明かされた真相
「認められません。何故なら貴女がたは被告人にとって仲間であり親しい人物だからです。発言に信憑性と公正さを欠く恐れがあります」
「そうだそうだ。ロシュアのハーレムどもは引っ込んでろ!!」
カムイが凄い勢いでブーイングの逆サムズアップを繰り返した。
彼女たちは怯まずその場に居座り続けていた。
「だったら私たちならどうだ?」
「き、きみたちはあの有名なAランクパーティ『深紅の薔薇』の皆さんではないか!」
声を上げたのは裁判長ではなくジール国王だった。
ターシャさんたちの裏にアンルシアさんを始めとした薔薇の女傑たちが勢揃いしていた。
「私たちはロシュアくんと親しいわけでもない第三者にあたる人物だと思うのだが」
「し、しかしですね――」
焦る裁判長に対して国王は前に出て許可を出した。
「うむ。そなたたちなら信用できる。それに私もカムイとやらの発言には少々不可解な点が多いのでな」
「ぐっ……!」
それを聞いたカムイはさぞ悔しそうな顔をしていたが、何か王様と因縁でもあるのだろうか。
真実であるなら正々堂々としていれば良いはずだが、彼の顔には焦りの色が伺えた。
「で、では発言を許可します。深紅の薔薇リーダーのアンルシアよ」
「はい。まず第一の疑惑を払拭させておきましょう。カムイ殿の発言についてですが、先に結論から申し上げますと、壺割りの犯行については被告人ロシュア殿の過失ではありません」
一同がざわついた。
一度定説だと信じられていたことをひっくり返そうというのだから当然だが。
「ほほう?」
「証拠品としてこちらをお持ちいたしました。どうぞ」
すると深紅の薔薇の更に後ろからガーベラさんとダリアさんが壺を抱えて現れ、それを部屋の真ん中に置いた。
「そしてこちらが壺の側にあった地面のレプリカでございます。こちらご覧になりまふと大きな足跡がございますのがお分かりいただけますでしょうか」
それはたしかに以前ターシャさんたちと訪れた際に付いていた足跡そのものだった。
それを見たカムイは更に汗をかいていた。
「では被告人、どうぞこちらに」
「は、はい」
自由に動く足をレプリカ地面にむかって進めて、その前に立った。
「足跡を重ねてみてください」
大きな穴に向かって足を乗せてみると、靴からややはみ出すほどの空洞ができていた。
「どうでしょうみなさん。どう見ても採寸が合っていないでしょう!これ以外に足跡がなかったことから、台座に侵入して壺に手をかけた人間が被告人ではないことが証明されたと言えるでしょう!」
「あり得ない!」
バンと机を大きく叩いたのはカムイだった。
全身から汗という汗を噴き出しながらも、彼は凄む表情を変えずに睨んでいた。
「そんなもの……でっちあげの作り物だ!!」
「いいえ。これはこちらのガーベラさんをはじめとしたギルドの職員によって懇切丁寧に解析され、作り上げられた純度100%の模造品でございます。よって証拠としての信頼度は高いといえるでしょう」
会場の人間が納得したような顔つきをして声を上げていた。
「ぐ……」
「さて。それではこの足跡は誰のものになるのか?という話になりますが、この場に居たのは黄昏の獣王団を除いて他におらず、うちメンバーは女性が二人。この大きさと彼女たちの足の大きさを照らし合わせても合致しないことより……つまり残る一人の男性、カムイ殿のものということになりますが」
「そんなわけねえ!!はっ!だ、第一足跡なんて今そいつが履いている靴と同じかどうかなんて……」
「これが同じなんですよカムイさん。何せ彼はこれまで衣服という衣服を購入していないのですから。それは他ならぬリーダーである貴方の方針でしたよね?」
「どういうことですか?」
「黄昏の獣王団では何故か被告人ロシュア殿にだけまともな衣服も支給せず、正当な取り分も与えず、これまで過酷な労働を強いていた――という事が確認されています」
「そ、それは……」
「なんとひどい仕打ちを……」
「人間のやることではないわ……」
聴衆に囁かれた内容からカムイは更に動揺し始めていた。
「そ、それは最初の契約にもある通りですね!?わ、我が黄昏の獣王団ではきちんと働いたものにのみ対価を支払うという取り決めが……」
「そんなもの提出されてないでーす」
ギルドマスターから追い討ちの宣告が突き刺さった。
「きみたちから提出されたパーティーの書類には『取り分は公平に1/4』と明記されておりまーす。変更の手続きは1週間前からやってね。お姉さんとの約束だぞ」
「は、はい」
「……ということはつまりカムイ殿は規則を破って無理やり重労働を強いたばかりか、壺を割った責任まで転嫁させようとした……そういうことですかな?」
「ま、待ってください裁判長それは」
「はい、それは間違いありません。ちゃんと記録をとってますから」
カムイの話を遮るようにザイムさんが喋り出した。
「自分が聞いたところによると、彼らはむしろ止めた側であると、この辺は先程の彼の主張とも合致しますね。しかし証拠は違うと。これはどういうことになるのかねぇ」
「そ、そんな証拠なんて認めねぇぞ!つつつ、壺に俺の指紋でもあるってんなら認めて」
「はい手を出してね」
ギルドマスターが瞬足の速さで彼の手首を取って有無を言わさず指をなぞり、それを大きく広げた紙の上に写とった。
「んでこれが壺の指紋ね」
大きな渦巻き状の指の跡と提示された壺の指紋が完全に一致していることが裁判所内で展開された。
「あ……あ、あ……」
「うーん。これは言い逃れできないですね……」
証拠に指紋まで突きつけられたカムイは、火の消えた蝋燭のように段々と汗を流して溶けて真っ白になっていくようだった。
「そ、そんな、そんなそんな……みみみ認めねぇぞ!!全部全部嘘っぱちだ!俺をはめようとしてロシュアがギルドの連中を抱きこんで工作してやがるんだ!全てデタラメだ!」
「ならば私が証明しよう」
「あ、貴方様は!!四賢人の一人、アメシストサーガ様ではないですか!!」
突如風と共に会場に現れたのは風のサーガ様だった。
その思わぬ登場人物に国王から裁判長まで誰もが愕然としていた。
「私の〝風〟はあらゆる世界を記録する。私も気になって禁断の地を調べていたのだよ。それがこの結果だ」
風の賢者様はその場に巨大な魔法陣を呼び出すと、風を集めて人の形のようなものを作っていった。
それはまさにあの時禁断の地へ赴いた僕たちの姿形そのものであり、更には当時の声まで鳴り響いていた。
『へっなんか退屈なダンジョンだな』
『全くですわ。ボスらしきモンスターもいないし、宝物もないし……ってあら?なんですのあれ』
『ん?なんか壺みてえなもんが置いてあるな』
『さ、触らない方がいいと思うよ……』
『あ?荷物持ちのくせに何エラソーに俺たちに指図してんだよ』
『そーそー。黙ってここでお留守番しててねーきゃは』
やがて風の人形たちは風により再現された壺の前に集まって行った。
『なんだこれ!すごそうに飾ってくれちゃってるみたいだけどよぉーこんなもんこうしてやらぁ!』
「あ、……ああああ……」
風のカムイは壺を抱えて叩き割った。
『きゃははは!ちょーまじでやばいんだけどー』
『どうするんですか?』
『あ、そうだ。ひらめいたわ。おーいロシュアー』
『な、なにかな……ってえっ!?な、なにこれ』
『はぁ?何ってお前がぶつかって壊したんだろ?』
『え……そ、そんなことしてな……』
『しらばっくれるのも大概にして。あんたが割らなきゃ誰が割るってのよ』
『そ、そんな……ぽ、僕が……』
そこまで風が囁いたあたりで風の人形たちは消滅し、一同は騒然とした。
「以上よりこの男のやることなすこと全てが虚偽のものであり、神聖なる裁判のみならず王家まで侮辱する行為に他ならないと私は主張する!」
「なんということじゃ!」
国王は真っ赤になって怒り出し、カムイに対してひどく怒鳴り散らしていた。
「一度ならず二度までも我らを謀ろうとしたばかりか、このような不始末まで働くとは!!」
「あ、あう、あうあう」
カムイはもうあうあうしか言えないなんだか可哀想な生き物と化していた。
ここまで徹底した証拠を突きつけられてしまえば無理もないが。
「全ての発端となったのは他ならぬカムイ!お主とその不届な女どもの愚行だったということじゃな!!ええい許せぬ!貴様ら黄昏の獣王団は本日をもって冒険者資格の総剥奪及びパーティー抹消の上で向こう100年は投獄の刑とする!よいな裁判長!」
「ひっ!」
国王様の放つ圧と怒りの叫びに裁判長は怯え切ってしまっていた。
本来裁判においては裁判長の方が力のあるものなのだが、今回は異例中の異例なのだろう。
死刑に等しい宣告を受け、絶望の淵に陥っていたカムイたちは色を失って石化してしまっていた。
「ま、待ってください王様」
そこで一声あげたのは他ならぬ僕自身だった。
もしかしたらこの先……いやこの瞬間さえも、僕はとんでもない無礼を働いているのかもしれない。
それでも言わざるを得ない。何よりここで終わってしまっては何かひっかかる。
本来被告人である僕がこんなことを言うのは何だけど、もうカムイたちと会うのは最後になるかもしれないから。
立ち上がって発言を試みる僕に、その場の全員が視線を集めていた。