もう遅い …………けど
「本当久しぶりだね。あれから3年ぶりだっけ。まぁゆっくりしていってよ」
「あ、ああ……」
俺たちはロシュアの案内されるがままに客間に連れて行かれた。
早速高級そうな茶菓子を美人メイドさんから提供され、一層煌びやかな装飾の施された席についた。
……俺もある程度色々な地に行って見聞を広げてきた方ではあるが、こんなに上品な茶菓子を頂いたのは初めてだ。
王家のパーティーでもこんなの出ないだろう。
そっと手に取ったクッキーはほんのり熱を帯びており、口元に近づけると焼き立て感満載で甘々しいとても食欲を唆られる魅力的な香りが漂ってきた。
図々しくも頂いた直後から食していたソアラなんかはうっとり顔で沈んでいる。
噛むとサクッとした歯応えとふわふわの食感が口いっぱいに広がってきて、その余韻に浸り切ってそのままとろけ落ちてしまいそうだった。
この3年ロクな飯を食ってない事情を差し引いても純粋に美味い。美味すぎる。
あまりの美味さにトリップしそうになって本題を見失うところだった。
というかこんなもんが毎日当たり前のように食べられるのかロシュアは。
もうなんか一つの王族にでもなってるんじゃないだろうか。
月日ってのはこうも人の在り方を変えてしまうのか。
見た目は相変わらずのおとぼけロシュアなのに。
いや、もうおとぼけなんかじゃないな。
すっかりS級冒険者としての格調高い雰囲気で満ち溢れてやがる。
今あいつは俺たちが欲しかったものを全部手に入れてるような感じだ。
道が違えば……いや、そんなこともないか。
「それで……何か話があってきたんだよね」
しばらく無言の静寂がお互い続いた後、ようやく観念したかのようにロシュアから口火を切った。
話下手も相変わらずか。
まぁ今回に限っては何話したら良いかわからないのも無理はないが。
「あぁ……。まぁお互い色々あったみたいだけどさ」
やばい。いざ言おうとするとめちゃくちゃ言いづらい。
なんて切り出せば良い?
どうここからあいつにもう一度パーティーに入ってくれるように頼むんだ。
発案主であるソアラに肘で合図しても、肝心の誘い文句は思いついていなかったようでしばらくシラを切っていた。
「お、おい……来るって言ったのはお前だろ。さっさと済ませちまおうぜ」
「だ、だってなんか言いづらいんだもんこの空気!カムイ様が言ってよリーダーなんだし!」
かーっ。だから俺は反対だったんだ。
追い出した張本人たる俺が「戻ってきてくれ」なんてどんな顔して言えば良いってんだ。
比較的そこまでディスってなかったルーナあたりが言ってくれれば良さげだろうが……ええいしゃあない。
「よ、よしわかった。じゃあ俺が言ったら全員で言うんだぞ。いいな?」
そういうと二人とも頷いてくれた。
要は最初が肝心なのだ。こういうのは言い出しっぺの法則なのだが、まぁリーダーは一応俺なんだし俺が言うしかないだろう。
「た、頼む!もう一度俺たちとパーティーを組んでくれ!」
紅茶片手に一服していたロシュアの動きがこれを受けて硬直した。
とりあえず俺は椅子から立ち、腰をくの字に折り曲げて頭を下げる。
これでどう返してくるかだが……。
「え、えっと……」
ロシュアの困ったような顔が目に浮かぶ。
予想されていたリアクションではあるが。
「そうよ。私たち仲間だったじゃない!ね!」
続いてソアラも焦りながらも声を上げた。
全く。俺と同じでロシュアを「いらない」宣言した奴が本当どの口とどの舌で言ってるんだか。
「私からもお願いしますわ。私たち……あれから色々考えたのです。やっぱり私たちには貴方の力が必要だったって……!」
おっ。いいぞルーナ。
やはりお前は俺たちポンコツ組と違ってお願いの仕方を心得ているな。
「そ……そうそう!過去のことは水に流しましょうよ!ねっほら!また一緒に楽しい冒険の日々を過ごしましょう!」
ルーナの後で思い出したかのようにソアラが薄っぺらい発言をぺらぺらと重ねる。
……お前がそう付け加えるとなんか信用できなくなるだろうが!
そりゃ俺たちは好き放題できて楽しかったかもしれねぇが、ロシュアにとっては内心ハラワタ煮え繰り返っていてもおかしくねぇんだぞ。
でも今はとにかく平頼みあるのみか。
「お、俺たちが悪かった……あの時は俺たちどうかしてたんだ。自分たちこそが世界の中心にいるんだとばかり、バカな勘違いしててさ……。だからその……戻ってきてくれ」
俺たちの全身全霊を込めた迫真の懇願に、当のロシュアは若干引き気味でどうしていいかわからないような顔つきをしていた。
いや当然か。
少し唸って考えた後、やがてあいつは喋り出した。
「う……うーん……で、でも……もう遅いよ。僕にはみんながいるし、子供も家庭もできちゃったし……」
「そ、そんな……」
そう言って膝から崩れ落ちたのはソアラだった。
こうなることは薄々分かっていたが、それでもソアラは諦め切れていなかったのだろう。
だってこれが断られたらもう俺たちは解散するということなのだから。
まぁ今後俺たちが二度と結成することはないだろう。
街ですれ違ってもお互いもうどうなっているかなんて分からない。
もう夢を見る時間も終わりだ。
さぁ帰るぞソアラ、ルーナ。
「……って思ってたんだけど、いいよ」
「……えっ?」
その余りにも意外すぎる続きの返答に俺たちは我が耳を疑った。
ん?
えっ?何が何が?
今「いいよ」って言わなかったか?
何がいいって?
「うん。またカムイたちみんなで旅しようかなってこと」
「えええええっ!?」
う、嘘だろ?
いや嘘だろ?嘘なんだろ!?
なんかの罠なんだろ!どうせ!
どっかになんか見張りとかいて、背後から「ドッキリ大成功!」て書かれた木の板を掲げてやってくるだろ絶対!
「あはは。疑い過ぎだよカムイ」
「だ、だって……だだ第一さっきロシュア自身が言ってたじゃねぇか!もう遅いって!」
「うん。そう思ってたんだけどね……。でもずっと旅もしてみたいと思ってたんだ。まぁこのまんま出るわけにはいかないから色々条件ありきになるけど……それでもいいよね?」
「良いわ良いわ!良いに決まってるじゃないの!神様仏様ロシュア様よ!」
「お、落ち着けよソアラ」
「これが落ち着いていられる!?だってあのロシュアがまた戻ってきてくれるのよ!?」
ったく……本当調子いいやつだな……。
しかしドッキリでないとしたらどういう腹つもりなのだろうか。
全てを失った俺たちと今更また旅に出るメリットなんてこいつにはゼロだ。ロシュアにとっては百害あって一利なしだ。
それに俺たちはあんなに雑な扱いをし続けてきたという決して消えない過去もある。
それを加味すると今のこいつの行動心理が今ひとつ掴めない。
まぁ顔つきから揶揄っているんではないのだろうけど。
「条件ってのは……まず旅に出る僕は分身になるってことだね。お仕事や子育てで身体がひとつじゃ足りなくなってさ……」
「そうか……いやそりゃそうだなん?待てなんて?」
「【分身魔法】」
奴がそう唱えるとすぐ隣にそっくりなロシュアが複製された。
それを生み出した本体のロシュアは少々ぎこちない動きをした後、ようやく分身と本体で動きを分けていった。
いやさらっととんでもない事をやってきたなおい。
「何かあったら本体に声は届くから大丈夫。でも本体より少し力がセーブされちゃうんだけど……それでもいいかな」
「い、いやまぁうん……お願いしてるんですからそこは別に構わないっすよ……」
「ありがとう。じゃあ二つめの条件なんだけど……新しいパーティー名はカムイが考えて欲しいな。ついでにリーダーはカムイで」
「へっ?」
いやおかしいだろ。普通に考えてリーダーはお前だろ。
実力的にも色々的にもお前が相応しいだろ。
「うーん……でもやっぱりカムイがリーダーじゃないとなって……」
「い、いやお前がそれで良いなら良いんだよ……うん」
なんか奇妙な感じだな。というかまた俺がリーダーで申請通るのか?大丈夫か?
「それに関しては大丈夫だと思うよ。刑期はもう過ぎたわけだし……公開裁判の件に関しても、関係者以外の聴取からはカムイたちの名前を記憶から消してあるし。もう誰もあの件について覚えてないと思うよ」
「さっきからすごいとんでもないことばっかり言ってるしやってるんだな……」
というか記憶を消し?
な、なんなんだこいつは。
どう考えてもても俺たちにメリットにしかならないような事ばっかやってるじゃないか。
今思えば裁判の段階で大分こいつはおかしかった。
減刑だって俺たちの所業を思えば本来ならやるはずが無いことだ。
むしろ1000年に引き伸ばされてもおかしくないはずなのに。
それどころか俺たちが足を洗った後不利にならないように名前まで伏せてくれるなんて。
……もしかして俺たちが来る事わかってたのか?
「いやそれは流石に予想してなかったよ。カムイが頭下げてくる事なんて絶対ないと思ってたからね……」
「そうだろうな」
俺の中のこいつの認識も少し気になるところではあるな。
多分すごいやな奴だろうな。
「でも……カムイたちも十分反省してくれたわけだし……それにずっと心残りだったんだよね。このまま終わっていいのかなって」
優しすぎか。
お前いつか絶対騙されるぞ。
「や、やっぱりロシュアはあたしが見込んだ通りの男だよ!さすが天才魔法使い!」
「そ、そうですわ!私ずっとロシュアが居なくなって心がもやもやしてましたもの!また戻ってきてくれて嬉しいわ!」
「……まぁ俺もこいつもこんな感じだけどまたひとつよろしく頼むぜ」
「うん。改めてよろしくねカムイ」
こうして俺たちは「黄昏の獣王団」改め「暁の獣王団」を結成することになった。
なんだか予想だにしていなかった展開だが……。
俺自身もうどんな顔してどうしていればいいのかまるでわからねえ。
ただもう一度久しぶりにこいつらと冒険できるということには素直に嬉しい気持ちもしていた。




