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sideB

午前の練習が終わって心地よい疲労感に身を委ね、ぼーっとしている横顔に、不意にドキッとしてしまった。先輩のことを見ていると、胸の奥が苦しくて。きっと暑さでのぼせてしまったのだろう。締め付けるものはそれじゃないのに、水着の胸元を引っ張って先輩を挑発した。

「ね、見て見て先輩。こんなに日焼けあとついちゃった。」

「っ、おお……水着のとこだけ真っ白だ。」

「逆逆、水着のとこ以外が焼けたんだって。」

「あはは。」

先輩は少し驚いたようだったが、すぐにプールの方を向いてしまったので、どんな顔をしているかよく見えなかった。

先輩と2人きりのプールサイド。私が今1番幸せな時間。

「それじゃ、先に昼ごはん食べてきますね。」

「ああ、行ってらっしゃい。」

でも、今日はだんだん照れくさくなってきちゃって、逃げるように更衣室に戻ってしまった。


更衣室に入ると、彼女が既に着替え終わって私を待っていた。

1年生の女子は私と彼女の2人だけで、希少な人種同士私達はすぐに意気投合した。

体の水分を拭き取って、湿った水着の上に制服を着る。

湿った水着を着直すのが嫌なのもあるけど、現実離れした暑さの中ではこれが意外と過ごしやすい。この違和感も含めたなんとも言えない着心地で食べる非日常なお昼ご飯を、気の合う2人で共有するのが好きだ。


午後練もいつも通り終えたけど、時間が経ったら昼間のアレがだんだん気恥ずかしくなってきて、先輩のことをまともに見られなかった。


時間になって軽くミーティングをし、解散。

今日の施錠当番は先輩らしい。女子更衣室の鍵を渡して、それぞれ帰路につく。

そういえば、先輩が当番の時は先輩は1人きりになってることが多い。

「あ、私職員室に用あるからついてきます。」

咄嗟に言葉が口をついて出た。

「じゃあ待つよ〜。」

「大丈夫、たぶん時間かかるから先帰ってて。」

「そっか、気をつけてね。」

いつも一緒に帰ってる彼女を1人にしちゃうのは悪いと思うけど、ちょうど夏休みの課題で分からないところがあったので、先生に聞きたかった。嘘はついてない。

本当は、誰にも邪魔されずに先輩と2人きりになれる機会が欲しかった。昼休みのプールサイドはたまに誰か戻ってくるし、真面目な話をできる雰囲気じゃないからダメだ。

頑張れば今までも作れなかったわけじゃないけど、なかなか勇気が出なかった。


私と先輩は、昼の度にいつも2人きりになるのに、共通の話題がよく分からない。互いに探ろうともしていない。

そのことに不満は無かったけど、今日に限ってはそれを呪いたくなった。

職員室までずっと2人きりなのに何も会話が無い。

このままじゃ本当に何も無いまま終わっちゃう。どうにかして話しかけないと。何を。どのタイミングで。

焦りばかりが膨らんでいく中で、突然先輩の足が止まり、びっくりしたのと我に返ったので少し跳ねてしまった。

振り向くと、夕焼けを浴びる先輩が真剣な顔でこちらを見つめていて、胸の奥がぎゅうっと締まる音がした。

「あの、さ。本当気のせいだったら悪いし忘れて欲しいんだけど。」

抑えても抑えても鼓動が早まる。

「昼間のあれって、わざと?」

「……昼間、の。」

聞かれてしまった。いや、本当はこうなりたくてあんなことをしたのかもしれない。

暑さのせい、その場のノリなんて自分で勝手に片付けていたけど、先輩に見て欲しかったのだ。

でも、いざ正面から向き合うと恥ずかしさが勝ってしまって、つい下を向いてしまった。

何か言わなければどんどん気まずくなる。

どうせこの状況で何か言うなら、もう当たって砕けるしかない。

「そんなこと聞くなんて、先輩はデリカシーが無いです。」

違う、言いたいのはこんなことじゃない。

私は、私は先輩のことが──

「好きじゃないと、あんなことしない。」

「え。」

「誰にでもやってたら、あたしビッチじゃないですか。ばか。」

馬鹿は私だ。結局照れ隠しして余計なことを口走った。好きでもない相手にこんな言われ方したら、嫌われるに決まってる。

でももう、1番伝えたかったことは伝えた。例え嫌われても、悩むことなんてない。ただ、今までより少し距離が開くだけだ。

「あ、ああ、よかった。いや、変な意味じゃなくて!俺の勘違いだったらどうしようかって、はは……。」

「……。」

完全に気を遣わせてしまった。

部活のこと以外ろくに話しもしないのに、色仕掛けなんかして困らせて、それでも私に気を遣ってくれる優しさが愛おしくて……今は何より辛い。

廊下に指す光が暗くなってきた。じきに日が落ちる。

私のひと夏の恋も、夕日と共に落ちて消える。

「俺も、好きだよ。」

声が出なかった。

「ごめん。俺、嫌われるのが怖くてちゃんと聞けなかった。でも、もうやめにするよ。

好きだ。俺と付き合ってくれ。」

目の前が滲んで、暗闇に包まれた廊下に先輩の姿が溶け込んだ。

「……はい、喜んで。」

それでも先輩の笑顔は、月より優しく輝いて見えた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短いながら尊さを感じました。 こういうお話大好きです。
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