夢は覚めずと
翌朝、ケータイのアラームで目を覚ました私は、真っ先に待ち合わせ場所の神社に向かった。
あの後、彩乃は狐から与えられた条件、もといお遣いに行くと言うので、しばらくしてからその場で別れた。私もついて行くとは言ったものの、やはり条件を口外してはまずいということだ。
自転車に跨がり、勢いよく走り出す。ペダルがやけに軽く感じた。私の家から神社までは自転車で五分もかからない。神社の前に着いた時刻は待ち合わせより少し早かったが、境内を見やるとそこには見慣れた後ろ姿があった。
「彩乃」
私が声をかけると、彼女は振り返って、言った。
「全然待ってないよ、私も今来たとこー」
「私まだ何も言ってないわよ」
彩乃の服は昨日から変わっていなかった。どうやら家には帰っていないらしい。……と言っても、果たして今の彩乃に着替えるという概念があるのかどうか微妙なところではあるが。
「じゃあ、行こっか」
彩乃は、遊園地に行きたいと言った。
二人で電車に乗る。彩乃はお金を持っていなかったので、切符は私が買った。遊園地のチケットも私が買うことになるだろうが、彩乃と遊ぶ以外にバイトしかしていない私からすれば大した出費ではない。
霊的なものならひょっとして私以外の人間には見えていないのではないかと思っていたが、普通に見えているらしい。そう言えば昨日は一人で買い物に行っていたのだった。私としては電車の中で何もない空間に向かって話しかける変な人にならずに済んで安堵していたが、なんでも彩乃は工事現場の立ち入り禁止のところに入ってみたかったらしく、残念がっていた。危ないよと言ったが、もう死んでいるから危なくないよと返された。
遊園地に着くと、私はチケットを二枚買い、そのうち一枚を彩乃に手渡した。
「ありがとー」
「出世払いでいいわよ」
「私、たぶん出世するの無理だと思うよ?」
慣れないことはするものではない。
「ささ、早く行こ行こー」
彩乃はそう言って私の手を取った。そして、私の制止も聞かずに走り出す。こんなのまるで、周りにいる小学生くらいの子と同じみたいではないか。
彩乃はいつもそうだった。いつでも私より一歩前を行く。そして時々後ろを振り返っては、誰かの手を取って走る。彼女に友達が多いのにも合点がいく。
走る彩乃の後ろ姿。風に煽られる、短く揃えた黒髪。いつだったか、同じような景色を見たような気がした。
そうだ、あれは私が彩乃と初めて出会った日のことだ。