王国裁判
「これより第250回ジール王国裁判を開始する。被告人ロシュアよ前に」
「はい」
ザイムさんが消えてより数分もしないうちに僕は裁判に連れて行かれた。
そこには白い髭を蓄えた老齢の人(おそらく裁判長)と、ジール国王、それから出入り口を囲うようにサイヴァーンの騎士団たちが固まっており、右側にザイムさん、左側に銀髪ストレートの長身男性、そして何故かギルドマスターのクラウスさんが偉そうに椅子に座っていた。
「判決を下すのはただ一人……あたしだ!」
「違う。裁判長だ」
長身の男に頭をごつんと叩かれ、クラウスさんは悶絶した。
「いてぇ。親にもぶたれたことないのに。あ、ロシッンじゃん。どしたの?初裁キンチョーしてる?」
「……相変わらずですねクラウスさん」
「なんだっけえーとトクベツボウチョウニン?ギルドマスター特権?で発言とか許されてるっぽい。ま、気にせずがんばれよ。あたしいつまでも待ってるから。ロッシンが綺麗になって出てくるまで」
「もう有罪にされる前提で!?」
弱ったなあ。国家騒乱罪とか10年あっても全然足りないぞ。
というか、今更ながらなんだロッシンって。
そんな軽めの雰囲気で大丈夫か?
「では王都ギルドマスターより、概略を説明しなさい」
「はい。被告人ロシュアは推定Cランクの冒険者であり、数日前まで『黄昏の獣王団』に身を置いていた者です。そして彼が所属していた時期に彼とそのパーティー一行は『禁断の地』へ赴きそこに長らく設置されてあったとされる魔王の封印が施された壺を割ったとされています」
その場にいた全員の視線が一斉に突き刺さってきた。
冷や汗が首から背中にかけて伝ってくる感覚がした。
「それからそう遠くない時期に、本来は発生するはずのないイレギュラーなAランクモンスターが各地で出現したことは皆さんの記憶に新しいことでしょう。あれらは全て復活を果たした魔王によってばら撒かれた魔瘴によって生み出されたものでした。現在は一体も残らずギルドによって回収・撃退されたものですが、中には被害があった箇所も確認されており、これは立派な国家を騒がせた罪であることがご理解いただけるでしょう」
彼女は白紙の紙をひっくり返して咳き込むと、再び話し始めた。
「また、その後復活した魔王と結託して世界を滅ぼそうとしている――という周囲の人物からの目撃情報もあり、更には魔王と一緒に封印されていた古代の英雄、アルリムが暴れ出し各地に被害をもたらしたとか。――つまりまとめるとこれらの騒動の起源に被告人とパーティーが大いに関わっているものとし今回の裁判に至ったわけでございます」
「うむよろしい。それでは被害状況とその証人として当の『黄昏の獣王団』を代表してカムイ。発言を許可します」
カムイ!?
あいつが証人なら確実に僕なんか有罪になるじゃんか!
「やぁ。俺カムイ。まずはここに呼んでもらったことを光栄に思うと同時に感謝いたします」
カムイが部屋に入ってきたと同時に、グランジール国王はとても憤ったような顔つきになって立ち上がった。
「むむむお前は!我の顔に泥を塗った上に不正呼ばわりした恥知らずではないか!何故ここにいる!」
「げっ。お、王様ぁ〜。その節はご迷惑をおかけして言葉も面目もない次第でございます。しかし国王。どうかこの場は私裁判マスター・カムイめにお任せください。今から陛下の御前でこの男の腐り切った本性を暴いてご覧にいれましょう」
カムイはどこからつけてきたのかわからないマントをわざとらしく翻して僕を指さした。
腐り切った本性って……。
「まぁずこの男は俺たちとかのダンジョン・禁断の地攻略の際にですね、突然とち狂ったかのように暴れ出しその醜悪な瞳を真っ赤に血走らせ本能を剥き出しにして襲いかかってきたのでございます。その当時の発言を記録していたのですが……曰く『俺は貴様らみたいな脆弱で間抜けな無能とは違う。その証拠に俺はあんなちゃちい手品など恐れはしない』と意気揚々に封印のツボに手をかけ、それをあろうことか我々の目の前で叩き割ってみせたのです!!」
自信満々に語ってくれてるみたいだけど……。
流石にそれは捏造だから。
割っちゃったのは僕かもしれないけど、そんな恐ろしいセリフ今まで言ったことないし。第一そんな発言を許す君らじゃないだろう。
「それが故に今彼は一人で冒険しているのですよ!我々の元を離れて!!数日前、彼は僕たちに言いました『こんなゴミどもとつるんでいるくらいなら、豚小屋にいたほうがマシだぜ。てめえらだけで勝手におままごとやってろ』と僕たちの抑制も振り切って酒場の扉を蹴破って……パーティーを自主的に辞退したのでございます」
お、おいおい。
追い出したところまで捏造する気なのか。
元はといえばカムイがいきなりクビ宣告したはずなのに。
しかし容疑者で被告人の僕が今は何を言っても無駄だと思うので、ここは押し黙るしかるなかった。
僕はその後も彼がいかに僕という人物が劣悪で醜く歪んだ傲慢な人物であるかを懇切丁寧に脚色を交えながら力説してくれた。
「お分かりですか皆さま!!こいつは最低最悪の外道。生きる犯罪者!欲にまみれ――いや欲望が服を着て歩いているようなクズ野郎!他人を蹴落とし、自分だけの幸福を追求して動くケダモノに過ぎないのです!それが今回の事件と密接な関係を示していることは、ご立席の皆様方にもよくよく理解いただけることでしょう。……以上を持ちまして『黄昏の獣王団』を率いる私ことカムイは、かつての同胞であった被告人ロシュアを疑いようのない犯罪者であると同時に公正なる審議の元裁かれるべき悪であると主張します。ご静聴ありがとうございました」
多くの傍聴人が彼の話を聞いて手を叩いて賞賛していた。
「やはり噂は本当だったのか」
「とんでもない力を持っていると聞いていたが……いやまさかなあ」
「あんなにも無害そうな顔をしていて……人間わからないものですね」
……あの違います。全部真っ赤な大嘘です。
なんていうこともままならないし、本当にこのまま終わってしまうのだろうか。
やった悪いことに責任を取るつもりではあったけど、やってないことまで問われる必要があるんだろうか。
カムイは――いや、カムイたちはいつもこうだ。
こんなことはパーティーにいる間中日常茶飯事だった。
それでも僕がしがみついていたのは、心の拠り所が欲しかったから、すごい彼らに仲間と認めてもらいたかったから、そうして僕が笑っていると彼らも笑ってくれるから。
孤独でいたくなかったから。
色々あったとは思う。
しかし今だから思うこともある。できればカムイたちとはもうパーティーを組みたくはない。
だってそばに居て何かミスしちゃったら、こっちが50倍返しくらいで嫌な思いをしなくちゃいけなくなるし。
昔は切られたくないから渋々やってたけど、今はもうその必要もないわけだし。
得意げにスピーチを終えて定位置に戻ると、裁判長が次なる指示を仰いだ。
「それではこれより被告側の意見を聞くとしよう。まずは被告人ロシュアよ」
「はい」
「今の証人の意見について何か言いたいことがあるならば述べなさい」
「そうですね……」
僕は言いたかった。ここで「嘘です。僕は追い出されたんです。カムイの言っていることは全てデタラメです」と。
しかしカムイは僕を睨んできた。
分かってる。今回非があるのは僕の方だ。
それに禁断の地のことも、今回の追放も、他に証明のしようがない。
しようがない以上こんなことを言っても仕方ない。
「……あ、ありませ――」
「ちょっと待ったぁ!!」
バタン!とけたたましい騒音が静寂な空間に鳴り響いた。
正面入り口の扉が威勢よく開いたのだ。そこには見知った人物たちが勢揃いで立っていた。
「た、ターシャさん!?それにみんな」
「な、なんだね君たちは!ここは厳正なる裁判所にして今はその裁判の真っ最中であるぞ!」
「その裁判ちょっと待ったぁ!ですわ!私たちはロシュア様の現パーティーメンバーにして、彼をよく知る仲間の一人です!ここにいるのも全員ロシュア様と繋がりのある者たちですわ。ロシュア様の口から直接言い辛い事や、本当の真実についてお話しさせていただきたくここに集合しましたわ!」
「なんだあいつら……!」
会場が一気にざわついていった。
そんな中、ギルドマスターだけは何故かにやりと笑ってピースサインをしていた。
この人が呼んだのか……?い、いやまさか。
彼女たちの顔を見ると、ここまで走ってなんとかやってきたみたいな感じだったが、まさか追ってきたのだろうか。
次に彼女たちが何を言い出すのか、僕にも誰にも全くわからないまま、前代未聞の裁判は混沌を極めていた。