフガとさせていた。
「えい」
身体強化も使わず普通に奴の腹部にキックを叩き込んだ。
歯抜けウェアウルフはすごい勢いで木々を薙ぎ倒しながら吹き飛び、大きな木にぶつかって気絶した。
サーチで奴を感知してみると、そのまま絶命してしまったようだ。
ウェアウルフは攻撃に長けた種族ではあるが、反面防御は壊滅的に脆弱である。
いかにも矢尻を受け止めそうな毛皮は、実は太めの木の枝でも簡単に傷付けられる。
強そうな見た目に惑わされず、いかにして冷静に弱点を発見できるか、また安全に対処できるかを問われる相手だ。
しかし……。
「どう考えてもさっきのは異常だ」
明らかにラリっていた。
涎を垂らし、一度ならず二度までもこちらに通用しなかった攻撃を与えて襲いかかってくるなんて。
ウェアウルフは脳筋そうに見えて、そこそこ賢い。
火を怯える習性があったり、見るからに危険そうなものには近寄らなかったり、落ち着いて様子見するくらいのことはできる。
というか、それ以前に住処も何も荒らした様子がないのに、いきなり人間に牙を剥いてくること事態が妙だ。
それというのも、連中は実は魔物の中ではかなり温厚な部類に入り、うっかり子供が小石をぶつけてもこちらが大人しくしていれば一回までなら見逃してくれる紳士なのだ。
それがただ側を通り過ぎただけであそこまでの敵意を剥き出しにして向かってくるなんて。
なんだかちょっと変な感じだ。
「ふぅ……ロシュア様ぁ〜!うえぇん!」
「ど、どうしたのターシャさん。僕ならなんでもないからほら……」
彼女は必死で僕の服の裾にしがみつき、胸に頭を擦りつけていた。
「も、もうダメかと思っちゃいましたよ〜……!いくらロシュア様がとてもお強いとはいえ……首元をがぶってされたときは私……私……」
優しいんだなぁターシャさんは。
僕なんか完全に油断に近い慢心をして「まぁどうにでもなるだろ」くらいにしか考えてなかったというのに。
まぁでも逆の立場ならこう考えてしまうかもしれないな。
「私……ロシュア様の下半身を引きちぎったあと、首を持って帰ってずっと泣きじゃくってましたよ……」
「思ったよりえげつない事考えてらした!!」
こりゃもう死ぬに死ねない。
ていうかそんなおぞましい真似よく思いつくな。
死体だからもう何してもいいっていうのか。おいおい。
それじゃまるで屍肉を啄む鳥か野党みたいじゃないか。
彼女が接近してくるのを、僕は我が身可愛さにさっとかわした。
「ぁあん!待ってくださいよ〜!」
今の話を聞いて心中穏やかに待っていられる人間がどれだけいるだろうか。
しかし偶然にも彼女を避けるように動いていると、森の先にただならぬ気配が漂ってくるのを感じた。
背筋が段々と凍りついていくような……。
少なくとも初心者の森で出していいような雰囲気じゃない。
これは……かつてパーティーのみんなと戦ったA級の怪物の気配……。
「『範囲感知』」
捜索範囲をそこだけに絞って意識を集中させる。
するとそこから強い魔力の波動を感じ取った。
ものすごく濃ゆい瘴気だ。
これは何かとてつもないことが起こっているに違いない。
額から溢れ出る汗を拭って、僕は慎重に森の中にある魔瘴の根源へ向かって進んでいった。
「た、ターシャさん。ちょっとそこで待っててって……言ってもダメだよね」
「旦那様あるところにこの私ありです。どこまでもお供致しますよ」
しかし彼女の顔はひきつっているようだった。
見習いでも聖女なターシャさんには、この先にある邪の波動をひしひしと肌で感知して本能的に恐怖を感じているのだろう。
それでも気丈に振る舞ってついてきてくれると決断したのだ。
僕にそれを止めることはできない。
けど何があってもターシャを、命に代えても仲間を守ろう。
一歩進むたびになにやら不吉な音が耳に飛び込んできて、その度に恐怖で身体が震えるようだった。
一体どんな化け物が待ち受けているというのだ。
恐怖と好奇心のせめぎ合いの中、踏み出した足が木の葉の隙間を揺らしたその時、いきなり蔓の鞭のようなものが僕の前に飛び出してきた。
「くっ!」
予想外の攻撃に防御が遅れ、衝撃で後退こそしてしまったが、幸いな事に交差した腕には傷一つ付いていなかった。
しかし蔓の触手はそんなものでは済まず、複数の鞭が僕の肉体に叩きつけられた。
「ロシュア様!」
そしてついに触手はターシャさんに絡みつき、彼女を勢いよく瘴気の根源へと運んでいった。
「ターシャさん!!」
手を伸ばした時はすでに遅く、僕は触手の後を追ってようやくその全貌を確認した。
「『食人植物』……いや、アルラウネか……!」
アルラウネ。討伐難易度Aクラス。
複数の蔓の触手を持ち、花の蜜の香りで獲物を誘惑して誘い込んだところを一気に捕食する怪物。
マンドレイク(マンドラゴラ)との相違点は、アルラウネは主に女性型のモンスターであること。
そして下部分のつぼみに巨大な花を咲かせていることである。
その妖しくも美しい相貌と、恐ろしい実力から数多くの伝承が伝えられており、ダンジョンでも特に高難度の――それも深部中の深部にのみ生息しており、地表に現れることはほとんどないという。
こんな森に自生していたとはとても思えないし、以前ここに来た時は強い瘴気や彼女のシルエットなんて影も形もなかった。
一体なぜこんなところに。
――ともかく今は捕らわれたターシャの救出が優先だ。
「『火魔法』!」
僕が火炎の豪球を触手の根本に向かってぶん投げた。
しかしつぼみの方から何やら正五角形の形をした結界が出現し、根本をがっちりと守っていた。
くっ、やはりそうそう弱点を攻撃させてはくれないか。
見たところ魔法ごと無効化する可視化できない反魔法の結界が張り巡らされているみたいだ。
ということは物理で叩き落とすしかないか。
「いやぁんっやぁん!」
ヌメヌメの蔓に全身を掴まれていた彼女は、粘液まみれになってもがき、暴れながら服が徐々に脱げていった。
「くそぉ!触手プレイで足止めを図るとは生意気な!!」
能天気なこと言ってる場合ではない事は重々承知しているつもりなのだが、憎らしきは男の性。
目の前でいい女がヌメヌメの触手で凌辱されていたら、男なら誰だって手足を止めて眺めてしまうものだろう。……え、無い?
とりあえず落ちていた枝を拾い、『鋼鉄化魔法』をかけて剣にしてみる。
彼女を持ち上げてうにょうにょしている触手を切り裂こうと振るってみた。
粘液で滑り、掠ったような感覚さえなかったものの、一振りで生じた風圧によってアルラウネは大きくその身を揺らがせ、掴んでいたターシャさんをパッと離した。
「今!」
再び彼女を捕らえようと襲ってくる無数の触手を前に、勢いよく鉄の枝を振り回し、引き裂いた触手を地面に叩き落とした。
触手と共に地面に落ちそうになる彼女を抱きかかえた。
「大丈夫ですかターシャさん!」
触手に弄ばれている間、体力をすっかり消耗してしまった様子でやつれていた。
触手を切り落とされたアルラウネは、すぐさま切れた部分を再生させ、再び襲いかかってきた。
くそっ。さすが上級モンスター。
復活するのも早いなっ。
《何を遊んでおるご主人様》
火炎の龍に乗って森の木々を焼き払いながら現れたのはサラマンダーのサラだ。
そのまま触手に炎に乗ったまま突っ込んでいき、アルラウネの全身を焼いていった。
「サラ!」
《こんな草ご主人様の敵ではなかろう》
太古より生きる炎の精霊は得意げに黒焦げになったアルラウネの上に乗っかっていた。
草って……。
神話クラスの精霊ともなると、A級モンスターでさえそういう認識になるのだろうか。
しかし下半身のつぼみを守っていたアルラウネはまだ生きており、焼け焦げたはずの触手を自ら切り落として瞬時に再生を図った。
《しまった!ぬおおおっおおっ!》
あっという間に触手がサラの全身をヌメヌメとなぞっていった。
《あっあはっあはははは!こ、これやめろくすぐったいではないかあーっははは!》
触手での攻撃には完封できても、くすぐりプレイはどうにもならなかったようで、精霊の威厳を失うほど鼻水や涎で顔をぐちゃぐちゃに弛緩させ魔法の発動すらままならない様子だった。
「くっ……だが今ならいける!」
触手がサラに集中している間、下の本体を守るものはない。
反魔法に対しては物理でゴリ押すと相場が決まっているのだ。
それでもまだ何本か残っていた最後の触手が主人を守ろうと抵抗したがもう遅い。
彼女をくすぐっている間に、強化魔法と伸縮魔法を発動させてもらった!
「くらえ!」
到底人体では不可能な領域にまで腕を勢いよくまっすぐ伸ばし、触手が届く前にアルラウネの花弁を貫いた。
本体に甚大なるダメージを受けた事で、触手もコントロールを失い、下半身を覆っていた五角形の反魔法も同時に崩れ落ちていった。
「『火魔法』!!」
とうとうアルラウネの全身を炎魔法が焼いて焦がした。
本体も触手も全て丸焦げになり、今度こそアルラウネは倒された。
やがて燃えている炎の中からサラが心地よさそうに出てきた。
《全く手こずらせよって!ご主人様もご主人様じゃ!こんなやつ一瞬で片がついたものを!遊びもほどほどにするのじゃぞ》
「う、うん……」
いやそんなに楽勝にはいかないよサラさん……。
Aランクモンスターだよ?!Aランク!
「ちょっと!サラったらロシュア様に助けてもらったのに感謝の言葉もないわけ?」
《あのまま戦っておっても妾が圧勝じゃった》
「ふーん」
《な、なんじゃその目は!!ほ、本当じゃぞ!う、嘘じゃ無いもん!本当だもん!!サラ一人でもやれたもん!!》
「はいはい喧嘩しないでね二人とも」
というかなんで神話の精霊が一人の女性に泣かされそうになってるんだ。
その幼児体型と同じように中身も後退してしまっているのか……?
無事にアルラウネを倒した事で、ようやく森に溢れていた瘴気も消え去った。
いやぁ。ほんと予想外の出来事ばっかだなぁ。
一体なんでこんなところにアルラウネなんか出てきたんだろうか。
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