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カラアゲTV

作者: N(えぬ)

 亀山というこの男性は休日にテレビを見ていたのだが、妙に不満が溜まっていた。

 テレビと言っても、各種の番組配信サービスを契約していて、合計すれば恐らく数千の番組から選べるはずなのだ。それなのに、テレビの前に座り込んで、いくらリモコンを操作してみても「これを見よう」と思う番組がない。試しに番組検索に自分の好みのことばを入力してみたが、そこから配信サービスがオススメとして表示する番組にも、まるで興味が湧かないのだ。

「こんなに山ほど番組があるのに、観たいと思うものがひとつもないなんて。いまさらながら、不思議だよ。こんなことなら契約をやめてしまってもいいんじゃないかな。月に何千円も払っていても、1ヶ月間で一度も見なかったサービスも多いんだ。無駄なだけだ」

 けっきょく、彼はリモコンをテーブルの上に放り出してテレビを消してしまった。


 そんな亀山は、30代後半で1人暮らし。昔なら男盛りで、仕事も遊びも充実した時期で、結婚願望が高いころでもあったはずだ。ところが、彼は週末の仕事休みの日というと「家でゴロゴロしているのが好き」という。

 別に女性が嫌いというわけではないが、「求めて外に飛び出していく」ほどの欲求が湧かないのだ。

 ほかに趣味もない。だから「ゴロゴロしながらテレビを見たい」のだが、そんな彼にとって、「見たい番組がない」のは地獄に等しい。そうなるともう「寝るか」と言うくらいしか彼には選択肢がない。


 根は真面目で仕事もそこそこ。見た目だって、そう捨てたもんじゃないし、話せば結構おもしろい。良識ある30代の男。それなら、外に出て行けばきっと、友人も恋人も、そう苦労せず見つけられるだろう。だがしかし、彼にその需要がないのだ。


 彼は休日、いつものように昼前に近所のお弁当屋さんへ出向いて好きな弁当惣菜をいくつか買い込む。この店「おふくろべんとう」という。この店は冷凍食品なんかもつかっているのだろうが、「これは絶対手作りだな」と思える惣菜がいくつもある。それが売り物の店なのだ。彼も、その惣菜には惚れ込んでいて。「実家の母親の料理よりうまい」と罪なことを感じるし、それどころか「第2の母の味」だと思っていた。これらの食べ物を抱えて家に帰り、テレビをつけて「本格的にゴロゴロ」するのだ。


 彼は弁当を入れた袋を下げて歩きながら、ほんの5分少々で家から行ける場所に、あんなにすばらしい弁当屋があることに感謝する。

「ああ、でも、家に帰って見たい番組があればナァ」

 いまの彼の悩みはそのことに尽きた。

 以前は、特別に見たいモノがなくても、適当にチャンネルを変えているだけで気が紛れたのだが、それではけっきょく「何も見ていない」のだ。

「つまらないナァ」そう思いながら家に着いた。


 部屋に入って弁当の入った袋をテーブルの上に置く。ソファに座り、テーブルの上に盛大に弁当やら惣菜を広げるのだ。

 袋の中にチラシが2枚入っていた。一枚はいつもの、「弁当キャンペーン」のチラシだ。これは大切だ。弁当や惣菜の割引券がくっついているのだ。もう一枚は、

「インターネット動画配信サービス……『カラアゲTV』……配信サービスの運営元があの弁当屋になってる。「株式会社おふくろべんとう」が運営する「カラアゲTV」か……」

 インターネットで行う動画配信が紙の広告で宣伝されているというのが、妙な斬新さを感じさせた。彼はその広告に見入った。


 その動画配信サービスの広告自体はよく出来ていた。中には、広告の時点で「掛けるカネ」がないと見える、ひどい広告もある。「これで客が集まるのか」と疑いたくなるような広告だ。かといって広告に金が掛かりすぎているのも抵抗を感じる。載っている写真類と「売る値段」に釣り合いが取れていなかったりするからだ。「この写真のクオリティの品物は、この値段で売ってるのはおかしいよなぁ」と感じさせる。そう言う面での「亀山のハードル」をこの動画配信サービスの広告は「クリア」していた。


「なかなかおもしろそうだなあ。動画配信サービスなのに、目玉になる番組とか映画の写真が全く載ってないよ……そこが逆に、怖い物見たさを誘うな。それに、まず契約すると専用端末が送られてきて……そう言うタイプか。それで1ヶ月間は、データ収集期間だからなるべくつかって欲しいと。そのあとに本契約が始まり、端末から集めたデータに則って客に最適な動画配信を行うっていうのか。本格的だけど、ちょっとめんどくさいな。でも、値段がスゴイ安いな。1ヶ月398円なのかよ……「のり弁」かよ。これなら、「だまされた」と思っても安いな」


 そんなわけで亀山は、早速、広告に書いてあったインターネットのサイトに恐る恐るアクセスして、利用登録を行った。

 契約だから個人情報も入力するが、それだけでなく、事前に「性格診断」のような質問もかなりあって、それらも入れた。

 一週間もしないうちに「カラアゲTV」端末が届いた。5センチ四方ほどの黒っぽい重厚感のあるもので、重さ自体もけっこうあり、妙な高級感を漂わせている。その箱がネットに繋がり、箱からケーブルでテレビに動画を映し出すというものだ。そこまではいいのだが、驚いたのは、その箱を操作するためのリモコンだった。ボタンが、

「電源ボタンとチャンネル選択が二つ、あと一個がオプション呼び出し。これしかないのか」

 箱に付いていた説明書にも、そのように書いてある。間違いない。

「チャンネルが2つしかない。この時代に……これは、すごいことなのかそれとも月398円という値段相応なのか。弁当と同じ値段設定なのか。398円は弁当としてもかなり安い方だが」


 彼は早速、端末をセットし、電源を入れた。

 最初の1ヶ月はユーザーの好みを解析するための情報収集期間モードだった。そして、サービス側が提示した番組の中から好きなモノを選ぶようになっていた。

「好きなモノって……番組が3つしかない……」それでも、その番組は見たことがなかったモノばかりだったので、一つのアクション映画を選んだ。「この中から選べ」と言われなかったら見ないだろうと思う映画だったが、意外と楽しめた。

「ふうぅん。おもしろいシステムだ」

 彼はその後も1ヶ月の間、システムが提示する、最大3番組の中からあえて好きなモノを選んで、見続けた。それにはかつて見たことがある映画やドラマもあった。見たのがだいぶ前で、内容を忘れていたから、わりとおもしろかった。全く聞いたこともない映画もあった。


 1ヶ月の、システム側でいう「情報収集期間」が終わった。これから本契約だ。亀山は本契約もしてみた。「どう変化するのか」楽しみな気がした。だが、提示される番組は、さほど変わらないようだった。選べる番組数は増えた。基本3番組にプラス3番組。プラスのところは「オススメ」ということらしい。しかも「基本」の3番組に、ついこの間見た映画が混じっていたりする。こんなに少ない番組数は、ほかの動画配信サービスではあり得ないのだが、この「カラアゲTV」では、なぜか亀山は「なんか、これでもけっこういいナ」という気がした。山ほどの映画やドラマ、バラエティ番組などがあっても、見たいものは限られ、大概のモノが最初から除外され、ないのも同然なのだ。むしろ「この間観た映画だけど、おもしろかったから、これでもいいや」と思ってしまった。


 そんな状況が1ヶ月、2ヶ月と続いた。彼はずっと「カラアゲTV」を契約し続け、そして、見ている。その配信される番組は、同じモノがしばしば混じる。似たような話のものも多い。だが、どういうわけか「同じでも飽きない」「ああ、きょうもこれでいいかな」と言う気になって、「つい見てしまう」のだ。クライマックスのセリフを覚えてしまった映画もいくつかある。そんな中でも、たまに気分を変えてサービス側のオススメを見たりする。それはそれで楽しめる。そして、契約が長く続くにつれて、「彼の好み」の分析が充実していくのだろう。

「3本とも見たことのある映画なのに、どれも見たくて迷う!」なんて状況も生まれた。そしてさらにおもしろいこともあった。ずっと放って置いた、以前からのほかの契約の動画配信の番組を気まぐれに表示してみると、「いつも見る気がしない番組ばかりだった」のが、なぜか「ああ、結構おもしろいな。きょうはこれを見ようかな」となったのだ。



「カラアゲTV」は躍進を遂げ。これまでの動画配信サービスに一石を投じた。なにしろほかに比べれば、番組配信数は常に最低。なのに顧客満足度は非常に高いのだ。配信する番組が少ないからコストは低い。サービスの提供側も視聴者もいいことづくめなのだ。

「カラアゲTV」の社長は、雑誌のインタビューに答えて言う。

「わたくしどもは、お弁当とお惣菜を売る店も経営しております。そのノウハウが動画配信にも十分に生かされているのです。

といいますのは、お弁当類の場合、大概のお客様が毎回ほとんど変わらないいくつかのメニューから選ぶのです。一週間毎日ご利用いただいても、ご注文になるお弁当は2種類のどちらか、というような方は珍しくありません。

それが時々、「キャンペーンやってるから、これを食べてみよう」とか。「きょうは気分転換にこれ」とか「贅沢してみよう」とか。「もう少し食べたいから、お惣菜もつけよう」とか、そういうことなのです。でもやはり、中心になるモノは変わらないのです。

そこから発想したのが「カラアゲTV」です。カラアゲはお好きなお客様が多ございます。そんな中で、基本の味、それ以外のちょっと変わった味、そう言うものを提供していく。それがお客様に支持されるのだと思います」



 亀山さんの休日は、とても充実した。休みの日が待ち遠しいくらい。

 食べ慣れたおいしいものをほおばりながら「見慣れた映画」を見る。安定安心のしあわせ。


 ところが人生、ずっとそう言うわけにも行かないらしい。

「亀山さん。あすのお休みは、なにか予定があるんですか?」とある女性が、おずおずと彼に話しかけてきた。

 とうとう彼、映画を一緒に見る相手が出来たのかも知れない。




タイトル「カラアゲTV」

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