狙うもの
「今なんかすげえでかい音が聞こえたよな」
「た、多分向こうのほうからだと思うけど……やば〜」
「なんでしょう……もしかして盗賊団が援軍でも仕掛けてきたんでしょうか。……それにしては爆発音みたいなのもしましたけど……」
この中でも範囲魔法や探知に人一倍優れていたロシュアだけがそのあり得なさを全身で痛感していた。
先程の爆発音は全てSランクパーティー、『永遠なる明星』によるものだった。
その衝撃の規模や魔力による空気の変動からSランクの底知れなさを彼は感じ取ってしまったのだ。
久しぶりに大変だ……。
明らかに今の僕より強い……。
下手をすればあの時の魔王に匹敵するかも……。
いや、もしかしたらそれ以上だってあり得る。
彼らが本気を出しているなら、とっくに大陸ひとつ消し飛んでいても不思議ではない。
つまり力をセーブしていてあれなのだ。
参ったなぁ。
さっきの盗賊団といい、この大会思った以上に曲者だぞ……。
全く。大した新人さんが現れてくれたよ本当に……!
「どうしたんですかロシュア。なにやら震えているみたいですが……」
「い、いやなんでもないよ。それより僕らは宝を探しにいこう」
そうだ。忘れちゃいけない。
この大会はパーティー同士の力比べで優劣を決めるわけではない。
大事なのはどれだけ多く、質の良い宝を集めてこれるかだ。
確かに彼は並外れた強さを持っているけど、それと宝を集められるかは別問題だ。
特にどの宝がどんなレアリティを持っているかわからない以上、かけっこで勝敗が決するわけでもない。
まだまだ僕らにだって勝機はある。
ロシュアは必死で自分にそう言い聞かせながら進むことにした。
先の戦いと今の爆発音で、彼はより一層慎重に探索する決意が固まった。
それをなんとなく察知してか、あるいは自身のこれまであった苦い経験からか、カムイたちもロシュアの方針に従っていた。
焦っても良い結果は生まれない。
3日の間に足元を掬われ、躓いたものが置いてけぼりにされる世界において、確かにロシュアの判断は間違ったものではなかった。
しかし世の中には何を企んでいるのか分からない〝狩る側〟に喩えられる人間がいるのもまた事実だった。
脇目も振らずに全力疾走で隠れ家まで駆け寄っているのは全身黒ずくめの男たちだった。
ロシュアの襲撃に失敗し、解放された彼らはようやく訪れた身の安全に安堵しながらも緊張の色を浮かべながら影の世界に入っていった。
その扉は一見するとただの壁だが、これにある仕草を加えることで押せるようになり、侵入者を阻む鉄壁から客人を迎え入れる入り口と変化するのだ。
それを知るのは男たちを除けば一部の選ばれたものだけであった。
その方法もやり口も彼らのみぞ知る世界であった。
怪しげなオブジェに囲まれた薄暗い空間は、一昔前の酒場を改造して作られたようなアンティークな雰囲気を漂わせていた。
実際ここはかつて栄えていた飲み屋の跡地であり、現在は空き家の廃屋同然の状態となっている。
悪党が何かをやるにはまさに絶好の隠れ蓑であり、入り口が入り口なだけに侵入は容易ではなく、それまで人知れず街中に聳え立っていたアジトであった。
中にはビリヤードやピンボール台、ダーツなど娯楽のためにどこからかかっぱらってきたものが無造作に散らばっていた。
破れかけの色褪せたポスターが生暖かい風に揺めき、黒ずくめの男の顔を撫でていった。
ボロボロで穴から綿が覗き見えるソファーでくつろいでいたのは緑髪の男だった。
歳は10代にも見えるが、整ったスーツと顔の傷から中々に修羅場を潜ってきた歴戦の勇士の如く貫禄を感じさせる人物だった。
偉そうにふんぞりかえって足を組み直すと、コンコンとガラス彫のテーブルを小気味良く指で弾いた。
それに対して無言で首を横に振った男に対して彼は舌打ちをした。
「……おぉい。まさか盗れませんでしたってノコノコ帰ってきたわけじゃねぇだろうなぁ」
「そ、それがそのあの……相手は余りにも強くて……あ、ひっ!」
男の声は喋り始めるごとに段々と小さくなっていったが、それに合わせて体まで小さくなっているようだった。
緑髪の男の一挙手一投に対して酷く怯えていたが、案の定男が立ち上がってきた瞬間に白目を剥いて失神しかけていた。
「てめぇらぁ……それでも盗賊団やってんのかぁあああ!?」
「ぎゃひいいいっ!!すみませんでしたすみませんでしたすみませんでしたぁ!!」
首根っこを掴まれた黒の盗賊団団長、ライガは舌を噛みそうになるほど早口の高速詠唱で謝罪を繰り返していた。
穴という穴から水を吹き出し、命乞いと許しを乞う様は大の男がやるにはあまりにも哀れと呼ぶには哀れで、惨めと呼ぶに人この上ないほど惨めであった。
その態度に怒る気力さえ失せたのか、緑髪の男は左手に持っていた葉巻に火をつけて大きく息を吐いてドスっと座り込んだ。
「で?その敵に何されたってんでそんなんになってんだてめぇら」
「え、ええとですね……私たちが全員で奇襲を仕掛けましたところ……初めはですよ!?初めはとても首尾良くいったのですが……突然男の一人が魔法陣や詠唱を行うこともなく突然蔓を呼び出す魔法のようなものをですね……ひっ!!」
「……おい。昼間っからヤクでもキメてんのかてめぇのおつむはよぉおお!!」
「すみませんすみませんすみません!」
「〝すみません〟で済みゃこの世に犯罪はねぇんだよオラァ!!」
男の言動に苛立った彼は手当たり次第置いたあった空の酒瓶を蹴り倒し、罵声混じりに割り始めた。
「まぁまぁそう声を荒げなさんなってクリムの旦那」
割れたガラスの破片をひょいと指で拾い集めていたのは仮面をつけた女だった。
声色は不気味に高鳴り、喜怒哀楽がはっきりしない様子だった。
「ソレはおそらく伝説の大魔法使い……魔王とタイマンはって生き残ったっていうロシュアのことだろう」
「んなバカな。奴はとっくに冒険者辞めたってハナシだろ?それにそんな奴がなんでわざわざこの大会なんぞに……」
「さぁ?老後に備えて年金でも欲しくなったんでしょ。それかあのSランクの新人ちゃん潰しとか……」
ぐしゃぐしゃとガラスのはずの塊を紙のように握りしめる彼女の仕草に、黒の盗賊団は恐怖の悲鳴を上げていた。
クリムは咥えていた葉巻をぺっと地面に吐きつけ革靴でそれを地面に擦り付けた。
「情けねぇ……オレたちが初日から動かなきゃなんねぇってのかよ」
彼は面倒くさそうに頭をボリボリと掻きむしり、のろのろと机の上に置かれた包みを取り出した。
包みの中には銀色に輝く笛のような形をした物や、妖しげな光を放つ紫の宝石などがあり、一際異様なオーラを放っていた。
「クリム。まだそれを使う時じゃないよ。それは最後の切り札じゃないか」
「わーってるよ。勝負は3日目。ドンパチ戦んのはあいつらの仕事だ。オレたちは最後の最後に漁夫の利できりゃそれで良い」
「じゃあどうする気だい?」
「ちょっくらお散歩ついでに伝説サマを拝見しに行ってきまーす」
クリムは包みから何かを取り出すとそのまま出口へとのそのそ怠惰に歩いていった。
「……転送魔法器具があるんだからそれ使えば良いのに」
「てめぇの足で歩かねぇんじゃ冒険者人生終ぇだ」
「あっ……!その人物は何やらとてつもない大容量のアイテムボックスを所持しておりましたよ……!」
黒の盗賊団の一人がそう言うとクリムの動きがピクリと停止した。
進もうとした足で踵を返し、そのまま男の元に直行していった。
「〜っ……てめぇ!そういう大事なコトは一番最初に言いやがれってんだ!」
「ひ、ひいいいっ!すみません!忘れてました!」
「ちっ。次忘れたら指詰めんぞ」
そう言うとクリムは再び外に向かって進み始めた。
仮面の女は心配でもしてるかのように彼に近寄っていこうとした。
「オレたちは盗人だ。欲しいモンは何が何でも必ず手に入れる。たとえ奪ってもな」
しかし彼女はクリムのその一言を聞いて進むのをやめた。
そして彼は出ていった。
残された彼女が顔を上げると、そこには垂れ幕が立てかけられていた。
そこにはライオンの下半身を持つワシのような生き物が地上の蛇に食らい付いている意匠が金の糸で縫い付けられていた。
Aランクパーティー、『堕天のグリフォン』が獲物を狙って動き始めたのだ。
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