新たな冒険に向けて
「つ、ついに来ちまったな……王都ギルド……」
「何?もしかしてカムイ緊張してるの?」
「な、なわけねーだろ。た、ただ色々とアレがコレなだけだ」
精一杯強がってみたものの、概ねロシュアの言う通りだった。
俺たち3人は全員フード付きのマントを羽織り、顔を隠しながらそろりそろりと歩いていた。
流石に顔を覚えてるやつなんていないと思うが、それでも素顔晒して歩くのはなんとなく気が引ける。
しかし周囲の目線や反応からして明らかにこっちの方が不審者感が強くなっているのは明白だった。
ロシュアの提案に従い、ギルドに近づくにつれ徐々にフードを外しながら俺たち新生パーティー一行はギルドの輝かしい戸を潜っていった。
3年も経ったにも関わらず、それほど外観に変化は見受けられなかった。
あのへんちくりんな目に悪い色を放つギルマスの黄金像も一ミリも微動だにせず設置されてある。
冒険者資格が剥奪された今の俺たちには職員一人一人の爽やかな笑顔が太陽よりも眩しい。
おっかなびくびく三位一体でロシュアの後ろにくっついていると、こいつの背中がいかに大きいかがよくわかる。
そういえば俺はいつも先頭を馬鹿みたいに突っ走ってたっけな。
もしあの時生き方を変えていたなら、今もだいぶ違っていたのではないだろうか。
全ては過ぎ去った過去であり取り返しのつかないことではあるが、選ばなかった未来が気になるのもまた人間という生き物である。
「うーん。でもカムイが折れることはないと思うな。あの時は誰彼構わず我が道突っ走って栄華をこの手に!って感じだったし」
「そ、そうだったっけか……」
「そうですよ。私はそんなカムイ様についていこうと決心したのですから」
「あたしも!じゃなきゃここまで一緒にいないし」
損得だけで物事を図り続けて我関せず駆けていった結果がこの破滅じゃ皮肉極まりないけどな。
過去の自分を見つめ直せば直すほど目の前の人間に対して申し訳なさで一杯になって段々小さくなっていく自分がいたが、ロシュアはちっとも怒っている様子はなく、逆にふっと微笑んでいた。
「でも……僕もそんなカムイは嫌いじゃなかったよ。輝いて見えたのは同じだしね」
「なんか……色々と悪いな。俺たちはお前の力に頼りきりだっただけなのに……」
「謝ることはないよ。多分だけど力って持ってても使わなきゃ意味ないと思うからさ。カムイたちと出会ってなきゃきっと僕は友達も作れなかったし、この力を活用することもなかっただろうからね」
「そ、そうか?別れてから結構うまくやってると思ってたけど……」
「うん。あの時死にかけたからね。追放されて悲しかった」
「…………すみませんでした」
まさかそこまで追い詰められていたとは思わなかった。
いや俺も俺でめちゃくちゃなこと言ったけど、仮に俺があんなこと言われてたらむしろ怒りで出て行くぐらいで。
こいつも同じ人種かと思ってたけど、とんでもない思い違いをしていたようだ。危うく才能の塊を世界から失わせるところだった。
「そこで出会ったのがあの……なんてったっけ。きれーな人。ターシャちゃん?ってわけ?」
こういう時ずけずけと踏み込んでいけるのがソアラだったが、正直俺は重苦しさで口を開く気にすらならないのにこいつは中々すごいと思った。色んな意味で。
「そうだね……怪しい暴漢に襲われてたから助けなきゃ!って思って」
「やるぅ。あーあー。良ーなー。あたしも早く結婚したいな〜」
「……今の話を聞いてもそんなもんなのか?」
「だってー結婚したいじゃーん?素敵なイケメンでお金持ちの優しい人とさー!」
料理が作れない時点で大分イメージマイナススタートだと思うが……。
そもそも俺たちロシュア以外全員料理作れないし。
あと俺がいうのもなんだが、お前たまにヒスるし性格悪いから希望は無いだろ。
なんなんだろうな。ちょっとは申し訳なさとかノスタルジックになるとかそういうあれは無いんだな。
切り替えが早いというか何というか……。
そんなこんなで何気ない談笑しながら進んでいると、いよいよ受付に辿り着きロシュアがパーティー登録を済ませていった。
「はい……ええとリーダーカムイ様でパーティ名『暁の獣王団』で間違いありませんね?」
「は、はい」
じっと受付の女の視線が全身に突き刺さる。
大丈夫。誰も覚えてなんかいない。
くそっ。こんなに心配になるならパーティー名から獣王団ごと消せばよかった。
なんか絆とか思い出とか感傷に浸って残す決意をしていたが、気持ちを新たにするならまるごと変えるのも悪くなかったはずだった。
「冒険者ランクは皆さんバラバラですが、パーティーとしてのランクに影響はありません。ただし、新規に登録されたパーティーは自動的にランクFからのスタートとなります。それとそちらの3名の方は冒険者資格が存在しないようですので、まずは新規にこちらで登録して頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」
「は、はい大丈夫です」
ということはあの適性検査を受けることになるんだろう。
改めて自分を見つめ直す良い機会……とはいえ、それはあまり好ましい事ではなかった。
ロシュアのフォローなしの自分といえば、あの洞窟で剣をへし折られるくらいのレベルだ。
ありのままの姿を曝け出す……。
抵抗が無いわけではなかった。
しかし新たな一歩を踏み出すためには必要な行為だ。
ロシュアに謎のガッツポーズを捧げられ、俺たち3人はやや大きめな部屋に連れて行かれた。
そこはギルドの模擬戦等訓練室みたいなもので、派手に実力を発揮しても外には音が漏れないどころか誤って備品を破壊する心配もないという上質な空間だった。
尤も俺たちはロシュアじゃないのでそんなことも起こらないだろうけど。
「にゃははは。おうおう元犯罪者どもぉ。がん首揃えてご立派なこった。こりゃあ罪のリヴァイアサンだぜ」
聞き覚えのある軽薄そうな口調とそれに似合わない可愛らしい声は初代にして現役のギルドマスタークラウスだった。
伊達に初代から続いてるわけではなく、3年経ってるはずなのにロシュアたちとは異なりちっとも歳をとったとか衰えたとかそういう雰囲気は一切なかった。
「な、なんであんたがここに……!」
「おいおいお前たち。忘れたわけじゃないだろ?ここは王都のギルドなんだぜ?ということはその総責任者であるこのあてくしが公式で公正かつ公平に未来に羽ばたく若者の邪魔をするのは当然の義務だろう?」
「……いや、そんなこと今知りましたけども……」
無論こんな適性検査や試験で不正なんてしようものでもないしする気もなかったが、まさかこんなところにこんなお偉いさんがいるなんて夢にも思っていなかった。
それに出会って開口一番即あの時のことを口走られたので、ますます背筋に緊張の色が走り始めていった。
「ロシュアたんに感謝するんだな。てめぇらチンピラのためにあちこちで頭下げたり靴舐めたり辛酸舐めさせられたりしたんだから。ありがたく思えよ畜生ども」
「そこに関しては異論も反論もないんですが……なぜあなたがそんなに恩着せがましく言ってくるんですか……」
所業を思えばやむなしかもしれないが、それにしてたってギルマスのそれはあんまりな言い方だった。
まぁ小悪魔みたいにきゃっきゃと愉しそうに笑ってることから半分冗談なんだろうけどさ。
「あーっひゃひゃっ。そんじゃま立ち話もなんだから、早速試験を始めちゃうとしますかー」
「お、おう……」
「じゅ、準備は万端ですわ」
「さっさと終わらせてライセンス作っちゃお!」
しかしいくら待っても試験は始まるどころか何も起こらず、その場には沈黙と緊張が入り混じり微妙な空気が漂っていた。
「あ…………あの、すみません」
「ん?ワシか?」
「い、いや!!あのありますよね適性検査!!」
「てき……?」
俺の必死な語りかけにも、ギルドマスターは目と口を丸くしてぽかんと突っ立っているだけだった。
いや!初代ギルドマスターがそれはないだろ!?
「ほ、ほらあれですよ!水晶触って光を出してー!とかスライムと戦ったりーとか!!」
「…………あ、ああ。あれねあれね。うん今思い出したわ。いや、思い出して無いわ。覚えてたわ普通に。うん」
「……絶対嘘だし……」
ギルマスのあまりの道化っぷりにさしものソアラも疲弊を隠せない顔つきになっていた。
この人の場合、本当にどこまで本気でどこまで嘘かが見極めるのが難しい。
彼女はけらけら笑ってどこからともなくティーカップを取り出していた。
「王都にはあーいうの無いんだよ。ただ実力試験があるだけ」
「そ、そうなんですか?」
「ま、それにきみたちの適性もなんとなくわかるしね。カムイたんは戦士タイプ、ソアラっちは典型的な魔法使い。でも回復魔法は上手くないクチだね?で、そこのセクシーなインテリクール女ことルーナちんが僧侶でしょ。ただし、単なる僧侶じゃなくてある程度肉弾戦もイケる武闘派なパラディンタイプ」
「お、お、おおう………」
名乗ったわけでもないのに俺たちの大まかな全容が余すことなく把握されていた。
ギルマスなら全部の冒険者の事情を把握していてもおかしくはないが、それにしても圧巻と言わざるを得なかった。
「す、すっご……なんで分かるわけ……」
「にゃはははっ。まぁでも実力はしっかりくっきりもっちり見ていかないといけないかんね。そんじゃまずこいつと戦ってもらうよん」
きた……。
まぁ最初はスライムかその辺の雑魚だろう。
多分3戦連続で戦ってもどうにかなる。
流石にロシュア抜きでもそこまで落ちぶれちゃいない。
来るならどこからでも来やがれモンスター……!
「じゃ、君たちには今からこのゴールデングランドドラゴンと戦ってもらうから。3分以内に倒してちょーよ」
ギルマスが指パッチンすると、天井から全身その名に違わぬ黄金の鱗をした巨大な龍が降ってきた。
龍の体格は軽く見積もってギルドマスターの全身20倍はあり、あっという間にこの部屋のスペースを潰していった。
血走ったように真っ赤な瞳がこちらに向けられ、鋭く尖った銀色の牙を唾液で煌めかせ、やがてその口を大きく開けて部屋中に響き渡る大音響の耳をつんざく雄叫びを轟かせた。
「……………………うん、無理ですね?!これ!!」
初っ端から俺たちは見るからに強そうな化け物との戦闘を余儀なくされてしまった。




