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「ね、見て見て先輩。こんなに日焼けあとついちゃった。」

「っ、おお……水着のとこだけ真っ白だ。」

「逆逆、水着のとこ以外が焼けたんだって。」

「あはは。」

午前の練習が終わって心地よい疲労感に身を委ね、ぼーっとしていると、隣で同じように遠くを眺めていた後輩が、いきなり水着の胸元を引っ張って肌をこちらに晒した。

これでもかという日差しの中、わざわざ照り返しの激しい水面に目を逸らす。ひとりっ子で女慣れしてない俺にとっては、彼女の生の胸元はそれよりも眩しい。

ちょっと凝視してしまったのは全く見ないのも勿体ないし、向こうがわざわざ見せてるんだから見ない方が不自然……という言い訳を頭の中でごにょごにょ練ってしまう。

そのまま次の言葉が出てこない俺は、彼女がどんな顔をしているか覗く勇気が出なかった。


今日は夏休み中の自主練日で、元々人数の少ない我が水泳部も半分の5人しか練習に来ていない。昼まで練習をすれば当然お腹が空くので、俺達以外の3人は時間になるなりプールサイドを飛び出していった。

俺達も腹は減ってるが、2人とものんびり屋なのでこうしてひと休みして、満足するとそれぞれ昼飯を食べに行くのがいつものパターンだ。


俺が一方的に意識し過ぎてるのかもしれないが、いつもは心地いい沈黙がなんとなく気まずくて、立ち上がろうと思ったら先に彼女が立ち上がった。

「それじゃ、先に昼ごはん食べてきますね。」

「ああ、行ってらっしゃい。」

疲労感が意識の外に飛んでしまったせいか一気にお腹が空いてきたので、本当は一緒に戻ってすぐにでも昼飯を食べたいが、今は隣を歩くのが気まずくて、彼女がプールサイドから出るまで立ち上がれなかった。


更衣室で先に食ってた他の奴らはもう殆ど食い終わりそうなところだった。いくらちょっとだけ長居してたにしても食べるのが早すぎる。絶対にがっついてよく噛んでないだろうに、よくも午後練に支障が出ないものだ。

奴らが早々に遊びにプールサイドへ戻っていくと、再び静かな時間が訪れた。

弁当を食べながら、ついさっきのことを思い返してしまう。さっきは突然過ぎて気づけなかったが、目に焼き付いてしまった後輩のあの姿、微妙に笑顔がぎこちなかったような気がする。

やはり胸元を見せるのは恥ずかしかったのだろうか。恥ずかしがりながら見せてたとなると、もしかして俺に気があるのだろうか。

いやいや考え過ぎだ。

そもそもなんで、自分が冷静じゃなかったのに、彼女が恥ずかしがってるなんて分かるんだ。

というかむしろ、声は平静を装うよう努力していたが、顔に出ていなかったかどうか定かでない。出ていたら、後輩相手にこっちが恥ずかしい。

そんなことを考えていたら、いつの間にか箸が止まってて、急に我に返ってがっついてしまった。


午後練は、泳いでいる間以外なんだか集中出来なかった。


時間になって軽くミーティングをし、解散。今日の施錠は俺の当番だ。

皆で片付けをしたら、更衣室にそれぞれ鍵をかけて当番が職員室に持っていく。

1年の頃はみんな鍵当番が戻ってくるのを待って一緒に帰っていたが、いつの間にかそれぞれ好き勝手に帰るようになっていたので、今日の帰りは1人だ。といっても、元々1人は平気な人間なのでさして気にしていない。

「あ、私職員室に用あるからついてきます。」

と思ったら、彼女がついてくるらしい。

「じゃあ待つよ〜。」

「大丈夫、たぶん時間かかるから先帰ってて。」

「そっか、気をつけてね。」

もう1人、彼女と同じ1年の女子部員が待っててくれるみたいだったが、断ったようだ。

これはまずい……いや、むしろ好都合か。

とにかくまた2人きりになってしまった。

特に話すことも無く、職員室で鍵を渡してあとは帰るだけ……にしてしまったとして、この先ずっと彼女の心は分からないままだと思ったら足が止まった。

俺が突然立ち止まったことにびっくりしたのか、彼女は少し肩を跳ねさせて窓越しの夕焼けに背を向けた。

「あの、さ。本当気のせいだったら悪いし忘れて欲しいんだけど。」

確認するだけ、確認するだけ、確認するだけ。

「昼間のあれって、わざと?」

「……昼間、の。」

勘違いだったら自意識過剰だ嫌われる。いくら取り繕ってもきっと溝は埋まらない。でもここで踏み出さなきゃ永遠に……そんな気がする。

オレンジ色の逆光が俯いた彼女の顔色を隠しやがる。心臓の音が煩くてかなわない。沈黙が息苦しい。

「そんなこと聞くなんて、先輩はデリカシーが無いです。」

終わった。女子は噂話が早いからきっとこの先他の女子にも伝わって俺は──

「好きじゃないと、あんなことしない。」

「え。」

「誰にでもやってたら、あたしビッチじゃないですか。ばか。」

彼女は俯いたまま弱々しく俺を罵倒した。

決して脈が薄いと思っていたワケじゃない。冷静に考えればあんな大胆なことをする子だと思っていなかったから余計に取り乱してしまったのだ。

あれは彼女なりに頑張って俺にアピールしてた。その確認が取れただけなのだ。

それでも、それでもいざ直接好きだと言われると、こんなに嬉しいことは無い。

「あ、ああ、よかった。いや、変な意味じゃなくて!俺の勘違いだったらどうしようかって、はは……。」

「……。」

彼女は俯いたまま何も言わない。

……何やってんだ俺は。向こうからアプローチされたのに、自分だけ安心したらすぐ護身に入ってカッコ悪ぃ。まだ彼女は不安なまま必死に耐えてるじゃないか。これ以上恥を上塗りするな。せっかく好きになってくれた子を失望させるな。男だろ、ちゃんと口に出して伝えろ!

「俺も、好きだよ。」

彼女の顔が上がる。

「ごめん。俺、嫌われるのが怖くてちゃんと聞けなかった。でも、もうやめにするよ。

好きだ。俺と付き合ってくれ。」

真っ直ぐにこちらを見つめる瞳がみるみる潤んで──

「……はい、喜んで。」

大粒のダイヤを零した。

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