ゼロからの冒険者試験①
「何こいつ何こいつ何こいつ!!いや!ちょっと無理なんですけど!!カムイ様助けて!!」
「ばばば馬鹿!!俺だってこんなぶっといモノ……ぐふっ!」
開幕グランドなんたらドラゴンの黄金尾が腹部に激突し、臓物を全て吐き出すような鈍い痛みに襲われた。
吹き飛ばされた身体をダメ押しに足の爪で踏みつけられ、既に全身の骨はバラバラになって悲鳴を上げていた。
「カムイ様!!」
ルーナの回復魔法が飛んで大分痛みがマシになったものの、状況は依然としてこちらの不利であることに違いはなかった。
予想通りにというかこの龍の金ピカの鱗は飾りなどではなく、抜群の強度を誇る鉄壁の鎧だった。
いくら俺が斬りつけようともびくともしない。
ならばとソアラの炎魔法をぶつけてみるも、やはり傷一つ付けることができなかった。
たいした傷になっていないだろうに、攻撃された怒りでかますますドラゴンの攻撃は激しさを増していき、俺に負けず劣らず貧弱なソアラは龍の一撃の下に沈んでいった。
「な、なんなんだよ……こ、これが実力試験だってのか?!」
王都で冒険者資格を取った連中はこんな怪物を相手にしてたってのか?
だとしたらインフレもいいところだ。
「あっ、そのドラゴンは去年から導入された試験だじぇ。もっと前はスライムだったよ」
「……2年前に戻してぇええええええっ!!」
こんな弱音を吐くつもりも吐きたい訳でもなかったが、正直こんな絶望スタートでは命がいくらあっても足りない。
……というかこれ、本当に冒険者ライセンス作るために必要な試験なのか?
明らかにいじめにかかってるぞ。
これを生き残ってクリアした奴はいるのか?
「安心しろ若者!過去にその試験で無事だった奴はおろか生き残ってクリアした者は一人もいない!!」
「根本から見直せ!!」
少しも安心できねぇわ!!
ギルドが死人出してるんじゃねぇよ!
「……んーまぁ、この程度の試練を乗り越えられぬようでは冒険者を名乗る資格は無いということだよ」
「くっ……自分が作ったからって……!」
ギルマスは余裕の笑みを浮かべて宙に舞い、ティーカップ片手にお茶しながら龍の攻撃をかわしていた。
まるで闘犬か見せ物小屋を楽しむ観戦客のようにしたり顔で愉快そうに高笑いしていた。
くそっ。俺たちは剣闘士でもなければ犠牲者でもないぞ。
こんなところで死んでたまるか。
しかし現状俺たちが手を出し尽くしたところでこの化け物に太刀打ちできる手段なんて皆無に等しかった。
強いとか弱いとかそういう次元にいない気がするのだ。
まだズキンと痛む腹部を押さえながら、俺はこの痛みと焦りの根源を思い出してきた。
あの忌まわしき記憶にある古龍の洞窟だ。
俺たちの攻撃は何一つ通用せず、軽くあしらわれただけで終わってしまったあの記憶だ。
あの時より強そうには見えないものの、今の俺たちに対処できないという点ではなんら変わりない。
体格や実力、全てにおいて俺たちを遥かに上回っている。
ただ傷ついてはルーナが回復するのを繰り返しているだけだ。
だがそれもいつかは終わる。ルーナの魔力だって無尽蔵なわけじゃない。
それまでに俺たちが必死で蚊のような攻撃をチマチマと積み重ねたところでこいつに一矢報いることなんて叶わない。
やっぱり無理なのか……。
ロシュアの力なしの俺たちなんて所詮こんなものなのか……。
「はー。やれやれ。僕は本当にがっかりしたよ。君たちは改心したみたいだけど、同時に救いようの無い腑抜けに成り下がってしまっていたみたいだ」
「な、なんだと……?」
天空から尚も高みの見物を決め込んでいるギルマスから冷徹な言葉と目線が向けられた。
どういうことだ?
まさか俺たちに勝機があるでも思っているのか?
それはとてもじゃないが正気じゃないぞ。
どこからどうみてもこの勝負に俺たちの勝ちの目はない。
このまま長引いてもむざむざとなぶり殺されるだけだ。
敗色濃厚。逃げが撤退以外に全員が生き残る術はない。
それを『腑抜け』と罵るとはどういう了見なんだ。
「以前の君たちは最低だったが、謎の自信に満ち溢れてギラギラと輝いていたじゃないか。どんな勝負にも勝つ自信があったし、決して勝負を諦めなかった。何が言いたいかというとね、つまり君たちはどんな手を使ってでも必死で生き方を模索していたってことさ」
余裕綽々で荒れ狂うドラゴンの攻撃を髪の毛で受け止め、弾き返すとギルマスは俺たちの前まで降りてきた。
「足掻いてみなよ。それがたとえ虫けらのそれだったとしても、吹けば飛ぶようなか細い努力だったとしてもさ。追い詰められた鼠が巨大な猫を相手に大金星を上げる可能性だってあるだろう?」
「な、何言ってんだよって。俺たちの攻撃は何一つ通用しないし、どう考えてもこの戦いは絶望的で……」
「そこが腑抜けだってんだよ。もう負けに入ってる。もう逃げ腰に踏み切っちまってんだ。ちょっと手合わせしただけであらゆる可能性を試す前から勝手に負けると決めつけてる。まだお前たちはやれることを全部やったわけじゃなかろうに」
ギルマスは意味深な表情で見つめてきてはいるが、少なくともその顔つきから完全に失望し切ったわけではなさそうだった。
むしろ何かを必死で伝えているようにさえ思う。
だが、未だ俺にはその全容が掴めない。
どういうことだ……。つまり言い方を変えれば俺たちが手を出し尽くせばあの強大なドラゴンに太刀打ちできるとでも言いたいのか。
そこで「いやいやそんなはずがない」、と塞ぎ込むのが臆病者だと言うのか。
しかし冷静に、かつ現実的に考えてもどうこうする方法なんて……。
「このままじゃやられるだけです……カムイ様!私も攻撃に参加します!」
「あ、ま待てルーナ!回復役のお前までやられたら……!」
「で、ですが……」
だがたしかにこのままだと何もできずにやられていくだけだ。
攻撃の人数を増やせば何か糸口が見つかるかもしれない、というルーナの考えは非常に合理的なものだった。
3人でとりあえず囲んでみるか。
「……よぉし!こんなところでやられてたら外で待ってるロシュアに申し訳が立たねえぜ。お前ら!『暁の獣王団』の名の下になんとしてでもこいつをぶっ倒すぞ!」
「おーっ!!」
まだだ。まだなにかやれるはずだ。
そういえば俺は馬鹿の一つ覚えのように足ばかり狙っていたが、他の部位はどうなのだ。
それに俊敏そうに見えるドラゴンの動きだってよくよく見れば隙は大きい。
深呼吸して龍の一挙手一投をつぶさに観察してみる。
すると龍のある特性を見極めることができた。
「ソアラ右に飛べ!」
「は、はいっ!」
ソアラが右に移動すると、龍の攻撃が間一髪というところで飛んできた。
地面に突き刺さった指をゆっくりと抜くと、龍は次なる一手を俺たちに向けてきた。
――が、
「ルーナ、お前は左に突っ走れ!」
「わかりました!」
すると今度は尻尾の一撃が振りかかってきたが、これもまたルーナに直撃することなくギリギリでかわせた。
ということはこの頭に浮かべた突拍子もない仮説はある程度正しいことが証明された。
「す、すごいですっ。どうして攻撃がくるってわかったんですか?」
「……目だよ。こいつは攻撃をする前、その方向とは逆を向くんだ。右狙う時は左、左狙う時は右ってな。また鼻息が荒い時はややタイミングずれるが尻尾による一撃で、そうでない時は爪で攻撃してくるんだ。これまでアホほど攻撃くらってなんとなく怪しい気がしたんだが、どうやらそれは正しかったみたいだぜ」
「流石カムイ様!!」
とはいえ、それでようやく避けることが「限りなく可能になった」だけだ。
これと違うパターンをあのドラゴンが繰り出してくる可能性もあるし、こちらの有効な攻め手が増えたわけではない。
だが隙を見せたその時、俺とルーナがソアラの炎魔法で同時に2方向から切り裂けばまだ何かできるかもしれない。
いける。
希望と呼ぶにはあまりにも頼りなさげな蜘蛛の糸だが、しがみついてよじ登るには十分すぎるほどだ。
龍の鼻息が荒くなり、再び尻尾による攻撃が俺たちを襲った。
しかしその攻撃はもう見切っていた。
勢いよく巨体を振り回した反動で足元がおぼつかないドラゴンに向け、俺とルーナの攻撃が突き刺さる。
「『炎魔法』!」
ソアラの火炎が二人の武器に纏い、龍の肉体に激突した――
かに見えた瞬間、龍は突然ものすごい勢いで後退していった。
「な、なんだ?!今の動き」
それまでにないほど素早い動きでドラゴンは正面を向いたまま後ろに向かって駆けていったが、突き当たりに激突してしばらく動きを止めた。
明らかにこれまでと違う動きだ。
新たな攻撃の前兆、というよりまるで何かに逃げている……という方が自然な様子だった。
「ま、まさか……」
この龍、背中が弱点なんじゃないか?
思えばこいつはいつも正面しか向いておらず、一度たりともこちらに背を向けたことがなかった。
戦いにおいて向きを固定させるなんてあまり得策とはいえない。
むしろ状況に応じて様々な姿勢を取ることが望ましいはずだ。
にも関わらずこの龍は一度として俺たちを相手に向きを変えることはなかった。
そのせいか、ややぎこちない動きになってしまっているのだ。
しかし隙がいくら大きくても攻撃が通じなければ意味がない、と決めつけてしまっていた。
そうか。これが俺の視野を狭める要因だったのか。
攻撃が通じないから諦める。相手が強いから逃げ出す。
勝ち目がないと決めつける。
だが、ギルマスの言う通りあれこれやってみるとどうだ。
こんなにも色んなことが見えてくるじゃないか。
そういえばこの感覚だったな。
戦いってのはいつ何が起こるかわからない。
それぞれ自分の持ち合わせた手札で上手いこと自分にとって有利な条件を作っていくことが重要なのだ。
ったく。まだ全てを諦めるには全然早いじゃないか!
それを教えてくれるなんて、全くいい試験作るぜギルマスさんよ。
「まだまだやれるよな?ここからが正念場だぞ!」
俺の問いかけにも二人は無言で頷いていた。
最早その目に一点の曇りや迷いさえもない。
目指すは目の前のドラゴン撃破、そして3人揃っての試験合格だ。
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