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二人分の重さ


 大急ぎで自転車を飛ばせば、私の家から神社まではさほどかからない。

 こんなに誰かに会いたいと思ったのはいつぶりだろうか。ペダルにかける足に力を込め、勢いよく前進する。

 朝凪で風はなく、空気は澄んでいる。日の光が眩しい。自転車のチェーンが軋んだ。

 神社の前まで到着すると、私は昨日と同じ場所に自転車を停め、境内に入る。

 まだ朝早く、周りに人はいない。元より神社の敷地は広いのだが、一人で来るとより一層閑散としているように感じた。

 朝凪で風は少なく、陽の光が明るいにも関わらず昨日の夕方よりも物悲しく見える。

 私は境内の中を歩く。拝殿の前までたどり着くと、やはり彼女はそこにいた。

「彩乃」

 少し離れた場所から、私は呼びかける。

「涼花!」

 彩乃は聞き慣れた声で私のことを呼び、こちらを振り返って笑みを浮かべる。少し身構えていたのだが、至って自然な彩乃の様子を見て、私は安心する。

 今度は彩乃の方から歩みを進め、二人の間の距離を詰める。

「今日は、どこ行こっか」

「どこでもいいよ。涼花の好きなところで」

「じゃあ……」

 私は少しの間躊躇う。が、思い切って言うことにした。

「家、行っていい?」

「……うち? 構わないけど」

 あっけらかんとした様子の彩乃。

 困られるかと思っていたので、逆に拍子抜けしてしまった。

「お母さんとお父さんは? 普通に帰ってきたらびっくりするんじゃない?」

「大丈夫だよ。たしか朝から親戚の家に行ってると思うから」

 どうしてそんなに他人事のように言えるのだろう。私は少し腹が立った。

 が、すぐにその怒りが理不尽なものであると気がついた。

 彼女は今、辛いのだろうか。怖いのだろうか。必死に痛みに耐えているのだろうか。

 今の私には想像することさえできなかった。

「凉花こそ、うちの両親には会わないように気をつけた方がいいんじゃないの」

「ああ……」

 彩乃は例の狐の少女から聞いたのだろうか。実は私は、一昨日彩乃の家に行ったのだ。

 こんなことあなたに言うのは筋違いかもしれないけれど、と前置きした上で、もう来ないで欲しいと言われた。

 彩乃が事故で亡くなったのは、私と一緒に縁日に行った帰り道のことだった。

 もしも、私がもう少しだけ長くその場にいたら。もしも、もう少しだけ早くに帰ろうと言っていたら。

 もしも、私が縁日に誘わなければ。

 どれだけ的外れな願いでも、絞り出すように言われたその言葉を私は否定することができなかった。それどころか、思っていることを歯に衣着せずに吐露した彼女に対し、好感さえ持てた。それに、きっと私が彼女の立場だったとしたら、きっと同じ事を思うだろうから。

 躊躇いを振り切るように、私は彩乃の手を取る。そして、たった数段の石段を飛び降り、自転車に跨がった。

「乗って!」

 私は自転車の荷台を叩く。

「あーあ、こういうのは彼氏にやってもらおうと思ってたのになー」

「彩乃、彼氏なんていないでしょ」

「冗談」

 そう言って、彩乃は自転車の後ろに跨がる。

 その瞬間だった。

 いや、それは違う。「その瞬間」が私には分からなかったのだ。

「凉花、行かないの?」

「え?」

 驚いて私は振り返る。確かに、彩乃は自転車の後ろに座っていた。

 私は困惑する。彩乃の体重が、まるで感じられなかったのだ。

「……危ないから、しっかりつかまってて」

「うん、分かった」

 彩乃はそう言って私の肩に手を回す。

 それと同時に、彩乃の手が肩に触れる。その時僅かに――いや、やはり彼女の軽さは異常だった。

「彩乃って、こんなに軽かったっけ」

「ん? なんて?」

「……いや、何でもない」

「そう?」

 人間の魂の重さは、だいたい21グラムらしい。

 この説が正しいのかどうかなんてことに興味はない。

 ただ、今日は通夜が行われる日。彼女の身体は、きっと今は棺桶の中だろう。

 では、今私の後ろにいる彼女は、魂そのものの重さなのだろうか。

「……いや、」

 馬鹿馬鹿しい、と私は頭を振った。

 私は科学者でも医者でも哲学者でもない。私の頭でいくら考えたって、きっと何も答えなんて出ないだろう。

「凉花? どうしたの?」

 彩乃が不思議そうに私に声をかける。

「……いや、悪い霊に取り憑かれただけみたい」

「それってもしかして私のこと? 酷くない?」

「冗談だよ」

 私は自転車のペダルを踏んで、前にこぎ出した。

 きっと、それはいつもと同じくらいの重さで。いつもと同じくらいの力でペダルを踏めば、同じように前に進んだ。

 けれど、肩に触れたままの二つの手が、今日はとても心地よかった。

「ねえ凉花」

「何」

 私は、二人で乗った自転車が進む方向をまっすぐ向いたまま答える。

「もし彼氏ができたら、今度は後ろに乗せてもらいなよ」

 そう言った彩乃の声は、少し寂しそうに聞こえる。

「……うん」

 どうして。どうして今そんなことを言うのか。私は彩乃に問おうとして、やめる。

 少しの沈黙。自転車が一つ目の交差点に差し掛かり、減速する。私は小さく言葉を返す。

「でも、やっぱり後ろに乗せるのは彩乃がいいな」

 その声は彼女に届いただろうか。

 届いていたとしたら、彼女はどんな表情をしているだろうか。

 彩乃は何も答えない。

 今自転車の後ろに乗っているのが何者かも分からず、私は彼女が何かを言うのをずっと待っている。


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