僕はパンツの女神に出会ったんだ
恋に落ちる瞬間とはどんな時であろうか。
人それぞれなのは知っている。
一目会ったその瞬間に、だとか。
その笑顔に見た時、だとか。
やさしく触れられた手のぬくもりに、だとか。
なにげない一言を聞いたから、だとか。
色々あるだろう。それこそ10人いれば10通りの瞬間があるのだろう。
では僕の場合、西野雪人はどうなんだと聞かれたら迷いなくこう答えるであろう。
「それはパンツをみた時からだ」
と。
夕日が差し掛かる僕を含め3人しか居ない教室内で静寂が訪れる。
目の前に座る親友の幸治とその彼女である小春ちゃんがしょっぱいチョコレートを食べたような顔をしている。
おや、僕は何か変な事を言ったのであろうか。
「キッモ」
小春ちゃんがゴミムシをみるような目で吐き捨てた。
「まあアウトだなぁ」
幸治も続く。僕はすかさず反論をした。
「なんで駄目なんだよ」
「そりゃ個人差はあると思うが、パンツは駄目なんじゃね?」
「なんでだよ。人を好きになるきっかけは十人十色だろう。逆に聞くが、幸治は小春ちゃんのどこが好きなのさ」
「え、そりゃ色々あるけど・・・。趣味は似てるし、会話して楽しいし・・・なぁ?」
幸治と小春ちゃんが見つめあってモジモジしだした。
見せつけるなバカヤロウ。いや、そうじゃない。
「お前達のイチャイチャは後でやれ。それに幸治は嘘をついている」
「おい嘘じゃねぇよ」
「嘘だね!今のエピソードはお前達が付き合う直前からの話じゃんか。幸治、忘れたとは言わせないぞ?最初の小春ちゃんへの想いを僕に語ってた内容を」
「雪人、ちょっ・・・」
「幸治、お前は僕にこう言ったんだ。『雪人聞いてくれ、めっちゃ好みの娘が隣のクラスに居たんだ。しかもパイオツがデカい!アレをモノにしたいぜ』ってな」
僕は当時の幸治のセリフを一字一句間違えずに伝えた。
アタフタしている幸治の横で、腕を胸の前でクロスさせた小春ちゃんがジト目で声を発した。
「コウちゃん、私を胸で選んだの?」
「待って、まてまて小春、違うんだ。いや違わないけど、違うんだ!」
「しかも、私のオッパイをモノのするって・・・私、いつか襲われちゃうんだね」
「雪人、てめぇ、余計な事思い出しやがて」
ふはははは、リア充に正義の鉄槌を喰わらせたぞ。いや、そうじゃない。
「これで解っただろ?」
僕はドヤ顔でしてそう言ったが、二人はキョトンとしていた。
「え?なにが?」
「ごめん西野君。私も全然わからない」
「なんで解らないんだよ。つまりだな、幸治は小春ちゃんの胸を見て恋に落ちたわけだ。だから僕がパンツをみて恋に落ちたとしても何の違いがあるというんだい」
「あー・・・」
「うーん・・・って俺は小春の胸だけで好きなったんと違うぞ」
幸治がそんな言い訳をしているが、僕は覚えている。
二人が2回目のデートの時にうっかり小春ちゃんの胸が幸治の肘に当たったらしく、その時の柔らかさの至福は言葉に出来ないとわざわざ電話で興奮を伝えてきてくれた事を。
とは言え同じシチュエーションになったら僕も舞い上がるであろう事は容易に想像できるので、この件に関しては男同士の秘密だ。
「ねぇちょっと西野君」
問いかけて来た小春ちゃんが続ける。
「放課後に聞いて欲しい事があるって私達を呼び止めた内容が、パンツを見た子を好きになったっていう報告?」
「要約するとそうだね」
「要約しなくてもそうでしょう?そんな事より、その西野君にパンツを見られた可哀そうな子って誰なの?」
「さあ?」
「え?」
「おい」
二人でハモりやがった。仲が良いことだ。
「雪人、お前だれのパンツを覗き見たんだよ」
「人聞きの悪い事言わないでくれ、覗き見たわけじゃないぞ」
そこで僕は今日の昼間にあったことを二人に話す事にした。
昼間のうちに幸治を含めた友達4人と罰ゲームを掛けたじゃんけんで最下位になった僕は、罰ゲームとしてゴミ袋を集積所に持って行くという誇り高き試練を実行した。
「こいつ本当にじゃんけん弱いんだよ」
と、ちゃちゃを入れる幸治を無視して話をすすめる。
教室を出て、階段を降りゴミ集積所のある場所までの渡り廊下を歩いてふと横をみると花壇の所で話している二人組の女の子がいた。
二人とも後ろ姿なので誰だか解らなかったのだが、そこに突然突風が吹いたのだ。
渡り廊下からみえる花壇のある場所は校舎で三方向から閉ざされており、強い風が吹くと瞬間的につむじ風が発生する場所のようだ。
その風が丁度一人の女生徒のスカートを巻き上げてしまう。また運の悪い事に女生徒の後ろ側からの巻き上げであったのだ。
そこにたまたま僕が通りかかってしまったという訳で、無防備な女生徒の縞のパンツをしっかりと確認する事が出来たのだ。
「お解り頂けただろうか。その時に僕の脳内に天啓がひらめいたんだ。そのパンツの女神を愛しなさい・・・と」
「なるほど」
「西野君、言ってる事が本当に気持ち悪いんだけど」
幸治は納得してくれたが、小春ちゃんには伝わらなかったようだ。
「いやそれで、その女神とやらの顔は見なかったか?」
「ちらっと横顔は見えたかな、鼻筋が通った顔だったよ。ただ僕の記憶フォルダにはパンツが見えるまでの動画とパンツの静止画でいっぱいになってしまったんだよね」
「西野君本当にヤバイ」
「小春、男って大なり小なりそういう事があるんだ。少しだけ許容してやってくれ」
「コウちゃんもそうなの?西野君と同じ変態なの?」
「こいつと一緒にするな」
「そっか、コウちゃんが興味あるのは胸だもんね。パンツは関係ないって事ね」
「待って、まてまて小春、違うんだ。いや違わないけど、違うんだ!ってさっきと同じ事言ってる気がする。あーどういえば解ってもらえるんだ」
幸治のヤツ困ってるな。素直に自分もパンツ好きだと白状すればいいのに。
「雪人は余計な事いうなよ」
「僕は何も言ってないじゃないか」
「目が言ってるんだよ。なんかウゼェ」
さすが親友、なんかバレてる。そこに小春ちゃんが口をだした。
「あなた達の変態話はいいわ。それで西野君そのあとは?」
「後って?」
「だから、突風で得たラッキスケベの後はどうなったのって話」
「得になにもないよ。パンツのメモリーが消えないようにしながらゴミを捨てに行ったよ」
「パンツのメモリーって・・まあいいわ、それだけ?」
「それだけだね。教室への帰り道に誰とも会わなかったし」
「たったそれだけなの?」
「なにかおかしい事ある?」
「こういっちゃ何だけど、下着を見ただけで好きになっちゃったの?」
「見たのは一瞬だけど、僕の脳内には膨大なパンツメモリーでいっぱいだよ」
「それはさっき聞いたわ。その、なんていうか、うーん・・・」
「最初に言ったけど、恋に落ちる瞬間は色々って事だよね。幸治が小春ちゃんの胸に・・・」
「だああああ、それは違うって言ってるだろう!」
幸治が大声を出して僕の発言を全力で止めに来た。どちらにしろ僕の言いたいことは伝わったようだと思う。
「きっかけは解ったけど、どこの誰だか解らないのに下着で好きになるってどうなの?」
しかし小春ちゃんは腑に落ちていないご様子。
そこで僕は追い打ちをかけた。
「世の中には一目ぼれってあるでしょう?出会った瞬間に恋に落ちるなんて話は女子が好きな展開じゃない」
「物語でもよくあるパターンだと思うわ。実際でもあるでしょうね」
「つまり一目惚れでなく、一パンツ惚れって事なんだよ」
「なんだか西野君の歪んだ理論に、私の常識が湾曲させられている気がするわ」
小春ちゃんか酷い。そこに幸治が手を挙げた。
「でもさあ、結局誰だか解らないんだろ?雪人がパンツに恋焦がれても何もならないじゃないか」
「その言い方だと、僕がパンツにしか興味ないヤツに聞こえるじゃないか」
「実際パンツの事しか頭にないなら、そういう事じゃね?」
「いいや違うね。僕はパンツの女神に恋をしたんだ。決してパンツに恋したわけじゃない。まあもう一度見たいという思いはあるけど」
「本当に西野君って残念ね」
小春ちゃんがため息をしながら言葉を吐き捨てた。本当に酷い。しかしここからが本番だ。
「そんな訳でね小春ちゃん。ひとつ頼み事があるんだよ」
「頼み事?私に?」
「そう。今までの話はいわば前フリで、ここからが本題なんだ」
「なんだ、長々とパンツの話がしたかったんじゃないのか」
幸治がちゃちゃを入れて来た。黙らっしゃい。
「私もコウちゃんの意見に賛成だけど、とりあえず西野君の言い分も聞くだけは聞くわ」
「ちょっと引っ掛かる返答だけどありがとう。まあ、ここまで聞いていれば勘の良い小春ちゃんなら解るとおもうけど、そのなんだ、パンツの女神が誰なのか教えて欲しいんだよ」
「え?」
「だから、僕の出会った麗しのパンツの持ち主が誰なのかが知りたいんだ」
「ちょっと西野君、何を言ってるの?」
小春ちゃんがスゴイ顔をしてこっちを見てる。僕の声はちゃんと届いてるよね?
「ごめんね西野君、言葉は聞こえたけど理解できなかったの。え?何?アナタが見たパン・・・下着を付けた女性は誰ですかって質問なの?」
「うん。教えてほしい」
「ごめんごめん、え?ちょっと待って。なんで西野君がスカートめくりした女性を私が知ってると思うの?」
「スカートめくりなんて破廉恥な行為はしてないけど」
「西野君が下着視姦をした相手を私が知ってると思うの?」
小春ちゃんが能面のような顔で言い直した。マジで酷い。しかしめげる訳にはいかない。
「だって体育の時間は更衣室で着替えるでしょ?その時に他の人のパンツが見れるじゃない?そこから当たりが付くんじゃないかと」
もちろん同じパンツを履き続けるなんて事はないだろうけど、持っているパンツは似たような柄や形になるのではないだろうか。
服もそうだけどパンツも好みって人それぞれあるだろうしね。
「ちなみにパンツの柄は白とグレーの横縞だったよ。どうかな?見たことないかな?」
何故か困り顔をしている小春ちゃんに詰め寄ろうとしたら、横から幸治が声をあげた。
「鼻息を荒くするな、小春が困ってるだろうが。大体なウチの学校は全校生徒500人ぐらいいるんだぞ?女はその半分として250人だ。仮にそのパンツが同学年だとしても80人も候補がいるぞ」
「盲点!」
「1秒で気づくだろうが。小春だって着替え中に他人のパンツなんてじっくり見ないだろうし」
「え?そうなの小春ちゃん」
「ん~、かわいいブラならちょっと話題になる時もあるかな」
「え?そうなの小春」
幸治がヘンに食いついて来た。なんだ、女子とブラについてガールズトークしたいのか?この胸好きめ。
そうじゃねぇよと吠える幸治を無視して小春ちゃんに再度聞いてみた。
「するってぇと、僕はパンツの女神の居所は解らないという事になるの?」
「そういう事ね。こう言っては何だけど、その時に顔を確認しなかったのが敗因なんじゃない?どうでもいいけど」
「何という事だ、おおパンツの女神よぉ」
「一つも可哀そうと思えないのは何故かしら。いっそざまぁって気分なのよ、不思議ね」
小春ちゃんが憐憫の表情で薄情な事を宣った。えげつなく酷い。
あんまりな事実に僕が打ちひしがれている中、幸治と小春ちゃんがそれじゃぁ、といそいそと帰ろうとしていた。
このまま僕を置いていくのか。おいおいそりゃないぜと思っていたら、いきなり教室の引き戸が爆音を上げてスライドした。
そこには目を吊り上げた隣のクラスの女生徒が顔を赤くして立っていた。
幸治と小春ちゃんはいきなりの女生徒の登場に固まっている。そんな二人には目もくれず、ズンズンという擬音が聞こえるかの如く、上履きを鳴らしながら女生徒は一直線に僕に近づいて来たと思ったら大きな声を上げた。
「パンツ、パンツって声が聞こえたと思ったらやっぱりアンタか!」
「ちょっと、いきなり違うクラスに入ってくるなよ吉沢」
この大声をあげている女子は吉沢美佳といい同じ中学の出身で中学二年と三年は同じクラスであった女の子だったりする。
顔は知っている、話したこともあるけどその程度の関係。知り合い以上友達未満って感じかな。
つまり何が言いたいのかと言うと、良く知らない人しかも異性の人から大声で詰め寄られても僕としては戸惑うって事だ。
そんな僕の気持ちに全く気付かない吉沢は更に大声で続けた。
「アンタのせいで唯が傷ついてるのよ」
「え?ゆいって誰?」
「ゆいは唯よ!私の友達」
「はあ、吉沢の友達の唯さんね」
「そうよ」
「その唯さんが傷ついていると」
「そうよ」
「俺のせいで」
「そうよ」
「なんで?」
僕の疑問はもっともだと思う。だって僕はその唯って人知らないし。
さっきまで固まっていた小春ちゃんが「よっちゃん、ちょっと・・・」とちいさな声で吉沢に話しかけている。おや、この二人はお友達のようだ。
しかし吉沢は続けて吠える。
「なんでじゃないわ。アンタのせいで唯が泣いているのよ。どう責任取るつもりなの」
「僕が何をしたというんだ」
すごい剣幕で詰め寄られても思い当たる節がない。
戸惑う僕の質問をスルーして吉沢は小春ちゃんの方に顔を向けた。
「ハルちゃんも、コイツのバカ話に乗っかてないでちゃんと間違いを正してよ」
「あ、え・・・間違い?えっとそのゴメンナサイ?」
吉沢の勢いに負けて小春ちゃんが謝った。どうやら僕だけでなく小春ちゃんとついでに幸治もこの状況が解ってないようだ。ちなみに幸治はアホ面したまま固まっている。
小春ちゃんは困り顔のまま吉沢に問いかけた。
「よっちゃん。唯って福田さんの事だよね。いまいち状況が見えなくて私ですら混乱してるから、残念な西野君なら尚更理解していないと思うの。もう少し詳しく教えてくれる?」
小春ちゃんが小さく毒を吐く。でも僕も詳細が知りたいのでぐっと我慢した。
吉沢はふんっと一つ鼻を鳴らし声を上げた。
「コイツが唯のスカートの中を覗いたので唯が傷ついたのよ!本当に可哀そう」
吉沢が言うにはこういう事だ。
昼休みに吉沢と彼女の友達である福田 唯が渡り廊下の近くの花壇で話をしていたら強風が福田のスカートを巻き上げてしまった。
突然の事にびっくりしてとっさに手で押さえ事無きを得たと思った所、廊下を歩く男子生徒の背中が見えた。
完全にパンツを見られた事を悟り、恥ずかしいやら情けないやら。
しかも、今日を最後に捨てようかなと思っていたらしく、福田曰く油断したパンツだったらしい。なんのこっちゃ。
新品だったら見られても良いという訳ではないが、よりにもよってヨレヨレのパンツを見られた事に対してダメージが大きかったようだ。
僕と面識のない福田は当然見た人が誰だか解らなかったが、面識のある吉沢は後ろ姿であるが僕、つまり西野雪人だと解った。
何事もなければ黙っていようと思ったが、帰り際に教室内からパンツパンツと聞こえたので耳を澄ましたら、昼間の事を僕が武勇伝のように語っているので頭にきて乗り込んできた。
ということらしい。
「ちょっとまってくれ。それって僕は悪く無いだろう」
「女の子のスカート中について偉そうに声を上げてる事が有罪なのよ」
「スカートの中を覗いたんじゃない。パンツの女神に恋をしたって話なんだよ」
「その言い方が駄目なのよ。『この人、パンツの女神なんです』なんて紹介される側にもなりなさいよ。周りから失笑されるのがオチでしょうが」
「でも実際、僕にとってはパンツの女神なんだぞ?その福田が」
「アンタの妄想で私の友達を汚すな」
「汚してないよ、崇拝してるんだよ」
「黙れバカタレ」
話が平行線のままである。
何にせよ、パンツの女神の正体が知れたのは僥倖だね。
「吉沢の友達への想いは解ったよ。何にせよ女神の名前を教えてくれてありがとう」
「え?あっ・・・」
吉沢は数学で計算間違いをしたような顔をした後に頭を抱えて悶えた。
「ぬぉおお、私ってアホ。バカにバカにされた気分」
失敬なヤツだ。
言っておくが僕はバカじゃないぞ。幸治も小春ちゃんもうなずきながら生温い目をこちらに向けないでくれ。
さて、折角パンツの女神の名前が解ったのだし、吉沢の友達って事なら連絡先も知ってるだろう。ちょいと教えてもらっちゃおうかな。
「は?アンタ何を言ってるの?」
「だから連絡先を・・・」
「私の話を聞いてたの?唯はアンタにパンツを見られて傷心中なの。そこに深追いするなって言ってるの」
「なるほど。でもさっきの状況だと福田のパンツを僕が見たという事は彼女にはバレてないよね」
「唯には一瞬だったから見られてないと思うと伝えてあるわ。気休めだったようだけど」
「大丈夫。彼女のパンツは僕のメモリーの中だけに仕舞っておくさ。僕もこれ以上言いふらす気もないし、吉沢も黙っていれば問題ない」
「問題大ありよ、今だってアンタここで言いふらしてたじゃない」
「それはパンツの女神を突き止める為の聖なる行為だよ」
「ちょっとハルちゃん、コイツ何言ってるのよ、なんとかしてよ」
「ごめんねよっちゃん。西野君は私の担当外なの」
おいおい、女子二人して大きなため息をつくのはやめてくれ。
幸治も、俺は担当じゃねぇよなんて拒絶するな。
「よしわかった。連絡先は直接聞く事にするよ」
「だああああ!だから駄目だって言ってるじゃないの」
吉沢がまた吠えた。
「なんでだよ。お前は僕の恋路を邪魔するのか」
「真っ当な恋路なら邪魔なんかしないわ。どう聞いてもきっかけがおかしい」
「なんだ、お前も解かってないのか?一目惚れってあるだろ?だから・・・」
「さっき廊下で聞こえたわ。アンタのバカ理論を聞いた上で反対してんのよ」
やっぱり話は平行線のままであった。
その後も吉沢と平行線の話を続けていると、気づいたら幸治と小春ちゃんの姿が見えなかった。
そういえばさっき幸治が「んじゃ俺らはもういいな」ってコソコソしてたが、その時に帰ったのか薄情者どもめ。
「なあ吉沢、僕達もそろそろ帰ろうよ」
「そうね、不毛な会話も疲れたわ」
「で、結局僕は吉沢の了解を得ないとパンツの女神に声をかける事も出来ないって事なの?」
「パンツの女神じゃなくて唯ね。いや、やめてアンタに唯の名前を呼ばれるのもなんか嫌」
小春ちゃんに負けず劣らず吉沢も酷い。
じゃあなんて呼べばいいんだよ。え?福田?ああ、苗字ね。
そんな訳で僕のパンツの女神への崇拝は存在を知ったという意味では近づいたが、強固たる大きな壁で近づく事すら出来ない事になった。
その後の事である。
ある日、偶然を装いパンツの女神に会おうと隣のクラスに突貫したら当然のごとく吉沢に邪魔をされたり。
またある日、偶然を装いパンツの女神の部活にお邪魔しようと突貫したら当然のごとく吉沢に邪魔をされたり。
またまたある日、教科書忘れたのでこれ幸いと隣のクラスに突貫しようとしたら、その前に吉沢に捕まり彼女に教科書借りたり。
教科書のお礼にジュース奢ったら、クッキーが返ってきたり。
クッキーのお返しに帰り道でクレープ奢ったら、おいしいカフェがあるからそこでお返しするって言われたり。
カフェ行くなら映画のチケットあるから、それを見た帰りに行こうって言ったら私は水族館でペンギンが見たいって言われたり。
水族館の帰りに夏祭りの看板があったから行こうって話から、だったら花火大会も行かないとねとなったり。
花火大会で、ものすごい人込みの中、慣れない浴衣と草履で足を痛めたのでおんぶしたり。
意外と背中が大きいのねなんて言われたけど、こっちはお前の体が柔らかくてそれどころじゃないわと思ったり。
なんやかんやあったり。
「あれから数カ月たったけど、未だにパンツの女神には1ミリも近づいてない気がする」
「雪人、まだそんなこと言ってるのか?彼女に怒られるぞ」
幸治が変な事を言い出した。
「彼女?」
「そう彼女。お前、吉沢と付き合ってるんだろ?」
「え?そうなの?」
「こっちが聞いてるんだが・・・」
すると教室の引き戸が爆音と共にスライドした。あれ?デジャブ?
「こら、雪人!アンタ私が貸した教科書に赤ペンでパラパラ漫画を落書きしたわね」
「げ、美佳!いけね、バレた。ってまぁバレるよね」
「目離すとすぐにこういうイタズラばっかりして!」
「いやね良かれと思って。マジで。実際、オチを頑張って考えたんだよ?」
「くだらない事に全力投球するな。他の事に気をくばりなさいよ」
「ごめんごめん。じゃあさ、次の土曜日は美佳も時間空いてるでしょ?新しい猫カフェ見つけたんだ。付き合ってよ」
「くっ、猫で釣るとはちょこざいな。でも乗っちゃおう10時に駅前ね。詳細はあとで携帯で送って」
「イエス、マム」
来た時と同じようにけたたましく吉沢は出ていった。
とりあえず猫カフェが楽しみだ。やっぱ犬より猫だよね。
「ああゴメン幸治。でなんだっけ?」
「あーうん、やっぱりいいわ。小春に確認してくる」
そういって幸治は頭をかきながら小春ちゃんの所に歩き出した。
小春ちゃんに何を確認するんだろうね。
ふと窓を見ると外は薄い雲があるけど抜けるような青空だ。
週末に雨は降らなさそうだから、この前美佳に見繕ってもらった服を着て駅前に出かけよう。
向かいの校舎のガラス窓が光を反射してキラキラと光っていた。
よく考えたらヒロイン(パンツの女神)は登場してない気がします。