地獄の道
「地獄って言う割に何にもないわね」
「油断はするなよ。あいつがこの洞窟の設計者ならどんな罠が仕掛けられていてもおかしくねぇからな」
暁の獣王団が選んだルートは地獄だけど素晴らしいお宝があるという方だ。
しかし余りにも平坦な道が続くため、メンバーは拍子抜けしてしまっていた。
地獄、そう呼ぶからに何らかの秘密があると踏んだカムイは入念に壁周りや床を丁寧に確認しながら進んでいった。
もちろん普段の彼なら余り気に留めないことである。
だがクラウスに一杯食わされた事や無思慮による行動が巻き起こした破滅の経験などから、彼はリスクを恐れるようになった。
彼の懸命な捜索にも関わらず罠らしきものは確認できなかった。
「なんかまだありそうな予感がすんだよな……ん?どうしたロシュア」
「……人がいる。この先に何人か人がいるよ」
「何!……っーことはあの婆さん、俺たちの他にも何人か洞窟に引き摺り込んだってことだな」
「それもあのモンスター群をくぐり抜けてこられた猛者ってことだね。多分参加者だとは思うけど」
「へっ、面白え。ここらで俺らが先んじて宝をゲットして、連中を一気に出し抜いてやろうじゃんか」
ロシュアはカムイのこういう性格が気に入っているのだ。
昔に比べて棘がなくなっているが、その向上心と野心は衰えていなかった。
そうしていつも彼は目の前にある困難な壁をも乗り越えてきたのだ。
やる気と自信に満ち溢れたカムイの立ち振る舞いに、仲間たちも鼓舞されていった。
それまで何の変化や起伏のなかった洞窟に初めて異質な光景が訪れた。
「う……ううう……」
そこには数名の冒険者たちがボロボロになって倒れており、今にも息絶えそうになっていた。
「大丈夫ですか?」
駆け寄っていったのはロシュアだった。
そっと冒険者の手に触れると、その傷の具合から彼は顔をひどく強張らせた。
「ここで何があったんだ」
カムイもまた倒れ込んだ冒険者に向かって腰を落として語りかけた。
自慢の鉄製の鎧がズタズタに引き裂かれ、固まって乾いた血のようなものが胸部の色を変えていた。
まだ微かに動く口で男はどうにか現状を伝える言葉を紡ごうとした。
「ぐ……お、奥に……か、怪物が……な、仲間がそこに……」
「なんだと?」
ルーナの回復魔法によって傷ついた者たちはどうにか座れるようにはなった。
――しかし
「変ですね。この人たちは体力そのものを削られてます。呪いの一種だと思われますが……これ以上の治癒が行えません」
「まぁ普通に考えりゃその奥にいるって化け物の仕業だろうな。……おい。その化け物はどんな奴なんだ」
傷口が塞がった男は岩壁を背にしてもたれかかっていたが、その顔は未だに青白く染まったままであり、全身が小刻みに震えているようだった。
「わ、わからない……。洞窟の奥に向かって進んでいたら……きゅ、急に目の前が真っ暗になって……気がついたら仲間たちは倒されちまっていた……け、けど俺は見たんだ!デカイ怪物が現れて襲ってくるのを……!!も、もう嫌だ……思い出したくもない……!!」
「わかった。落ち着け」
男や他の冒険者たちからも得体の知れない化け物に襲われたという事象以上の情報は聞き出せず、全員黙り込んでしまった。
「どうやらこの先にとてつもねえバケモンが潜んでいるらしいな」
「やっつけちゃおうよ」
「ったくお前はいつも簡単そうに言いやがるよな……。まだどんな相手かもわからねえってのに。……ロシュアはどう思う?」
「とりあえず行くだけ行ってみよう。それで危ないと感じたら引き換えそう」
「ああそうだな……そんじゃまいっちょ気合入れていくとすっか」
カムイたちはまだ見ぬ怪物を目指して奥へ奥へ進んでいった。
ここまでそれなりの距離を歩いてきてはいるものの、一向にその怪物らしき気配は影も形も見えなかった。
むしろ歩けど歩けど変わらない景色の方が一行にとっては却って不気味に映り込んでいた。
だが間もなく聞こえた甲高い女性のそれに似た悲鳴を耳に入れた瞬間、全員の警戒レベルが高まった。
「この先だ……!さぁ何が待ってやがるってんだ……?」
まずはカムイとロシュアの男2人組が前に乗り出した。
するとこちらに向かって走ってくる人間が現れた。
その人物は小太りの見た目からは想像もつかないほどの俊足さを誇り、カムイたちが疑問を口にする間もなく通り過ぎていった。
「ったく……随分と厄介そうな敵だこと!」
何にも目をくれず真っ先に逃走を選んだ男を見て、カムイは過去に自分がミシロを置き去りにして逃げた事を思い出していた。
自身の手に負えない恐怖に対する理解を示すと共に、同時にそんな腑抜けた選択をした過去の自分に激しい苛立ちを覚えていた。
もうあんな情けない真似は死んでも御免だぜ。
やられる時は相打ちで共倒れ。それくらいの覚悟で臨まなきゃこの先なんて俺には無え。
その後空気を切り裂く熱を帯びた何かが接近してくることに両者は気付いた。
炎が洞窟内を焦がしながら迫り来ると、ロシュアはすかさず氷の盾を顕現させて互いに身を守りあった。
すかさずやってきた第二波に対してはカムイが剣で切り裂いて弾いた。
「なんだありゃ……!レッドドラゴン……いや、それにしてはなんかやたらデカイな……」
ようやく拝んだ怪物の姿は赤く巨大な龍そのものだった。
龍は洞窟内に収まりきらないほどの巨体を誇り、特にその顎と牙はこれまで見た魔物の中で一際大きなものだった。
その自慢の口には叫び声を発したと思わしき女性が咥えられており、今にも食べられそうになっていた。
「いやぁあああっ!!」
「待ってろ!俺が助けてやる!」
ロシュアの加護を得たカムイは飛び出して龍に向かって剣を突き立てた。
カムイなりの手応えはあったが、それでもかろうじて下顎の部分に切り傷を入れるのが精一杯だった。
「硬っ……てぇ!」
だが龍はその衝撃で獲物を口から零し、なんとか冒険者の女性は奇跡的に傷つけられることなく脱出することに成功した。
「さっさとここから逃げろ!こいつは俺たちがなんとかする!」
「あ、ありがとうございました……!」
女はカムイに一礼すると瞬く間にその場を離脱していった。
「カムイ……」
「へっ。これで俺たち以外誰もいなくなったな!ようやく宝総取りができるってことだ!ざまあねぇぜ!」
ロシュアにはカムイの悪態に言葉以上の意味があると知っていた。
ついにやけそうになる口を押さえ、目の前の龍に向かっていった。
傷を負い、獲物を失った事で龍はますます真っ赤になって怒り狂い、主犯であるカムイに向かって猛突進しながら鋭い牙を近づけた。
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